第78話:杞憂
俺は腹を貫通し覗く魔力刃を素手で掴む。
「なるほど。さっきの溺潜はこのためか」
溺潜で不利な空中から地面に舞台を移し、浮上によって起きる術者と術を施された側に生じる認識の誤差を使った奇襲。
してやられたとしか思えない。
でも……
「腹を貫かれた程度じゃ死ぬかよ」
刃を掴むことで内臓に引かせないようにする。
黒錆で、魔力刃を錆びさせ破壊しやすくする。
魔力刃は破壊されると当分の間は刃を顕現出来ない。
「放しなさい!」
「放すかよ!」
刃を掴む手から血が流れるが同時に黒錆で刃は錆びていき今にも壊れそうだった。
ガキンッという高い金属音と共に刃は砕ける。
ルナは距離を取り、刃の状態を確認する。
これで俺は刃をどこにも引かせる事なく離れることに成功する。
「ふぅー」
傷口に手を置く。
液体操作。
インクで貫通箇所を埋め、傷ついた血管をインクで補強すると同時に、流れた血を可能な限り戻す。
一瞬で簡易治療を終え、ルナを見る。
完全に魔力刃を砕いたから、あの魔法杖での近接戦闘はもう出来ない。
刃が腹を貫通しても手放すことなかった深水剣を握り構える。
「ここからは俺の独壇場だ」
武器を失ったルナでは俺の近接戦闘に敵うことはない。
厄介な魔法を行使させる隙を与えることなく超至近距離まで詰め、斬り続ける。
俺らしくないが、魔術師らしく合理的に勝利を獲りに行く
駆ける。
深水剣の刃がルナを捉えるよりも早く、ルナは魔法を行使する。
潜針。
銀の針がルナと濡羽の間に出現し、濡羽の首元目掛けて振るわれる。
俺は寸前でそれを回避し、距離を取る。
潜針、魔王シェリーを追い詰めたルナの技。
ルナとシェリーの戦いを見ていない濡羽はその針の効力をまだ知らないが、その鍛えられた勘が濡羽に回避を促し、その危険性を訴える。
「ヤバいな」
あの針はヤバい。
少し触れただけで俺の負けが確定する。
アレと斬り結ぶのは少しリスキーで合理的じゃないけど、非合理こそ戦闘の要。
「一丁やりますか!」
濡羽は馬鹿正直に正面から挑む。
あの潜針は空中で操作されているから人の身でも出来ない軌道を想定。
かつ、ルナが操作する中で生まれる偏りを見出しそこを突く。
潜針は縦横無尽に振るわれ突かれる。
縦、横、斜め、奥など回避してもそこから攻撃を繰り出してくる。
一撃でも当たったら終わりなので、回避に専念するしかなくルナとの距離は少しずつ詰められない。
しかし、ルナも潜針を精密操作しているため一歩も動くことが出来ない。
濡羽の回避回数が2桁後半に到達した頃、俺の中でルナの操る潜針の予測が成り立つ。
「よし」
針の横振りを屈むことで回避し、そこからの右斜め振り下ろしを上体を斜めにし回避する。
この後は予測出来てる。
下から俺の頭を狙った上斜め突き……だから、そこで一歩前に出る。
俺が一歩前に出ると、針の行動は……背中を狙った突き。
そう己の中で確定し、見えない針に対し最後の回避を取る。
「え?」
ルナは思わず驚きの声を出す。
背後からの奇襲を完璧に回避されたから。
成功!
後は、全速力で駆ける。
今度こそ確実に深水剣の間合いが捉える。
俺は振るう。
眼前で振り下ろされる刃に対してルナは先ほどの驚きが嘘のように冷静に対応する。
「『潜針・双』」
一メートルほどの潜針が目の前で生まれ、俺の胸に向かって針先が突かれる。
「チッ」
深水剣を潜針にぶつけ手放す。
潜針に触れた深水剣は1秒も待たずに消え失せる。
それでも引かない。
武器がないならまた作れば良い。
黒水、液剣。
深水剣から分離していたインクを使って短剣を作る。
振るわれた短剣の刃がルナの胸元を切り裂き、その赤い血が宙に舞う。
まだだ、まだ振るえる。
二撃を叩き込もうとするが、それよりも早く。
背後からもう一つの潜針が突っ込んできて、回避と距離を取らざるを終えない。
「一撃やっと入ったか。本当に強くなった、ルナ」
敵ながら親友として称賛を送る。
「そうね。でも、まだ貴方は本気を出していない」
バレていたか。
「貴方は今までの試合で一度も本気を出していない。どんな敵が相手でも戦闘を楽しむことを優先して、圧倒的な力で捩じ伏せるという手段を外していた。私相手にそんな気は要らないわ、本気で来なさい」
本気か。
彼我見との戦い以降、俺は試合を重ねる毎に成長していった。
成長し強くなり過ぎて戦闘が楽しさを失うことを危惧していたが、杞憂だったらしい。
「望み通り、本気出してやる。すぐに倒れるなよ」
魔奥、操作変形に特化した海王の三叉槍。
強化された操作で全身をインクで覆う鱗躰と身体能力を上げる黒痣を発動する。
濡羽の全身から高密度魔力の象徴である黒色の魔力が迸る。
二人は同時に喋る。
「ここからは魔術と武術どっちも使って——」
「私も己の磨き上げた魔法の全てを持って——」
「「貴方を倒す」」




