第75話:魔王も人
物心着いた頃からお姉ちゃんやメイドの皆んなが、うちに何か隠していることは分かっていた。
幼い頃のうちは大したことじゃないだろうと一蹴し、両親に会ったことがないことを疑問に感じていなかった。
いや、父親にはまだ物心がつかない赤ちゃんの時に抱かれ、高い高いされたらしいが覚えていない。
だから、うちは両親の姿や声を写真や動画で見て聞いた事はあったが、生身の姿や声を見聞きしたことはなかった。
「ねぇ、お姉ちゃん……ママは何でいないの?」
「それは……元々体が弱かったんだけど流行り病に罹って亡くなったからよ」
「ねぇ、お姉ちゃん…パパは何でいないの?」
「お父さんは魔王っていう称号を持つ魔法使いで皆んなのために重要な仕事をしているからだよ」
「ママはもう居ないけどパパは居るんだね。パパにいつか会えるかな?」
「多分、いつか会えると思うわ。お父さんはシェリーのこと愛しているから……でも、会うまでにいっぱい勉強して魔法も上達して驚かせたあげようね」
「うん、頑張ってパパを驚かす」
いつかパパはこの家に帰ってくる。
その時までパパを驚かせるような立派な魔法使いになってやる。
うちが7歳の時、家庭教師がやってきた。
家庭教師は賢者候補で優秀な魔法使いらしく性格も良く、意固地な姉をボコって無理やり認めさせた。
その日から家庭教師(師匠)は私たちの魔法について詳しく教え、魔法の扱い方を丁寧に教えてくれた。
魔法使いの先輩に聞くと、昔はそんな先生は居らず、魔法使いは自分の感覚、我流で魔法を扱い鍛えていたらしく、賢者になったと聞いた時と同じく師匠の凄さを実感した。
それまでも、師匠がうちたちに教えてくれた2年間も父は家に帰ってこなかった。
師匠が居なくなってうちは更に、父が恋しくなった。
「お姉ちゃん、パパはいつ帰ってくるの」
「まだよ」
次の年も
「姉さん、お父さんはいつ帰ってくるの」
「まだよ」
次の次の年も
「姉さん、お父さん……」
「煩い……まだ帰ってこないわよ」
うちは自覚した。
父はうちたち二人のことなど愛していないのだ。
娘は所詮、愛した母の付属品で母を失ってからは興味も関心もないのだ。
意味がなかった。
父を喜ばせたくて頑張った今までの努力は無駄だった。
そして師匠が去って、5年後。
うちが学院に入って三年の時、父であるサーベイが死んだ。
死因は公表されず死体も確認していないが、仕事中の事故で亡くなったらしい。
うちは悲しくなかった。涙が流れなかった。
あんな男はうちたちを捨てた時点で私たちの父ではない。
姉も同じ気持ちだと思っていたが姉は悲しみ、涙を流していた。
何で、なんで……?
母が死んでから一度も会ったことがない、愛していると言ってくれなかったあんな男のどこに悲しみ? 涙を流しているの?
うちはそこで気付いた。
そっか……姉さんはうちと違って……愛しているって言われた事があるから。
姉は母が生きている時、娘を愛している頃の父を体験しているから、体験していないうちと違い母と父の愛を知って感じたことがある。
苦しい、冷たい、寂しい……まるでうちだけが家族じゃないみたいで……悲しかった。
うちは一人、涙を流した。
「シェリー……」
長老会の面々にその行為を見られた。
彼らは会うたび笑い侮辱する……母からの贈り物であるこの白い髪を。
だから、その時も髪の件で蔑まれると思っていた。
「哀れだな。自分のせいで母が死に、姉と父は悩んでいたとも知らずに」
「え?」
うちが母を……
「知らなかったのか? まぁ、あの姉のことだ。今まで隠してきたのだろうな」
長老会の一人がうちを吊し上げるように続ける。
「お前があの穢れた女の胎に居る時、魔力暴走を起こし、あの女は苦しみ弱り果てた末、お前を産んだ後に呆気なく死んだ。あの穢れた女を殺してくれて我々は感謝してるよ」
「ああ、その通りだな。でもあの男も哀れなことだ……自分の愛した妻が同じく愛している娘に殺され、その娘に顔を合わせることも声を掛けることも出来ず、悩みの果てに首を括るとは。我々の用意した者と結婚しないからこうなるのだ」
「全くだ。お前の姉はその事でお前のために行動出来ないことを悩んで、父と同じく魔王になろうとしてるぞ。魔王になっても何も変えられないのにな。父と同じく首を括るんじゃないか?」
うちが母を殺した。
うちが父を悩ませ殺した。
うちが姉を苦しませ殺すかもしれない。
うちにこの事を隠していてくれた。
うちが家族の仲を引き裂いたんじゃない……
うちが家族を壊したんだ。
「ごめんなさい…ごめんなさい…! ごめんなさい…ごめんなさい…! 全部、全部……うちのせいで、うちのせいで…この家は…家族は…! 全部壊れた! ごめんなさい、お母さん…! ごめんなさい…お父さん…! ごめんなさい…姉さん!」
うちが居たせいでこの家族は壊れた。
うちが居なければ家族は壊れなかった。
うちが生まれなければ……
「シェリー、罪を償いたいだろ? 姉の苦しみを取りたいだろ?」
「出来るの?」
壊れた物は元に戻らない。
それでも散らばった破片を守ることは出来る。
その時は、嫌っていた長老会の面々が聖人に思え、見えた。
「ああ、全部我々の言う通りにすれば良い」
長老会の命令で姉に勝ち、魔王の座に着いた。
そして魔王として許された権限を行使し、長老会の言った事を行なった。
それは悪事が大半だった。でもその時のうちには罪悪感しかなく罪を払拭するためだと自分に言い聞かせ、平然と行なった。そんな頃、一人の先輩に助けてもらったおかげで、その悪事に背を向ける事なく向き合えていた。
その人は蔑まれていたけど強くてカッコいい魔術師で、その人に周りに居る人は全員幸せそうだった。
この罪悪感がなくなれば、あの人の隣に立つことが出来るだろうか?
〜〜〜〜
姉がその人の周りに居るようになった。
うちは罪人の分際で姉に少し嫉妬してしまった。
罪を犯したうちにそんな権利はないのに。
〜〜〜〜
あの人とあの人の周りの人がキングクラウンに出場する。勿論、姉もだ。
姉はうちに勝つと言った。
うちは勝って、うちを裁いて欲しいと思った。その為にはキングクラウンで勝っていかなきゃならない。
いつからだろう。
勝っても嬉しくなくなったのは……
あの人の周りに誰もいないタイミングを見計らって、隣に座ってあの時以来久しぶりに話した。
うちのことをあの人は覚えていなかったけど、うちはあの人の隣に座れて幸せだった。
あの人の周りに居た人を倒した。次の戦いは姉だ。
どうかうちに勝って欲しい。
「次の戦い、ルナに勝て」
長老会にそう命じられた。負ければ今までした悪事をバラすと脅された。
負けたいのに世界はどうしても、うちに勝って欲しいらしい。
うちは世界を呪いながら姉との戦いに臨んだ。
ああ、どうか……どうか、この罪人を殺してほしい。




