第44話:立ちたい!
試合が始まる前、会場に立つミアの姿を見て観客は目を疑う。
トーナメント表を見て驚き、嘘だと思っていたが確かにファタール家の人間がそこに立っていた。
人を誘惑する容貌、声、性格そして淫魔の血の象徴たるピンク色の髪。
「本当にファタールが……」
「汚れた娼婦が」
「神聖な試合会場を……」
昔のミアなら逃げ出していたであろう。いや立っていることは無かっただろう場所に立っている。
汚れ穢れている娼婦の一族、売女の一族と侮辱され、淫魔の血を受け継いでいると自戒していた自分が魔法使い、魔術師が憧れるキングクラウンに出場している。
「何故、出ている?」
一人の観客の質問が耳に入り、私は大きな声で答えていた。
「確かに私はファタール家の人間、淫魔の血を受け継ぐ人間。だからって、汚れている穢れているって辱めを受け、侮辱される覚えはないわ!」
「私の名前はミア・ファタール! 娼婦でも売女でも淫魔でもない一人の人間よ、それを今日の戦いで証明するからを見てなさい、観客ども」
観客はその言葉を受けてから一言も発さず、黙って私の試合を見始めた。
そして試合が始まった瞬間、マグスの体を中心に地面からマグスの腕が無数に広がるように生え出す。
「キモっ」
ミアは冷静に距離を取りながら魔力を脚に集める。
そして地を蹴り、足元に魔力でタイルを形成し、その上に立つ。黒曜秘伝、空中方法術『黒蹄』だ。
この戦いの前に彼女は濡羽から黒曜秘伝を習っていた。
地面から伸びる腕らを観察する。
よく見ると地面から直接生えているのはではなくマグスの脚から伸びた手が埋め尽くすように広がり、そこから生えているのが分かる。
なるほどね、自分の体から同じ形というルールのもと体の一部を生やすことの出来る魔術。
キモいし使い勝手悪そうな魔術だし、私の魔術との相性最悪。
マグスは左手を挙げ、ミアの方に向かって下ろした。
「『سونامی』」
マグスの背後から壁のように腕が空に向かって形成されていき、五メートルほどに達するとその壁からこちらに掌を向けるように手が形成され、その手から腕と手が形成され伸びてくる。水ではなく手と腕だがそれは波のように見えた。
「本当にキモい。狂宴魔術、『狂舞踏』」
まるで舞を踊るように、平面的ではなく立体的にミアは手腕の波を避ける。
しかし波はミアに向かって伸びていき、更に地面の腕らも伸び始める。
「『چشمه』」
その時、ミアを地面から伸びた無数の腕が飲み込んだ。
マグスの年齢は18歳だ。その年の男性平均握力は41キロ程度だが魔力で強化すれば80キロに到達する。これはリンゴも容易く砕ける握力だ。
「『گرداب』」
瞬間、ミアを包んだ腕の手が近くの物全てを片っ端から掴み、握り潰した。
しかし、それよりも速く腕らが爆散した。
「汚い手で私の体を触るな!」
ああ、触られるのが嫌で暴発しちゃったけど結果オーライかな。
マグスと分離した腕らは魔力へと変化し霧散しているし、私の読みも当たりかな。だいたいマグスの魔術は分かったし、読みは終わりで攻めに転じようかな。
「狂宴魔術……」
ミアの狂宴魔術は感情系統、操作系統、変換系統の複合で感情である狂乱を操作し、狂乱を破壊のエネルギーへと変換させることが出来る。
そのエネルギーは狂いそのもので効力はアベコベでチグハグだが、凶悪的。
「『狂気』」
ミアの手を覆うように黒く赤い風のようで液体のようなエネルギーが出現する。
そして、その狂気を変形させていく。
「『哭槍』」
黒色で魂を抉り貫くような形状をした槍がミアの手に収まった。
マグスは瞬時にそれへの危険度を上げ、自身を守るように腕を生み出し、防御体制を築いていく。
ミアは投擲の構えを取り、マグスを狙う。
「行くわよ、マグス」
槍を手から離す直前に狂気で哭槍をコーティングし強化する。
真っ直ぐ、哭槍はマグスへとその穂先を向け飛んでいく。
しかし、それを阻むように無数の腕が壁を築くように立ちはだかる。
哭槍と腕の壁がぶつかる。
槍は確実に腕を削るがそれよりも速く、腕が形成され進むことが出来なかった。
しかし、ここで最後の狂気が生きる。
最後に施した狂気の特性、一貫は貫くこと以外を無くし貫くことだけを強化する。
狂気を施された攻撃はミア以外誰にも予見出来ず、対応が出来ない。
正しく狂ったような一撃……狂撃。
哭槍が腕の壁を貫通し、マグスの体を外壁へと貫き止める。
「ごふぇ」
私は高々と誇りを持って宣言する。
「私の勝ちよ、もう私は売女でも淫魔でもない!」
観客らは黙って、勝利を祝うように拍手した。
初めて多くの人に祝われたことを嬉しく思いながら試合会場を去った。
〜〜〜〜
試合会場前廊下
私は一人、ガッツポーズしながら飛び跳ねる。
「やった! 勝ったわ」
この勝利は第一歩。
私が彼の隣に誰にも邪魔されず誇らしく立つための。
淫魔でも、売女でも、親友でもなく……ただのミア・ファタールという少女として。
「濡羽、絶対アンタの隣に立つわ」




