第57話:恐怖劇
俺はミアの体を案じる。
ミアが言っていた通りなら狂宴魔術『狂復』はその異常な回復力、再生と言ってもいい効果を発揮するために命を落としかねないほどの重傷を負った時しか発動しないように制限されている。
今、発動できたという事はそれだけ危険な状況だったという事、体の傷は消えてもその心に刻まれた傷が拭えるとは思えない。
心配だ、今すぐ抱きしめてやりたい。
……いかんいかん、二人とも応援しないといけないのにミアの事だけ考えてた。
あんな傷をミアに与えたという事はルナは相当、本気だろう。
それもそうか、彼女にとってミアの戦いは通過点。目標は魔王打倒だもんな。
「こんにちは、濡羽先輩。隣良いですか?」
「え、は!?」
隣を見るとそこには魔王シェリーが居た。
「何で君がここに……」
「まぁまぁ先輩、試合に集中しましょう」
そうだけど、何で彼女は俺を先輩呼びするんだ。
シェリーの学年が俺より下のは知ってるけど、俺と彼女には接点がないはず。
「〜〜〜〜♪」
何で嬉しそうなんだ?
***
「え?」
私との試合中なのにミアが濡羽の居る方を見て驚いた反応をする。
「ちょっと私との試合中に濡羽を見るなんて……彼女の前で失礼じゃない(彼女じゃありません)?」
「ミアさん、早く試合を終わらせた方が良さそうですよ」
「え、どういう事……」
私もルナの方を気にせず、濡羽を見る。
濡羽の隣にはあのシェリーが居り、ニコニコ笑っていた。濡羽も美少女が隣に居て満更じゃないのか、そこに居るのを許しているようだった。
「ルナさん……魔王は私が倒すので負けてくださいよ〜〜」
「いえいえ、私が倒すのでミアさんが〜〜」
二人は共に笑顔でありながらその本音は一緒だった。
あの女を彼の隣から引きずり下ろす。
そんな事を露も知らない濡羽が何故、シェリーが隣に座っているのを許しているのかというとミアの見立て通り満更している訳ではなく対応に困っていた。
同じ七家同士の口の聞き方なら分かるけど魔王ってどう接すれば良いんだ? てか、普通に戦いたいから喧嘩売ろうかな、いやルナの妹な訳だからそんなことしちゃいけないよな。
「さて……傷も癒えた事ですしすぐに倒してあげますね」
「私にボコボコにされた上という事をお忘れなく」
「忘れませんよ……だから、今度は私がアンタをボコボコにしてあげる……『狂武』」
そうミアは狂気を物質化し、無数の槍を生成し、それを携えながら黒蹄で宙に飛ぶ。
「大口叩いておいて逃げる気?」
「違うわよ……『魔女は心奥にして最奥を覗く』」
私は濡羽のように詠唱を破棄して魔奥を行使することは出来ないからルナが来ることが出来ない空中で優雅に詠唱を紡ぐしかない。
「『愚者の罵声は空を駆け、賢者の名声は地に落ちる』」
「『恐怖劇は開演し浮浪、孤独、身売、嗜好を持って観衆を沸かす』」
詠唱しながら眼下にいるルナに向かって槍を投げる。
ルナは槍を回避し、頭上のミアに向かって浮上で攻撃しようとするが、それを潰すように槍が投げられる。
「『狂気のプリンス、殺された被害者』」
「『幕は降り、役者は壇上を降り、恐怖は壁を越え、残虐な現実となる』」
槍の残り本数は3本、間に合わない。
その前に絶対、槍が尽き、攻撃される。
槍を投げ、妨害する。
「『腕の中の二人の女性、目の無い顔、恐怖はこれにて最終公演』
投げた槍がルナのスカートの端を射止める。
ラッキー、これで間に合う。
「『武器も言葉も刃となり、軽薄で盲目な運命に唾を吐く』!」
「『食べろ、飲め、遊べ——』」
瞬間、ルナの姿が潜り、背後に浮上する。
その手がミアに伸びる。
もう一度、あの空間に送る気だろう。
だが、それよりも早く私は紡ぐ。
「——『死後の快楽を先取りしろ!』
これを行使したくはなかったけど、今は発動してのデメリットよりもルナと戦い勝って、濡羽に興味を持ってもらいたい。
親友ミア・ファタールとしてではなく一人の女として……
「『狂いに狂う人の性質』」
ルナの体が衝撃で吹き飛ぶ。
世界が明確な“ノイズ“を感知する。
空、地面、建物といった世界は普通なのにその存在だけは異質だった。
体が不定期に歪み、風は逆流し、影は上に落ち、音が光となって溶けていく。
髪が逆立ち、光が溶ける。
瞳孔がゆらぎ、虹色の狂気が弾ける。
彼女は両手を広げ、世界に抱きつくように微笑んだ。
しかし世界は彼女を異質として微笑む事はない。
「——あは、あはははっ……あっははははははははははぁっ!! 世界が壊れる音って、こんなに綺麗なのよねぇぇぇぇ!!!! もっと壊してあげる、もっともっと、もっともっと狂わせてぇぇぇ!! あはっ、あはははははっ、ふふ、ふふふふふ……ふあははははぁ!!」
その笑いは甘く艶やかで、けれど耳にした者の心を確実に削っていく。
ルナ、観客全員は顔を歪めていたが濡羽だけは残念そうにしていた。
発動しちゃったか。まぁ、しょうがない。
あの姿と声は見る者、聞く者全てを恐怖させる。
発動してしまえばミア個人としての汚名が生まれてしまう。だからこそ、ミアは極限まで行使しようと思わなかったのに汚名よりもこの勝負を優先したんだろう。
ミア、君が世界から嫌われようとも俺だけは君の隣に居るよ。




