第67話:黒曜
「『魔女は心奥にして最奥を覗く』」
周囲の色彩が少し薄くなる。
ブランの魔力が高まるのを感じる。
俺は真っ先に動き、ブランに迫り、拳を放つ。
しかし、詠唱中にも関わらずブランは軽やかに避け、魔術を行使していた。
白化する手を避けながら距離を取り、体勢を立て直す。
「『白夜は輪郭を溶かし、光は色を忘れ、影は形を捨てる』」
視界の端から徐々に、物体の輪郭線がふらつき、焦点が合わない。
詠唱が進むことを実感しながら思考する。
白演と白補の応用『白並』と白律と白演の応用『白別』の切り替え発動。
白並は詠唱中の魔術行使を可能にし、白別は詠唱中の自由な身体操作を可能にする。
白別の方は俺みたいに戦闘経験豊富か熟練なら使える技術だが、厄介なのは白並の魔術行使、これは白並を発動出来る者にしか出来ない。
「『Concept Collapse』」
白い数式や魔術式がブランの背後に浮かんだが、次の瞬間には静かに崩れ落ちていく。
デメリットは白並と白別は共に同じで、発動中は詠唱と魔奥発動準備が進まないこと……なら、俺がやる事は分かりきっている。
俺は駆ける。
ブランに向かって拳を振るう。
俺の拳を回避するためブランが白別を発動し、回避する。
そして白別を解除し、白並を発動する。
「『皚々』」
さっきよりも広範囲の光学煙幕が俺に向かって放たれる。
それは長い時間残り続ける。
遅効性の魔術なら白並を解除しても効果は持続する。
「『降り積もれ、白無の静寂』」
「『響け、音なき光の残滓』」
この時、濡羽は視界を封じられていて気付いていなかったが、自身の視界で白いノイズが雪のように舞っており、自身全ての色彩が抜け落ちていることを。
分かっていたのは耳鳴りのような無音の響きが空間を震わせていることだ。
濡羽は思考していた。
どうする? 何も見えないんじゃ、殴るなんて以前にブランに近づくことも。
いや、思い出せ……視界が無くてもまだ他の感覚がある。
魔力で強化した周囲の空気を吸い嗅覚で、肌に流れる空気を触覚で、指パッチンで響いた音を聴覚で感じ取り……感じ取れ、ブランの姿を。
脳内に自分とブランの立ち位置、そしてブランの輪郭が鮮明に浮かぶ。
俺はそこを殴る。
「……!」
俺が的確に殴ってきた事に驚き、回避が出来なかったのか俺の拳は確かに生きた人間を殴った感触を感じる。
ブランが触れようとしてくるのを感じ、回避し、カウンターを返す。
「化け物め」
カウンターは避けられ、距離を取られたのを理解した。
俺も内心驚いていた。人は目が見えなくとも戦えることに。
「『名を奪い、声を奪い、触覚も境界も、存在の定義すら剥ぎ取れ』」
皚々の煙幕が晴れる。
そこで俺は先のこと自身の体表が白く淡くぼけ始め、重力の感覚を失っていることを認する。
「『視界は白に沈み、思考は淡雪のようにほどけ散る』」
クソ……思考速度が落ちて……
何も出来なない
「『世界よ、今ここに色彩を棄てよ』」
「『時よ、汝の流れを伏せよ』」
俺はボヤける視界でブランを見る。
その表情は分からなかったが、勝利を確信している事は理解できた。
「『見開けぬ瞳に、白の夜を』
周囲の全景が“白一色“に染まる。
しかしブランの姿だけは知覚でき、観測できた。
だが、それも……
「『白き夜にて瞳を奪う』」
気付くと俺はただ一人、地平線の彼方まで白が続く真っ白な空間に居た。
すぐにその空間はが全ての感覚を失い、唯一人となった事で脳が作り出した錯覚空間だと気付いたと同時にどうしようもない恐怖と絶望が俺を襲う。
体を動かす感覚を失った影響で体を動かせず。
時間感覚を失った影響で、1分を1年に感じ、その膨大な時間が心をすり減らす……
はずだった。
濡羽の強固な意思は勝ちたいという欲望をエネルギーに保ち続け、濡羽にここからブランに勝つ方法を永遠と思考させた。
視界が無くても他の感覚で補えることは分かった。
なら全ての感覚を失った状況でどうやって外を観測する?
俺に残っている物は意識、それと勘や直感などの第六感だ。
この魔奥は俺を倒すことは出来ない。
ブランは間違いなくトドメを差しにくるはずだ。
そのタイミングを発動時のブランと俺の距離や単発魔奥発動による魔術冷却時間、ここに来る直前の時間感覚と来てから経った時間などを使い、膨大な時間で導き出す。
生じるズレを勘でカバーし、何とか体を動かし、カウンターを放つ。
その時、濡羽はキングクラウン前の事を思い出す。
「良いか、濡羽。お前には黒曜秘伝の技を一通り授けたけどそれは黒曜家に忠誠を誓った分家や戦闘魔術師に教えられる範囲だけで黒曜家の者以外に教えてはならない門外不出の技はまだ教えていない」
「その技を教えてくれるんだろ?」
「ああ、そうだが。その前にお前は黒曜秘伝の略歴を知ってるか?」
「黒曜秘伝を作ったのが3代目って事だけだな」
「黒曜秘伝には長い歴史があるんだがまぁ、それを知っていれば良いか。これから教える黒曜秘伝の奥義は3代目が3代目魔王『悪業の魔王』を討った技、つまり魔王殺しの技だ」
3代目魔王はその力で多くの悪行を働き、災いを齎した魔法使いで3代目黒曜家当主が殺した事は歴史の講義で知っていたけど、実際に魔王を殺した技を教えてもらい使えるようになるなんてロマンがあるな。
「威力は純黒を超えて黒曜秘伝一だが、難易度も一番だ」
そこから俺は彼我見のお手本を一度みて仕組みを教わってから何十、何百回も練習したが一度も上手く出来なかった。
まだ成功していない技なのに俺の中には妙に成功する気がしていた。
***
現実の世界でブランが魔奥を発動してから1分後、単発魔奥にのみ発生する魔術冷却時間を終えた。
ブランの視界には石像のように固まって動かない濡羽の姿が映る。
「上手く発動しましたか……後は、白化すれば」
濡羽に向けて警戒する事なく近づく。
その両手に白染めの効果を付与し、濡羽の体に触れようとした瞬間。
「何!?」
濡羽の体が動く。
地面の石板を割るほど踏み込み、拳を低く構える。
そして発する。黒曜秘伝奥義の名を——
「『黒曜!』」
ブランは反応出来なかった。
瞬間、拳が突き出されたと同時に魔力の塊がブランに飛ぶ。
そして打撃のインパクトと同時に魔力の塊が着弾、破裂する。
衝撃と破裂が共鳴し、ブランの体に通常よりも倍乗された威力が通る。
それは側から見れば、濡羽が殴った瞬間に黒い閃光が奔っているようだった。
「ぐはぁぁあぁ!」
吐血しながらブランは吹き飛び、試合場の外壁にめり込むほど叩きつけられる。
術者の意識が途絶えた影響で魔奥が解除される。
「俺の勝ちだ」
準決勝一回戦、黒曜濡羽の勝利。




