第62話:金赤
織可の固有魔術『盆景魔術』の魔奥『神が住まいし黄天の高天原』の効果は——
「我が景は、天を覆い、地を描く」
空が裏返り、雲が金色に染まる。
瞬く間に大地は神々の庭と化し。朱の鳥居が空へと連なってゆく。
「此処に創るは、高天原。神、住まう我が箱庭——やっぱ、格好良く言うのは慣れないな。はぁ……魔王シェリー、とくと味わえ、僕の箱庭を」
シェリーは杖で地面を突く。
「こんな神々しい所で魔王を倒す気? 雰囲気ってもんがあるでしょ」
「そうだけど、まずは……その煩い口を塞がせてもらおうか」
僕は詠唱を紡ぐ。
「闇は閉ざされ、陽は隠れる。出でよ——」
金色に輝く空が曇っていき、太陽が沈んでいく。
「『天岩戸の帷』!」
瞬間、シェリーは大きな山のような岩の中に閉じ込められる。
視界と同時に世界との繋がりが絶たれる。
そんな状況でもシェリーは冷静だった。
「なるほど、神話の風景ね」
「流石、魔王と言った所ですね」
「天岩戸なんて言ったら誰でも分かるでしょ」
この魔奥の効果は盆景魔術の見たことのある景色という制限を取っ払い、新たに日本神話の景色であれば良いというルールを刻むことで大規模な改変を可能にしてるし、特殊な効果を持たせることも出来る。
その一種が天岩戸に封じた者の世界との繋がりを断つ事だ。
「魔法使いは世界との繋がりで膨大な魔力を持ってこそだ。魔王と言えども世界との繋がりを断たれ、魔力供給を失えば何も出来ない」
「はぁ……それ本気で言ってる」
シェリーの声音からは明確な怒りを感じた。
「うちは魔王である以前にフェメノン・ルージュの朱の魔法使いだよ」
瞬間、シェリーの体から朱色の魔力が発露し出す。
それは大きく広がり、発散される。
膨大な魔力放出によって天岩戸が内部から破壊される。
「出鱈目な……」
天岩戸の残骸に杖を構え、朱色の魔力を纏ったシェリーが立っていた。
「貴方も知ってるでしょ、始祖の奇跡を」
始祖の奇跡。
七家の魔法四家である朱、黄、蒼、翠の一家に一つずつ始祖が与えた四つの奇跡の事で同時に扱えば始祖と同等の力を有する。
「うちらフェメノン・ルージュに与えられた奇跡は万能錬金、コスパは悪いけど魔力を媒体に存在しない物を含めた全てを生成出来る力。その力でうちらは三つの特別な宝石を生み出した。その宝石を体内に移植することで魔法使いとしての体を強化する術、朱式を開発した」
朱色の魔力が高まる。
「人体への負荷は大きいけど心臓に移植したルビーが血管に流れる体内魔力の質を世界魔力と同等に上昇させ、両手に移植したルベライトが魔法自体の効力を増強させ、肺に移植したレッドダイヤモンドが空気中に含まれる魔力を増加させ摂取させる。世界との繋がりを絶ったから何? 魔王を、朱の魔法使いを舐めないことよ」
杖を振るう。
「『顕影』少し本気出すわ」
シェリーと瓜二つの存在が無数に生まれ、上空に杖を向ける。
僕はこの時まで魔王シェリーのことを舐めていた。
そしてこの時、実感する。
これが最強の魔法使いの称号『魔王』を授かった魔法使いなのだと。
「顕れよ、星の欠片——その重みで、運命を砕け『顕星』」
夜空が割れ、炎の尾がいくつも降り注いでくる。
大地が震え、空気が焼ける。
遥か上空で光が渦を巻き、無数の隕石が形を成していく。
これは僕の領域内だから良いけど、試合場では使えないだろ。
でもこれを使ったという事は、僕に期待しているのだろう。
これを防げると。
その期待に応えようじゃないか。
「地裂きて吠えろ、八つの蛇身!」
景色に含まれるのは山や川だけじゃない、生物もだ。
「『八岐大蛇』!』
地が轟き、空が裂けた。
八つの首が天を睨み、八つの口が災厄を吐く。
その身は山のように巨大で、鱗は溶岩と鉄で覆われていた。
一息で森が枯れ、一振りで川が蒸発する。
——それこそ神が恐れた蛇、八岐大蛇だった。
「ぐっ」
魔力の大量消費で織可に負荷が掛かる。
それでも結果を見ようと頭を上げる。
16の瞳が空を睨み、それぞれの口から灼熱の炎、濁流の水、荒猛の風、堅牢の土、轟然の雷、聖輝の光、幽淵の闇、蒼穹の空が噴き出し、隕石群を迎え撃った。
世界が震える。
破片は降り注ぐ、大きな隕石は八岐大蛇によって破壊された。
僕はシェリーを見る。
八岐大蛇はまだ破壊されていない状況、これは勝てるかもしれない。
そう思った時、ちょうどシェリーが杖を振るった。
「『顕界」
僕の領域がシェリーに干渉される。
景色がシェリーを中心に剥がれていき、シェリーの世界が構築されていく。
その余波で八岐大蛇は消え失せる。
「諦めたら?」
「諦めるかよ、俺は茶淡織可。キングクラウンを優勝する男、黒曜濡羽の親友だ」
シェリーの頭上に大きな鉾が生まれる。
「天を貫け、地を穿て——『天之逆矛』!」
世界を創造した鉾が真っ直ぐ、シェリーに向かって射出される。
「本気出してあげる」
その時、シェリーは世界との繋がりを取り戻した。
世界から得た金色の魔力と朱色の魔力が混ざり合い、金赤色の魔力が生まれる。
金赤色の魔力を螺旋状に集合させ、鉾に向かって放った。
「『魔鋭金閃光』」
金色の閃光と共に天逆鉾は砕け散り、領域に大きな穴が空く。
僕は崩れ落ち、明確な差を感じる。
「僕の負けだ」
「まぁ、頑張った方じゃない。魔術師にしては」
織可は笑みを漏らす。
頑張った方だな、後は頼んだよ……濡羽。
第二回戦第四試合勝者シェリー・フェメノン・ルージュ。




