第52話:零式
「濡羽、魔法とはどんなものだ?」
彼我見はキングクラウン前の修行の折にそんな問いを投げかけてきた。
「魔法とは、概念を操る術で神の如き神秘の力です」
「それも正解の一種だ。だが、本当の正解は完璧な力だ」
「完璧な力?」
彼我見は肩をすくめる。
「魔法には制約がねぇし、極めればなんでも出来、それが世界を壊そうと創ろうがお構いなし……故に完璧な力。何者にも屈せず誰であっても踏みつける最強の力。だが、これはあくまでも始祖と高弟などの少数の魔法使いのみに当てはまる言葉で現代魔法使いの多くに当てはまる言葉はゴミだ」
「ゴミって、相変わらず魔法使いが嫌いなんだな、師匠は」
「ああ、俺が嫌いなのはゴミみたいな魔法を使う魔法使いだけだ。美しくも強くもねぇのに一丁前に魔法という看板を掲げ傲慢で王様みたいに振る舞う魔法使いはゴミで十分」
彼我見は俺を指差す。
「いいか、魔法ってのは本来は自由の象徴だ。なのに、現代魔法使いの多くは優雅さとか血統主義っていう鎖に縛られて才能っていう立派な伝説武器を振り回すだけの俺TUEEEEってイキってるガキだ。ガキだから、自分の力の本質にも気付かねぇし、努力っていう自分の短所を補う優秀な武器を握ろうともしねぇから勝手に自分の中に限界を作り、後は道具頼りだから自由ってもんが欠けてる。そういう奴は早くに死んだ方が世界の為になるってもんだな」
うわー、酷い悪口だな。
でも魔法使いという存在を言い当てている。
「だから、俺は魔法使いとの戦う時はその不自由さを突くようにしている。そこが俺ら魔術師が魔法使いに勝っている点だ。だから、お前に自由な思考とその手段を与えようと思う。まぁ、その前に長ったらしい説明が必要だが、聞くか?」
まだ気にしてるのか。
昔の俺なら師匠の話は流していただろうが、今は聞くしかない……いや、聞く以外の選択肢はない。
「聞くに決まってますよ、師匠」
「ふん、まず単純な魔術の出力じゃ、魔法の出力に敵わないという事は理解しているよな?」
「はい、魔術は限界が定められた貯水地から蛇口を通して出すような物だけど、魔法は広大な海からダムのように一気に放出出来る。そこで圧倒的な出力の違いが生まれる」
「そうだ。だが、魔術が魔法の出力に対抗する事は出来ないかというと……出来る。お前も使っているはずだ、奥の手として」
「まさか、魔奥?」
「それと領域結界もだな。アレらは多大な魔力と引き換えに魔術を一時的に簡易的な魔法とする技だ。お前らが戦ったエングの使用した魔法化薬と違って本当に世界との繋がりを得るわけではないが副作用なく使えるという点では魔法化薬より使い勝手が良いし応用が効く。何せ、魔奥も領域結界も作ったのは黒曜家の初代様だからな」
初代黒曜家当主、黒曜淵無。
魔術が生まれてから彼以上の天才は生まれていないと評価されるほどの天才で彼一人が魔術理論の基本を作り上げた創魔の魔術師にして初代魔王の右腕。
「そして、これは初代様考案の黒曜家相伝魔術指南書『零式』だ」
そう彼我見が雑に地面に投げた黒表紙の本からは魔力が漂っていた。
「そんな雑に投げて良いのかよ」
「良いんだよ、それ写本だし……」
「え、これ写本なのかよ」
「初代様の副官が初代様の日記帳を盗み読んで書いた物で零式の元となった日記帳は初代様の死体と共に行方不明だ。まぁ、それが書かれたのは魔族大戦の最盛期で副官も今の魔術師レベルでは考えられないほどの強者だし、内容は意味のあるもんだから読んで身に付けて損になる事はないしお前は今以上に絶対に強くなる」
与えるって言葉通り、与えるのかよ。
***
そして俺は三又の槍を握り構える。
零式に書かれていた内容は、魔奥と領域結界の本質的改造だ。
魔奥、領域結界で発動する効果の上昇、下降。
発動の際に詠う詠唱の短縮、延長。
そして、詠唱と動作の置き換えだ。予め決めていた動作をしながら詠唱し魔奥、領域結界を発動することで発動の手順と魔力を体に教え込むと同時に儀式化する事で詠唱無しでの発動を可能にする。
勿論、威力や効果は下がってしまうが、そのためにもう一つの改造を施す。
「なるほど、魔奥にて発動する効果を狭め一点に特化する事で威力の低下を抑えているんですね。流石、黒曜家と言ったところでしょう、ですが所詮は魔術師の魔奥。魔法使いの魔奥には敵わないと知れ、『儚花』……」
水晶の花がカールの周囲に咲き乱れ、そして花弁を散らす。
「『夢月剣、女神が夢見し黄金の月にて死ね」
四つの花弁から一つの花弁が散って集まり、黄金が如き輝きを放つ一本の剣となった。
濡羽は思考を巡らす。
魔術の魔奥や領域結界は通常魔術効果の強化型だが、魔法の魔奥や領域結界は通常魔法効果の派生型、故にこの戦闘での勝利の鍵はどれだけ早くカールの魔奥効果を導けるか。
「敵の前で考え事ですか? 油断は禁物ですよ」
カールは一瞬で遥か上空から濡羽の耳元まで移動し、余裕そうに話しかけてくる。
「どっちがだよ!」
槍を振るうが、躱され空を薙ぐ。
「油断? これは余裕というものです、よ」
剣が振るわれ、濡羽の体を大きく切り裂くと同時に剣が何故か砕けるように壊れ、破片が傷口に突き刺さる。
「ぐっ」
痛みに悶えながら思考を巡らせる。
何故、剣が壊れた。それだけ脆いのか? いや、切られた感触からは脆くは感じなかった、全くどういう事なんだ? そんなことよりも、カールの手に武器が無い、今! 攻撃あるのみ!
「はっ!」
槍をカールに刺すように突いた瞬間、金属同士がぶつかったような高い音が響き、槍を握る手に衝撃が奔る。
硬った、何だ? この奇妙な硬さは。
「どうした? 魔術師、やっと私と自身の差を思い知ったかな……」
「『儚花、妄月光』女神が妄想せし刃の雨にて死ね」
閃光が瞬き、俺の視界を含めた世界を制圧する。




