第58話:魔法使いとしてではなく
ミアの魔奥、『狂いに狂う人の性質』はバフ技だ。
狂気とはいき過ぎれば世界を逸脱しかねないと彼女自身が設けた制限拘束を取っ払い、己を世界の律から脱することで狂気の本質を操る事を可能にする。
その代償として精神汚染を受け、ミア曰くこの状態の彼女はミアとしての記憶を持つがミアではない別の人格になっているらしく。
その人格の名は——
「ワタクシはマニア。アンタの事は知ってるわよ、朱の魔法使いのルナでしょ。思ってた通り可愛い顔してるじゃない……溺れさせるほど愛してあげるわ」
その雰囲気は普段のミアとは異なり艶やかであり淫乱であった。
「そうですか……」
「でも、その前にアンタをボコボコにしてあげるわ。ワタクシって気の強い女もイケるけど弱ってワタクシに縋る女の方が唆るのよね〜」
マニアの周囲で狂気が一気に物質化し、槍などの多種多様な武器に加え、檻や荊などの傷付ける武装が生まれる。
「一思いに一撃で殺してあげる——『月の抱擁』」
その瞬間、武装がルナに向かって射出され、包み込むようにその刃や椎を向け突き殺そうとする。
しかし、それらはルナに達する前に行使された一つの魔法で全ては消え失せる。
「『潜海』」
範囲版の潜性、それによって生まれた隙を突くようにルナは駆ける。
それはミアとの約束の為。
***
「ルナ、ちょっと良い」
「良いですけど」
キングクラウン前の修行の合間にミアは突然、私に相談を始めた。
「私が魔奥を行使した時の為にアンタには魔奥の詳細を教えておくわね」
その時の私にはミアが何故、そんな事をするのか分からなかった。
魔奥とは切り札だ、その情報を戦うかもしれない相手に流すなんてデメリットしかない行動をするなんて。
ミアは私に魔奥の詳細を事細かに教えてくれた。
「そもそも狂宴魔術は私の作った固有魔術じゃなくて、これはファタール家に伝わる秘伝魔術なの」
秘伝魔術。
固有魔術の正反対に位置し、その家の初代が作り上げた魔術を歴代当主が受け継ぎ改良していくのが、秘伝魔術で何人もの魔術師の影響を受けた魔術は難解かつ強力な性能へと至るが、同時に最初の魔術コンセプトの影響が大きく出る。
「それに我が家の秘伝魔術は初代当主の配偶者の淫魔の女王が持っていた魔技を元に作り上げ、その女王の意思を込めたの。魔奥で私を乗っ取るのは狂宴魔術に込められた淫魔の女王マニアなのよ」
魔族との戦いが起こっていた時代でも魔族とまぐあい家庭を持つ者は居たらしいが、その大半は愛ではなく魔族の生物的特徴とその力『魔技』を我が身にしようとしたが故の行動が多かったらしく。それだけ魔族特徴と魔技は強力だった。
「アンタも会話すれば分かると思うけどマニアは私とは違って淫魔らしい女で性別関係なく溺れさせるほど愛す。彼女を出せば事情を知らない者にとって私はファタール家一の売女になるでしょうね」
「なら、最初から行使しなければ良い話では——!」
私は言ってから気付いた。
キングクラウンで魔奥を使わずに勝ち進めるなんて無理な話で、キングクラウンの選手なのに魔奥を使わないなんて世間が許さないことに。
「分かったでしょ。私はキングクラウンで絶対に魔奥を行使する、その時の相手がアンタだったら私を、マニアを早く止めてくれる」
ああ、ミアは分かっているのだ。
魔奥を行使した時点でキングクラウンで掴み取った理解は束の間となり、またファタール家の売女という烙印を押されることを。
私に出来るのはその恥を、屈辱を少しでも早く世間から隠すことしか出来ない。
「ミア……」
無力——魔法使いとして余り感じてこなかった感情を抱く。
魔法は万能だが、完璧ではない。
一人の魔術師が残した言葉を思い出し、それを自覚する。
私はミアの顔を見る。
その顔は今にも涙を流しそうな顔をしており、その潤んだ瞳は私を捉えて離さなかった。
「ルナ、一人の親友としてお願いね」
「分かりました」
私はミアの覚悟を受け止めながら改めて理解した。
この世界の理不尽さと自分がどれだけ恵まれているかを。
***
「マニア……私は絶対に貴方を倒す」
駆ける。
「そう……それはあの子のため?」
手を広げ、応える。
「親友との約束を果たし、屈辱を拭う」
世界との繋がりを意識し、魔力を引っ張り出す。
そして魂に生来から刻まれた術式に注ぎ込みながら長杖を振るう。
「潜性魔法——」
私は七家の一家、フェメノン・ルージュのルナ。
最強の魔法使い魔王の姉にして朱の魔法使い。
だけど、今は。
「『深海』」
魔法使いとしてではなく一人の親友として、ミアの為に。
「!?」
マニアとルナのは潜っていく。
地平がひっくり返り、視界は裏返り、現実が音を立てて沈んでいく。
次の瞬間、あらゆる色が青一色に練り潰され、光も音も消えた。
マニアはそこに見覚えがあった。
そこはあの三次元と二次元の狭間だった。
「決着をつけましょう」




