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黒泥の魔術師  作者: 11時11分
生徒行方不明事件 〜魔法に恋し、親友を愛す〜
27/37

第27話:的

 刀を振るいながら思い出す。

 何故、自分が刀を持ち刀を振るうようになったのかを。


「良いか、エング。鉄ってのは衝撃、叩かれるほど強く固くなるんだ。だから、お前もどんな酷い目、苦境に遭っても決して諦めなければ立派な硬い鉄のような人物になれるさ」


 そう父は、俺の頭を撫でた。

 俺はその言葉を魂に刻み込んだ。


「はい、父上」


 俺の家系は代々、魔術で特殊な金属を精錬し、武器に鍛造することを生業としてきた。

 鉄を叩き、立派な武器を無骨な手から作り出す父の姿が憧れだった。

 いつか、自分も父のようになるのだと漠然と思っていた。

 しかし、それは幻想だった。 

 百年続く我が家だが、俺が中学生の頃から仕事が減ってきた。


「困ります。今まで貴方のお家に我が家は何十本も刀を納めてきたのに今になって契約打ち切りなんて!」


「仕方ないだろう。魔術技術が発達して、己の魔術で武具を生成できるようになったから高い金を払ってお前の武器を買わなくても良くなったんだ。私はこれで失礼するよ」


「嘘だ、あんまりだ!」


 俺が高校に入った頃には全ての契約が切られ、新規の契約も入らなくなり、仕事を失った親父は昔と代わり、鍛冶場ではなく布団の上で過ごすようになり、その手には金槌ではなく酒を持つようになった。


「エング! 酒買ってこい!」


 酒がキレると親父は俺や母に当たるようになった。

 そんな時は、すぐに命懸けで急いで酒を買ってきた。

 高校を卒業した時に、母は親父と離婚し、家を去った。


「なぁ、エング。俺が悪いのか? 悪いのかって聞いてんだよ!」


 母を失って、親父は更に不安定になり、心の隙間を埋めるようにギャンブルにのめり込んでいった。

 そんなある日、家に黒服の男たちが入ってきた。

 すぐに借金取りだと分かった。

 親父は「絶対に返す」と床の頭を付け、借金取りに土下座していた。

 借金取りも親父が返さない事をもう理解しているようで、俺の方に狙いを定めた。


「お前、何歳だ?」


 強面の男性が俺の顔を覗き込む。


「19です……」


「なぁ、こいつの借金っていくらだっけ?」


「うちから借りているのは2000万です」


「この若いの売れば、チャラだな。どうする、お前の息子なんだろ」


 俺は親父の顔を見た。

 息子を売るなんて選択肢取らないよな、親父……!

 俺は絶句した。

 親父は喜んで笑っていた。


「今日は、祝杯だ」


 俺が借金取りたちに連れて行かれる時でさえ、親父は悲しい顔一つせず借金が無くなったことを喜んでいた。

 その後、俺は奴隷として売られた。

 奴隷の未来に絶望し、恐怖し親父を恨みながらも俺は魂に刻み込んだ親父の言葉に縋っていた。

 大丈夫だ。

 これは一時だ、これを耐えれば俺は立派な人間になれる。

 その後、俺はヨーロッパの魔法使いに買われた。

 俺のご主人様になったハング・ブラッティは俺を自身の子供達の魔法を当てる生きて動き回る的として扱った。


「『血回刃(ブラッド・ロール)』」


「『血裂球(ブラッド・ボール)』」


 血の回転する刃、斬撃を纏った血の球を無我夢中で避ける。

 しかし、一方的に飛んでくる魔法全てを避けることは出来ず、傷を負う。


「アアアアアァァァァ」


 傷口から入った魔法の血が俺の体内で暴れる。


「奴隷、避けろよ。練習にならないだろう。プッ、同じ人間とは思えないな」


「全くそうだな。兄者」


 ハングの子供は三人で長男のエグゼと次男のシュメントは俺の事をよく痛ぶっってきた。

 俺が動けなくなると二人は魔法の行使を止め、血だらけの俺を回復する事なく牢屋に入れた。

 ハングに与えられた刺繍糸と針があったのである程度の傷は不器用ながら縫うことが出来た。

 しかし、時にはそれでは回復出来ない傷を負うこともあった。


「大丈夫、回復(ヒール)

 

