第26話:液体、斬撃
心臓から生み出され、心臓に溜めていた魔力を蛇口の栓を開けるように開放していく。
血管を通って四肢に広げ、神経を通って脳と魂に刻まれた魔術へと流し込む。
血管、神経が体内に留められる魔力の奔流に悲鳴を上げる。
「『神の命じた嵐が海を攫い、全てを流す』!」
「『海は幅広く、全ては流れる者であり変化するもの』!」
「『水底の輝きこそ、永久不変』!」
骨が悲鳴を上げ、筋肉が軋み、神経が唸る。
全身を蝕む痛みで苦しむことなく今の俺の心と体、魂にあるのはルナへの信頼だけだった。
今もルナは、エングが放つ攻撃全てをを潜らせ無効化していた。
その背中と行動に感謝しながら詠唱を続ける。
「『潮が満ちる! 暴禍の渦、引き裂かれし母なる愛』」
魔力が解放され、体に物凄い負荷が掛かる。
濡羽の鼻から血が流れ、瞼は充血する。
「『子は死して、母へと還る! 母は千の子を弔った』!」
「『方舟は残りし子を乗せ、希望の丘へと運ぶ』!」
インクが濡羽の足元に集い、渦を巻く。
「『涙は雨に、祈りは波に、誓いは果てへ』!」
「『母はいま、子を守らんと誓う』!」
渦が小さくなり、槍を形作っていく。
無意識に槍となる魔奥を気にすることなく、詠唱を続ける。
「『神たる子は母となり、父に槍を投げる!』」
「『子を守るために投じられし、槍は神を穿ち殺す!』」
詠唱を改変し、槍としての構成を強化する。
詠唱の終わり、魔奥名を叫ぶだけというタイミングで俺はルナを見、小さく彼女に聞こえないように呟く。
「ありがとう……『大洪水を止めし母なる一槍』!!!」
インクの槍を掴み、構えるのとルナが力付き地面に膝を付くのは同時だった。
「終わりだ、朱の魔法使い!」
エングが刀をルナに向けて振り下ろす。
ルナは絶望し、死を覚悟する。
しかし、その絶望を打ち砕く奇跡が行使させる。
「『流転せし暴禍の槍撃』!」
槍の穂先から放たれた海中を流れる潮の渦、インクの渦がエングを襲う。
「ちっ、まさか魔奥を!」
渦は巻き、エングの体を攫い、地面に叩きつける。
俺はルナに近づく。
「後は俺に任せて、休め」
「負けたら、承知しないわよ」
軽口を叩きながらルナは学院に張られた結界内に入り、地面に座る。
俺とエングの戦いの決着を見届けるようだ。
あの調子じゃ、魔法を使えても一回だけだろう。
「ハハハハ、魔奥同士の戦いか。最後の決着にはうってつけだな」
「黙れ。早く、戦おう」
ヤバいな。
ルナには余裕そうに振る舞ったが、魔力も切れて魔奥を展開するのも苦しい。
だが、絶対に諦めない。
「その調子だ。『天地崩落』!」
もの凄い踏み込みからエングは地面を裂きながら、上に向かって振るう。
俺もインクを急速に増殖させ、回転させながら、槍を突く。
「『流転にて全てを貫く』!!」
全てを削る濁流のような槍撃が、エングの斬撃とぶつかる。
そして同時に弾け飛ぶ。
どうやらお互いの威力と衝撃は拮抗しているようだ。
エングの魔奥は斬撃にて天地を切り裂くような究極な刀を作り出すと言った感じで、それ自体によって魔術的効果を纏っていないようでただ切れ味が良すぎるんだ。
対する俺の槍は加圧放射の技術を応用して、増加させたインクを槍内部で閉じ込め、槍撃と同時に穂先から放出することで絶大な威力を発揮している。
俺はエングとの距離を詰める。
互いの武器のリーチは同じくらいだが、インクの槍という重さのハンデを背負わない俺の方が使い勝手は上だ。
エングはニヤリと笑みを浮かべながら、俺との超近接戦闘に乗り出した。
俺は槍を突き、エングがそれを回避し距離を詰めてくる。
それに対し、俺は突いた槍を戻し、横に振るう。
エングは刀でそれを受け止めながら距離を詰める。
俺は槍からインクを溢れ出し、エングの体勢を崩すと同時に距離を取り、槍と刀の間合いに戻す。
やはり、近接戦闘では勝敗がつかない。
エングも理解しているだろう。
このままでは……
「「楽しくない」」
俺とエングの漏れた本音が重なる。
最良の笑みで持って両者は互いを迎え、同じことを考えていた。
ならば、今の自分に出来る最高最強の一撃で持ってこいつを殺す。
俺は槍を体に密着させ、槍を前傾に構える。
エングは刀を鞘もないのに、居合の状態で構える。
刹那、同時に互いの槍と刀が突かれ振るわれた。
「『流転にて全てを包む』」「『天地灰燼』」
俺の限界まで貯めてから放出されたインクのレーザーに、エングは全てを薙ぎ払うように刀を大振りに振るった。
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