第4話:寮
二棟ある寮棟は魔法使いと魔術師とで分けられている。
魔術師寮棟の部屋は相部屋で最低限の設備しか整っていないが、魔法使い寮棟は一人部屋で寮内にサウナ、自習室、訓練場が完備されている。
俺と織可、ミアは魔術師寮棟の三階の男子寮と一階の女子寮の間にある魔術師教師の二階に来ていた。
「ミア、ここで待っていてくれないか?」
「そうだな。ここで待っていた方が早く済みそうだ」
俺と織可の中で言葉にせずとも考えが伝わった。
「何でよ? 寮母に私を寮の部屋に入れていいか聞くんでしょ。私がいた方が良いじゃない」
「まぁ、そうなんだが男子寮の寮母は勘違いが激しいというか、母性が爆発しているというか。まぁ、こうして女子と一緒に居るところを見られると絶対に……」
急に一つの扉が開き、薄い青髪で白ニットを着た女性が姿を現した。
女性はすぐに、俺たちに気付く。
「あら、濡羽君と織可君じゃない。どうしたの二階に来て……あらー、綺麗なお嬢さんね? どっちの彼女さんなのかしら?」
俺は始まったと思いながら答える。
「俺と織可の彼女じゃないです」
「あら、もしかして婚約者の方かしら。濡羽君も織可君も家柄的にもう居てもおかしくないわね。私、勘違いしちゃったわ」
いや、勘違いだけどそこじゃないよ。
「婚約者でもないです。女友達です……で、俺たちの寮の部屋に入れても良いか聞きに来ました」
「あら、そうなの……濡羽君、織可君いい。年頃的に部屋でそういうことをしても良いけど、ちゃんと××を付けてするのよ。それと××をするなら相手をちゃんと休ませるのよ」
うわー、そっち方面の勘違いに行くのか。
ミアも赤面してるから拍車を掛けるかも知れないな。
「マジで普通の女友達なんで……」
「えぇ! 織可君の他に貴方に友達いたのね。嬉しいわ」
この人、基本寮母の部屋に居るからミアと共に居るのを見られたのは初めてだな。
「私は魔術師寮棟、男子寮の寮母をしているアイシス・フィールドよ。よろしくね」
包容力ある母の笑顔でアイシスは挨拶した。
「は、はい……私はミア・ファタールです」
まだ赤面し湯気を上げているミアはぎこちないが答えた。
「良い、ミアちゃん。どっちと結婚するか分からないけど、ちゃんと自分の気持ちを夫に伝える事も妻の務めよ。私としては結婚出来無さそうな濡羽君としてくれた嬉しいけど……」
「は、はい」
ミアは困惑し恥ずかしそうに答える。
その横では織可が笑い声を抑えていた。
よし、あいつは後でシメるか。
「母さんみたいな事言うなよ。ミアも困っているだろ、それと一緒に部屋で勉強するだけだから、良いな」
「オッケーだけど、優しくするのよ」
「保険体育の勉強じゃないから」
俺は疲労感を覚えながらミアと織可と共に3階に上がる。
「ほら、待っていた方が良かっただろ。あの人の相手疲れるから」
「でもアイシスさん、優しい人だね。濡羽にも優しいし」
学院の教師の中で濡羽に対する接し方は主に二つだ。
シビアのように濡羽を貶し馬鹿にする者とシリアスのように普通の教師と生徒のように接する者。
学院内では後者の方が多いが、後者の方は無関心の人も含まれるため前者の人間が濡羽に対して何かしても止める事はない。
そんな学院でアイシスのように濡羽に対して好意的に対応する人間は珍しいと言える。
「あの人は、叔父さんの同級生で親友だし幼少期、あの人の所に住んでいた事もあったから優しいんだ。まぁ、その優しさが嫌になる時もあるけどな」
三階に到着したタイミングで一人の男子生徒が濡羽に近付いて来た。
「濡羽氏、濡羽氏」
眼鏡を付けた少しぽっちゃりした男子だった。
「どうした? タクオ」
「また、濡羽氏と織可氏と拙者の部屋の扉と壁に落書きされているでござる。本当に軟弱者で主人公に瞬殺される三下みたいなことをしてくる者がいるとわ。嘆かわしいでござる……お! そちらの美少女は?」
「ミア、紹介してなかったな。俺と織可と相部屋しているタクオ・カルチャスだ」
「おお、そなたがかの有名なミアたんですか」
タクオはミアに手を差し出すがミアは明らかに嫌悪していた。
「濡羽、織可助けて……」
「ミア、俺も最初そんな感じだったけどそいつ良い奴だし、優秀だから」
ミアがタクオと握手をしたかどうかは関係なく、落書きを億劫に感じながら俺たちは部屋に入った。
「玄関、トイレ、お風呂、洗面所、リビングなどを覗くと三部屋が残って俺たちが一人一部屋使っている」
「女子寮と同じ間取りね」
「そりゃ、そうだろ」
ミアは勝手に冷蔵庫を開け、何が入っているか見始めた。
「あれ、綺麗だ」
「まぁ、織可が基本家事をしているから他の部屋と比べて綺麗だろうな」
「織可氏の料理は物凄く旨いのでござる」
「へへ、照れるな」
織可はそう自分の頭をさする。
「それよりミアをここに呼んだのは朝、邪魔されて聞けなかった話を聞くためだ」
「濡羽氏がそこまで聞きたい話とは気になるでござる」
「話すわね。でも、一つ条件よ」
ミアは真剣な表情でそう言った。
「条件? 何だ」
「私に協力し、このチームを裏切らないこと」
「分かった」
「分かったよ」
「分かったでござる」
ミアは話し出した。
その話が俺たちの行く末の転換点になるとは誰も思っていなかった。




