第35話:瑠璃
長ったらしい詠唱を終える。
「魔奥『大洪水を止めし母なる一槍』」
全てを洗い流す破壊の激流が一本の槍となり、俺の手に収まる。
無限インクの使用はキングクラウン前のデモンストレーションって事で上手くいった。
「叔父さん、これが俺の魔奥だ。耐えらるかな」
槍は真っ直ぐ、彼我見に向かって放つように突かれた。
「その程度で魔奥だと、6枚で十分だ」
彼我見は迫る槍撃に手のひらを向ける。
そして、固有魔術を行使する。
「『鏡花・六花』」
空間に重なるように透明に近い6枚の花弁が生まれ、美しい花を咲かせた。
花は山を抉るような槍撃を容易く受け止め、包み込んだ
「どうした? これで終わりか、ならこっちの番だな。『鏡片・円』」
出していた手を彼我見がポッケにしまうと同時に濡羽を中心に地面から透明な刃が無数に出現した。
「こんなの!」
俺が槍で薙ぎ払おうとするが、それは遅過ぎた。
「『鏡形・球見我』」
透明な刃が一瞬で濡羽の元に集い、球形を形成しあっさり包み込む。と同時に濡羽の視界には濡羽の姿しか映らなかった。
まるで鏡で周囲を覆われたように。
俺は思い出す。
叔父である彼我見の固有魔術、硝子魔術。
硝子の生成と操作を行う自分と同じ変幻自在の魔術。
この魔術、最大の特徴は取り込んだ素材の性質を受け継ぐ事が出来る点だ。
金属を取り込めばその硝子は鏡となり、更にマンガンを取り込めば……
「『黒鏡・絶突』」
マンガンを取り込んだ黒鏡の細長い槍の如き刃が、球見我を貫き中に居る濡羽を突き刺そうとするように放たれた。
俺は球見我の表面が壊れた瞬間、刃が届く寸前に回避し、距離を取る。
「マンガンを取り込んだ硝子は他のガラスよりも硬くなる。叔父さん、全部思い出したよ。もう俺に性質変化は効かない」
俺に記憶に残っている性質変化は緑色の酸化鉄と茶色の硫黄のみ。
どちらの性質も破壊力があるから戦闘で彼我見はよく使っている。
「そうかよ。なら、見せていなかった性質変化を見せてやる」
見たことない物質を取り出し、硝子に取り込ませた。
「『海鏡・海月』」
海色の深い蒼の海月の形をした鏡片が出現した瞬間、辺りの空気がガラッと変わった。
「ゼェゼェゼェ、ゴホ」
喉が妙に痛い。
呼吸がし難い。
「コバルトって知ってるか?」
「ゼェゼェゼェ、ゴホッ」
やられた……
魔術師も魔法使いも共通の弱点である喉をやられた。
詠唱と魔術名、魔法名を言わないと魔術も魔法も行使できない為に喉は1番やられてはいけない。
「その状態じゃ、受け答えも出来ないか。なら大人しく聞いてろ」
濡羽は似合わないのに師匠っぽく説明をはじめた。
「コバルトには腐食性と有毒ガスを出すコバルト化合物という物が存在する。この海鏡はその性質を受け継いでいる。お前は有毒ガスの影響で喉の痛み・息切れ・瑞鳴の症状が出ている……まともに動くことも魔術の行使も出来ないだろ。これは特訓ゆえに殺しはしないが半殺しにはする」
そう彼我見は集中し出す。
「見ろ、これが本当の魔奥というものだ」
魔力が高まり、辺りの空気が震える。
「『魔女は心奥にして魔奥を覗く』」
「『儚く美しき楽園の全てを、界外の窓から見る』」
「『世界とは広く、浅瀬から深海に移り変わり変化するもの』」
「『窓を通して見る輝きこそ、世界の森羅万象』」
硝子という硝子が宙に集まり、液体と固体の中間的物体で構成された球形を作り出す。
「『窓が開く、風が通る、光が瑠璃を照らし輝く世界』」
「『体は炉に溶かし、心を水に変貌させる』」
「『体と心を一つへ。燃を冷へと流し固める』」
球形は激しく変貌していく。
光という光が収束し、一筋の光となる。
「『創りしは永久不変、不朽不滅の星瑠璃』」
「『瑠璃は星の光にて青き星を照らし続ける』」
硝子と光が合体し、一つの大きなレンズを形成する。
「永久不滅の星硝子・光』」
集光レンズによって集まった太陽光が一筋のレーザーとなって放たれた。
全てを焼き尽くすレーザーが真っ直ぐに濡羽に向かう。
毒をくらった濡羽は動けない筈だが、濡羽はそれを防ぐために槍を突いた。
「『流転にて全てを貫く』」
全てを削り抉るように水流の槍は突かれ、太陽光レーザーとぶつかった。
「ハハッ、液体魔術で毒だけを排出し俺の魔奥とぶつかるか! 見せてくれ、濡羽。次期黒曜家当主の力を!」
彼我見は笑いながらそう煽った。
「5年前にも言ったはずだぞ。俺は黒曜家当主にはならない……まぁ、現当主の力は見ても良いぜ!」
二人の黒曜は共に宣言するように言った。
「『生々なりて流転と帰す』!」
「『永遠と共に星空を駆ける』!」
インクの水流が輪廻を模る円を描くように流れる。
レーザーが無数の流星のように光を放ち、空を駆ける。
インクとレーザーが激しくぶつかり、インクが蒸発し、その分レーザーの熱量を奪うもどちらも無限に等しい量があるので意味を成さず、決着は互いの魔力量によって決する。
数分、数時間?
時間を忘れ分からなくなるほど長いようで短い濃密な時間が過ぎた。
そして抉った。
水が、光が、赤い鮮血が舞い、地面に散る。
傷を負った者は地面に倒れ、最後に立った者が勝者になるはずだった。
しかし、そこに立っている者は居らず勝者も居なかった。
二人が倒れ伏すのみだった。




