第72話:過去、何故
ルナは真面目な雰囲気で続ける。
「師匠が母のことを聞き回っている事は長老会にバレているでしょうね。だから、殺しに来るでしょう」
「いや、そんな短絡的な事はしないんじゃないの……」
「疑問に思いませんでした? 忌み嫌われている私たちに、師匠みたいな優秀な人間を家庭教師に就けることに対して、そこには多分優しさではなく何らかの思惑、つまり殺意がある」
確かに疑問だった。
賢者候補である私を家庭教師に付ける対象が自分たちが嫌っている者、嫌っている者に好意を示す行動。それは好意自体が好意ではない、悪意であるということ。
時期も意味不明だった。賢者候補と発表された次の日には私に家庭教師の依頼が来ていた。
前々から計画されていたことだった? 依頼者は多分、私以外の賢者候補ね。
本当に天才は讃えられると同時に嫌われるわね。
「それでどうするの? 私にこの事を話したってことは何か作戦があるんでしょ」
「流石です、師匠」
そう私を褒めるとルナは作戦概要の説明を始めた。
作戦は簡単で……
***
「はぁ、今日も講義で疲れたわ」
ジェニーは真っ直ぐ、大浴場に向かう。
脱衣所で身に付けていた道具と一緒に服を脱ぎ、バスタオルを巻いて大浴場に入る。
「ふぅー、ここに来て良かったのわ。こんな立派なお風呂に浸かれることね」
ジェニーはそう浸かり、体に溜まった疲労を癒していく。
「はぁ〜〜極楽」
「そうですか。それは良かった、極楽の中で死ねるのですから」
大浴場の出入り口を塞ぐように黒服の人物が立っていた。
「誰、あなた? 今は女性使用の時間だけど」
「俺が誰かなど今から死ぬ、お前には関係ないことだ」
「私のこと舐め過ぎでしょ? 私、これでも賢者候補よ」
ジェニーは魔法を発動しようとするが発動できない。
「何で発動できないの!?」
「分からぬまま死ね! 苦毒魔法——『毒玉』」
紫色の液体球がジェニーに向かって発射される。
「『潜性』」
しかし、ジェニーに達する前に紫色の液球は消え失せる。
「は?」
「先に手を出したのはそっちよね。『構築』」
人物の四肢を空色の鎖が縛り上げ、同じく空色の直方体が人物を包み込んだ瞬間、急速に縮み、地面に落ちる。
「これでOKね」
ジェニーはルナとの作戦を思い出す。
長老会が送ってくる刺客を待ち伏せ、攻撃した後に拘束する事で明確な証拠を確保する。
刺客の攻撃はルナが防ぐが、長老会に関与がバレないようにするため直接出る事はない。
「さて、作戦の続きをしましょうか」
その後、刺客を長老会の元に出し、問題解決室という第三者が居る状態で私は訴えた。
長老会は——
「そうですか。こちらも犯人を捕まえております」
そう長老会メンバーの一人、私に孫を勧めようとしてきた人物が首謀者として出され、その者が犯人という事でこの事件は片付けられた。
「長老会の行動は想定通りでしたか?」
ルナの自室で私とルナは話す。
「面白いくらい想定通りだったわ。でも、これで刺客が送られることはもうないんでしょ?」
「はい。長老会も師匠に手を出した痛手を負ったのでこれ以上の事はしないと思います。これでまだ私たちの師匠を安心して行えます」
「そうだけど、これは何の解決にもなってないじゃない」
これは対処療法だ。
長老会という元凶を根本から取り除くことは出来てない。
「良いんです、今はまだ私には長老会と戦えるほどの力がありません。師匠の講義を終え、強くなって魔王になって私が長老会を潰します」
魔王にね。
「探索者はどうするの?」
魔王とは魔法使いの象徴的な四つの称号の一つだ。
そんな称号を冠する人物が探索者になるのを世間は認めるだろうか? いや、認める訳がない。
「魔王になった後になればいいです。魔王だから探索者になれないなんてルールはありません」
確かにそうだけど……
私はその時、ルナの強さに気付いた。
ルナはどこまでも頑固なのだ。自分が突き通したいことはどんな事があっても、どんな障害があっても絶対に突き通し、絶対に曲げず折れない。
ある意味、魔法使いらしい性格と言える。
「強欲ね。でも魔王になるんだからそれぐらい欲深い方がいいわ。初代魔王は色んな物を得れたけど一番欲しかったものは獲れなかったと自伝に書いてあったしね」
「それに探索者になるのは私だけの夢じゃないので」
ルナの言葉から他の人物の気配を感じた。
「あのルナが夢を共にする人物ね。会ってみたいわ」
「やめてください。ぶっ殺しますよ」
「はは、それは勘弁だな」
私は師匠として3年間、二人を導いた。
弟子を持った経験が功をなし、私は賢者となった。
その5年後、あの事件が起きた。
***
サーベイが職務中に死んだという事で発表され、フェメノン・ルージュの魔法使いとその他七家以外の魔法使いが集まり、次代の魔王を決める戦いが開催された。
やはり七家の魔法使いに勝てる魔法使いは少なく、どんどん数を減らしていった。
最も活躍したのはルナで、戦いの場で行使された魔法全てを潜らせ、浮上させカウンターとして敵に向けて放ち、どんどん敵を倒していった。
だが、それを阻むように立ちはだかったのは妹のシェリーだった。
二人は5時間ほど戦い続け、前の戦いから消耗していたルナが敗れた。
「シェリー、強くなったわね。姉として誇らしいわ」
「……」
勝ったのに、魔王になれるのに、シェリーはどこか暗い顔をしていた。
「シェリー、どうして? そんな暗い表情をしているの」
そんなを疑問にシェリーが答えるよりも早く。
「よくやったぞ、シェリー。我々も誇らしいぞ」
長老会の連中がシェリーを囲む。
「シェリー、何で……?」
「それに比べて姉はダメだな。朱の魔法使いなのに自らの魔法で攻撃できないとは嘆かわしい」
「そうです。朱の魔法使いの一員として相応しくない」
長老会の連中が私を蔑んだ視線で見る。
昔から変わらない視線の中に、妹のシェリーの視線があった。
その異常が、私の心を深く抉る。
「姉さん……諦めて、貴方は私に勝てない」
「え?」
シェリーは長老会の連中と共にその場を去った。
一人残ったルナはただただ妹の言葉を、反芻して飲み込めずに居た。




