第59話:不屈
「くふ……あの子のためにこんな事するなんてね」
マニアは不敵に笑いながら視線を私から動かさない。
私はマニアの言葉を噛み締めながら自分がした事を再度理解する。
キングクラウンは観覧試合だ。
選手が試合を魅せると同等に、観客が試合を目撃するという行為そのものが神聖なものであり、象徴だ。
それなのに私は相手選手と共に観客には見えないここに潜り込ませた。
ここでならマニアがミアの体と声でどんな事や何を言ってもミアの印象は変わらないし、噂は全て私がした事で持ち切るだろうから先ほどのマニアの発言も消え失せるだろう。
それなら溺潜を使った方が私へのダメージは少なかっただろうが、それでは駄目だ。
家には迷惑を掛けるだろうし罵られるだろうけど、親友の方が大事。
それに同じ立場に立たなくては親友と言えないでしょ。
「でも、ここに連れて来てもらって良かったわ。ワタクシも自分の子孫が貶されるのは嫌だから抑えていたけど、ここでなら抑えなくて良さそうだし」
マニアは学院戦闘服を自らの手で破き、下着を脱ぎ捨て、狂気で服を作り上げそれを着た。
その服は最低限隠す所だけ隠された水着よりも露出の多い服だった。
「ぅ〜〜やっとこの格好になれたわ」
蠱惑的なポーズを取り、猫撫で声を響かせる。
「さ〜て子猫ちゃん。ワタクシを楽しませてちょうだい! 『月の一瞥』」
物質化した狂気が無数の刃となり、一直線にルナに向かう。
私は魔法の準備をしながら思考する。
マニアは分かっているのだろう。
ここが貯蔵庫という事は潜性で潜らせる先が無いということを。
だけど、それなら潜らせなければ良い。
「『潜流』」
狂気の刃群が私の魔法陣を通った瞬間、離れた場所に出現しルナに当たることは無く、刃群は彼方に消えた。
「流したのね。それならこれはどう?」
マニアの魔力が高まる。
私は緊張と共にミアと約束した後に調べて分かったマニアの詳細を思い出す。
マニア、500年以上生きた大魔族の一人で淫魔たちの母にして女王。
生まれながらに淫魔としての魔技『魅了』ともう一つの魔技を所有した少ない二重魔技使いの一人。
その脅威さから差し向けられた複数の上位魔法使い(魔法使いの強者)を筆頭に、二級魔術師百名で構成された討伐隊を一人で殲滅した。
その手口は月の狂気から力を得るもう一つの魔技『狂月』を用いた隕石による大規模破壊、それを狂月を元に生まれた狂宴魔術でも行えるとしたら……
「『月の落胤』」
直径約1キロの球形がマニアとミアの上空に生成され、落ちてくる。
これは魔法にも魔術にも魔技にも共通したルールだが、自身の魔力で生成された物は自身に対してだけ攻撃力は格段に落ちる。つまり、これを食らってもマニアが死ぬ事はないがルナは死ぬかもしれないということ。
***
マニアは隕石が落ちてくるのを感じながら何もせずルナの対応を見ていた。
初代と同じで仲間思いなのね。でもアンタにはそれを為せない。
この世界では何をするのにも力が必要。
アンタにはそれが無い……それはワタクシもか。
あの人との子孫は大事だし愛してるけど、子孫の現状を変えるほどの力は魔術の意志であるワタクシにはない。 せいぜいワタクシに出来るのは子孫の為に戦うことのみ。
ワタクシの負けはあの子の負けになってしまう、それだけは母として許容できる事ではない。
皮肉ね、アンタがあの子の為にワタクシを止めようとするほどワタクシもあの子の為に戦わざるを負えない。
月の落胤はワタクシの体がまだあった時、狂月を所有していた時も、今の狂宴魔術の中でも最も攻撃力が高く、防ぐ術の少ない技だ。
その範囲から回避はそもそも不可能で、属性攻撃ではなく物理的な質量攻撃のため障壁でも防ぐことは出来ず、対処法はこの隕石を破壊するほどの術を行使するしかない。
あの女にそれほどの攻撃技があるとは思えないし、これはワタクシの勝ちね。
さて、あの子は悲しむでしょうし、それをあの男はどう宥めるのかしら……そろそろあの子の魅力に気付いて発情してくれた方がワタクシとしては嬉しいのだけど。
ふと、マニアは思考の片隅でルナを見る。
「何で……諦めてないのよ」
ルナは世界から魔力を得、魔力を練り上げ高めていた。
この場所に漂っていた魔術、魔法がルナの元に集められていく。
それらは一つに集約されていく。
「まだよ、まだ出来ることはあるし……諦めたくない!」
マニアは黙ってそれを見守っていた。
その頑固さと諦めの無さは覚えがあった。
それは遥か昔、まだ自分の体があり淫魔の女王として魔族側で戦っていた頃にその魔術師はやってきた。
飽きるほど見て味わったことのあるイケメンと超絶イケメンの中間のような顔をした男で、そやつは薔薇の花束を差し出しながらこう言った。
一目惚れしました、僕と結婚して下さい。
そやつは私が無視しても断っても味わってやっても何日、何十日も会いに来た。
ワタクシは一年で折れ負け、そやつとの間に家庭を設けた。
また見れるとは、愛しの旦那様と同じ目と覚悟をした者に。
「私は負けない。朱の魔法使いとしてミアの親友として絶対に……」
魔力が発露する。
閃光と共に集約されたそれは放出される。
「『魔群銀閃光』!!」
***
銀色の眩い光が隕石を飲み込んだ。
光が消えるとそこには何も残っていなかった。
私は何とか立っている状態でマニアを見る。
マニアは穏やかな顔で私を見ていた。
「フフ、あれを止めるなんてね……あの子のことお願いね」
そう言い終えるとマニアことミアは倒れる。
私がミアの体にローブを掛けたタイミングで魔法の維持が解かれ、二人とも現実世界に浮上する。
あの場所とここでは時間軸が違うのでどれだけ経ったことか。
「えぇ! 二人が消えたと思ったら現れて、ミア選手は気絶しているようです」
私は不安で心いっぱいになっていたが、一瞬だったようだ。
それじゃ、マニアの言動は。
「ミア選手は魔術に飲まれて変な言動をしていたので気絶したのでしょう。この勝負、ルナ選手の勝ちです」
私はミアの事を守ってくれた解説を見る。解説は彼我見だった。
濡羽が事前に伝えておいてくれていたのだろう。
「第二回戦、第三試合勝者はルナ・フェメノン・ルージュ!!」