 そんな時、夜中に牢屋に訪れ助けてくれたのは三人の中で唯一の娘であるイノセントだった。

 彼女は俺を的にした魔法の練習もしなかったし、俺が重傷を負った日にはいつも家族にバレないように回復魔法を施してくれた。


「どうして、奴隷の俺にそこまでするんですか?」


 彼女は俺に回復魔法を施しながら答えた。


「魔法使いも魔術師も、主も奴隷もみんな人間で平等で自由なのよ」


 そう言う彼女の笑顔に俺は癒されたし、彼女の献身に奴隷の分際で好意を持つようになっていた。

 いつもなら朝から始まる魔法練習の的になるため使用人に連れて行かれるはずなのに、その日は昼になっても誰も牢屋に来なかった。

 夕方、やっと牢屋に来たのはエグゼだった。


「奴隷、今日は特例で休日にしてやった。イノセントにありがたく感謝しろよ」


「はい」


 イノセントはよく俺に休日を与えるようにハングに言っていたので、それが叶ったのだと思い、俺はイノセントに感謝しその日は痛みに悶えることなくぐっすり寝た。

 翌朝はすぐ使用人に俺が的として逃げ回る庭に連れて行かれた。

 庭に入るとすぐ肉と血の濃い匂いとカラスが鳴き声が耳に入った


「何だ……この匂い——ッ!」


 目に入ったのは庭の中央に建てられた十字架。

 それに括り付けられた女性にたかり嘴で肉を啄むカラスたちの姿。

 その女性は原型を留めていなかったが直感的に誰か理解した。

 イノセントだ。


「あ……ああ、何で? どうして……」


「イノセントがな、昨日はお前の代わりに的になってくれたんだけどな。逃げ回るし魔法を使ってくるから十字架に括り付けて無抵抗の状態にしてから的にしたよ。それで悲鳴を出したら、お前を殺すって脅したらあいつ死ぬまで悲鳴上げなかったよ、バカだよな」


「そうだよね、たかが魔術師で奴隷のために自らを犠牲にするなんて正気と血を疑うよ? あの女の血が俺たちと同じだなんて信じられないね」


「ああ、私の子供はお前たち二人だけだ」


 俺は三人の言葉に正気を疑った。

 家族だろ? こいつらは平気で家族を自らの手で殺して悲しくないのか?

 こんな事、人間の所業じゃ。

 イノセントの言葉が蘇る。

 みんな人間で平等で自由……こいつらは人間じゃない、化物だ。

 イノセント、化物なら殺しても良いよな?

 その時、俺は固有魔術を悲しみと怒り、恨みのままに作り出し刻み込んだ。


「さて、奴隷。今日は的としてちゃんと仕事しろよ。その十字架は残しておくから壁として……アアアア、俺の手が、手が……っ!!」


 エグゼの両腕を斬撃で切り落とし、煩かったので首を飛ばす。


「兄者! よくも、兄者を……」


 ウザかったのでシュメントの首を飛ばす。


「よくもエグゼとシュメントを……『血刃斬撃(ブラッド・ソード)』!……何で、私の魔法がァァァ!」


 ハングの血の斬撃を操り、それで首を切り落とす。

 俺はイノセントの遺体の前で膝を付き、涙を流しながら謝る。


「ごめん、俺のせいで罪のない君を犠牲にした。最初からこうしてれば良かったんだよな……ごめん」


 俺は涙を拭い、立ち上がる。


「これからは我慢しない。このクソでクズの魔法使いを一人でも多く殺す」


 こいつらは人間じゃない化物だ。

 化物は狩らないと……そうすれば、生まれ変わったイノセントも笑顔で生きられる。


「それなら、私の仲間になりませんか?」


 そいつは横に突然、現れた。


「お前は? 誰だ」


「私はあなたと同じく、魔法使いを憎む者そして魔法使いを滅ぼす者。どうです、私と共に魔法使いをこの世から絶滅させません?」


「ああ、あいつらを滅ぼせるなら俺はお前の仲間になる。お前、名前は?」


「私はシカトリス。魔法使いを絶滅させる者」


 そいつの手を取り、俺は何人、何十人、数え切れないほどの魔法使いを殺してきた。

 そして今、俺は魔法使いではなく魔術師に最後の一撃を放っていた。

 黒曜濡羽、こいつは魔法使いに味方する魔術師なのに俺はこいつの事が嫌いになれなかった。

 もし、イノセントと共に生きる人生があれば俺もこいつのようになっていただろう。

 俺は魔術を行使した時点で分かった。

 敵わないこいつには……俺の魔術は負ける。

 でも、悔しくも後悔もなかった

 この人生、この生き方は俺が決めたことだし、いつかこうなると考えていた。


「黒曜濡羽……ちゃんと決めろよ」


 この魔法使いにも魔術師にも慣れず、どっちの生き方も出来ない。

 どっち付かずの男に殺されるのなら……本望だ。

 インクが自身の胸を貫通する事を感じながら、俺は意識を失う。

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