第3話:無能の理由
講義棟。
俺はここが嫌いだ。
いや、ここにある大図書館は好きだが、教室がどうにも好きになれなかった。
教卓に若い先生が立った。
俺が特に嫌いな先生で名前はシビア・シグルソンという。
全教師の中で最も苛烈で最も生徒に嫌われている教師だ。
「これより魔力基礎論の復習講義を始める。まず、魔力とは何だね? 茶淡」
「はい。魔力とは魔法・魔術を使う上で必要なエネルギーです。魔法と魔術では使っている魔力に違いがあります」
織可が立ち上がり、教科書を見ることなく誦じる。
「じゃ、その違いと何故違いが生まれるのかね。ファタール」
「は、はい。えっと、確か。何でしたっけ?」
ミアは織可と違い教科書を見ているはずなのに手間取っていた。
「もう良い! 左隣の君!」
「はい、魔力質の差があり魔術の魔力10が魔法の魔力1に相当します。この違いが生まれる原因は使っている魔力が違うことからきます。魔法は世界との繋がりを使ってそこから魔力を流用しているのに対して、魔術は体内で生成されたものを使っているためです」
「その通り。それが魔術師と魔法使いの体の構造の違いも作り出した根本的な違いだ。魔法と魔術の違いも魔力量から来ていると言える」
魔術師は魔力を生み出す力を有するが魔法使いは有していない代わりに脳構造が特殊で世界を巡るエネルギーの流れを知覚することが出来る。
「では、その違いとは何だな? 黒曜」
「はい。魔術は現象を操るのに対して、魔法は概念を操ります。魔法は魔術よりも膨大な魔力を消費することから概念を操ることが出来ます」
「そうだ。魔法を扱う魔法使いは確かに強力だが、天才的な才能と魔法使い特有の脳構造を求められることから体内で魔力を生成出来れば慣れる魔術師と違い、その数は少ないが圧倒的な魔法という力を有している
「黒曜。ならば魔法使いに匹敵する魔術師の強みとは何だ?」
「魔術師の強みは、己だけの固有魔術の術式を魂に刻む際にカスタマイズ出来る点です。これは最初から刻まれている魔法使いとは違う魔術師だけの強みです」
「ならば、君の固有魔術を実践して見たまえ」
まただ。
俺の固有魔術はこういった場でも扱えるが、使おうとしても使わなくてもシビアは嘲りにかかる。
「シビア先生、失礼ですが良いですか。私は魂魄量全てを操作系統に振り切っているので操作出来る対象が無いと固有魔術を発動出来ないのですが?」
魂魄量。
魂に刻める魔術式の限度量の事で、この魂魄量全体を10とした上で一つのコンセプト決め、各魔術系統にどれだけ割くかで魔術の特徴が決まる。
魔術系統は主に5つ。
生成系統、魔力を消費して物質を生成する。
操作系統、魔力を消費して物質・エネルギーを操る。
変換系統、魔力をエネルギーに変換する。
体質系統、魔力で体質を変貌させる。
未知系統、奇跡的に成功した特殊な魔術系統。
「知っていますとも、でも君は本当に愚かですね。まだ魔術の魔の字も固有魔術の定石も知らない状態で固有魔術を刻むなんて……」
シビアはその嘲りの笑みを深める。
固有魔術の定石、俺はその一つを破って固有魔術を刻んだためピンキリ性能の固有魔術となってしまった。
その中でも操作系統全振りは禁断とされており、歴史上行った魔術師は三人で三人とも悲惨な末路を辿ったため、最も象徴的な不幸とされている。
だが、俺がどんな固有魔術を刻もうが俺の勝手だし、俺はそんな柔じゃない。
「先生にそこまで言われる理由なんてありませんよね。黒曜は七家の一家、シグルソンという三流魔術一族には特に……」
「な、有力の無能術師風情が!」
シビアはわなわなと震えながら続ける。
「良いですか、皆さん! この世界では魔法、魔術が扱えない者に価値はなくチャンスなど与えられない! 権威とは魔法を使えること、魔術を扱える事であり。力とは魔力であり、偉人とは魔法使い、魔術師である。そして、この魔法魔術学院では魔法の才、魔術の才が最も尊ばれる」
シビア……いや、魔法魔術絶対主義者の口上を彼は言い終えると俺を睨みながら告げる。
「知識はあっても固有魔術を十分に扱えない不能者など、多くの偉人が生まれたこの場所に相応しくない。家の名に縋っている愚者は早々に卒業を諦めることをお勧めする。それとも、蛙の子は所詮は蛙か?」
俺は机を叩き壊す。
その音に全員が驚く。
「俺を馬鹿にするのは存分にしてもらって結構。だが、俺の両親を馬鹿にすることは黒曜の名に誓って許さない」
俺は壇上に立つシビアに近づく。
「何だ、私に怒っているのか? なら、存分に怒れ! 私を殴ってみろ」
シビアは分かっているのだ。
生徒が教師を殴れば、それは謹慎などでは済まず一発で退学になることを。
「ああ、殴ってやるよ……黒斑」
「かぁ」
突然、シビアは泡を吹きながら地面に倒れた。
そのクラスに居る人間、全員が知覚出来なかった。
それほど素早い打撃。
「あれ、大丈夫ですか? シビア先生、講義しないと」
俺は死体撃ちを続けるかのように煽る。
「眼鏡先生! 居ますか、聞こえていますか?」
隣の教室から似合っていない丸眼鏡を付けた男性教師がやってきた。
「だから、俺はシリアスだって言ってるだろ。ってシビア先生がどうして倒れているんだ?」
「急に倒れました。講義に熱が入り過ぎたのか、貧血ですかね?」
シリアスはジト目で俺を見るが、考えるのを辞めたのか対処を始めた。
「分かった。全員、シビア先生は講義が出来る状態じゃないからこれで講義は終了。静かに寮に戻るか、図書館に戻って次の講義まで待っていてくれ」
こうして嫌な教師であるシビアの講義は終わり、その日の最終講義が終わると俺は寮棟に向かった。
操作系統全振りが禁断な理由はもっと先の話で簡略的に解説しますが、現段階で言える回答としては操作系統魔術は最も簡単で最も難儀な魔術であるということ。
それとこれ以降で普通に出てくるが情報を出せる機会が無いので魔術師の階級についてここで解説します。
魔術師階級
上から秘級〜6級まで。普通の人は一級が限界。
6級―素質者…魔力の流れを感じられる程度。魔術に触れたばかり。
5級―初学者…魔術理論の基礎を理解、基礎魔術を発動できる。条件:筆記試験合格。
4級―習得者…本格的に魔術を学び出した者。条件:師匠の有無or学院入学。
3級―魔術師…一人前と認められ、ある程度の地位。条件:学院卒業or固有魔術保有。
2級―熟練者…高い技術、師範として弟子を持つ。条件:弟子の有無and二級試験合格。
準一級…名を轟かせているが試験に合格していない。
1級―到達者…名を轟かせる魔術師。条件:一級試験合格。
秘級―異常者…伝説的存在。条件:秘匿されている。




