第23話:真骨頂、切り札
俺の手に中にあったのは一つの小さいな瓶。
瓶の蓋には無数の術式が施された札が貼っており、中には真っ黒い液体があった。
エングは笑みを浮かべる。
「それが切り札? そんな少ない液体で何が出来る! 俺を舐めているのか」
俺はその笑みに笑みで持って返す。
「お前は迷宮って知ってるか?」
迷宮、世界に突如として登場したもう一つの世界。
迷宮を潜り、攻略する者を探索者と呼ぶ。
そして迷宮には、稀だが不思議な物品があると言われている。
「これは迷宮で見つかった物の中でも最高峰の物だが、学院いや世界を脅かしかねず俺にしか扱えないからと黒曜家に渡ってきた物で、この中身は指数関数的に増え続けるインクだ」
俺は小瓶を地面に叩き落とし割る。
インクは瓶から解放された瞬間から、急速に増え始める。
二倍がまた二倍さらに二倍に増え、液体の容量がコップ一杯分、小さな池、湖と増えていく。
エングは後ずさる。
「どうした? 膝が震えているぞ、俺を殺すんだろ? ルナを傷付けた時点で俺は絶対にお前を許さない。言っておく、これを使った俺は魔法使い級だ」
インクは俺の指示通りに動く。
液体魔術の真骨頂は膨大な液体があってこそ発揮できる。
ルナを液体で覆い、保護しながら真っ直ぐに黒色の濁流がエングを襲う。
それはまるで意思を持った大蛇のようにインクはエングを包み込み、宙に浮かせる。
ただの水以上にインクの中で溺れるというのは苦しいものだが、エングは魔術を発動する。
口から空気を出しながら一言。
「『斬魂』」
インク内に広がった空気が瞬間的に弾け、切るように飛び散る。
エングはその隙に、持っていた刀を振い、インクの檻から飛び出る。
俺はインクを動かしながら思考する。
おかしい。
さっきから行っている事が魔術ではなくまるで魔法のよう。
「不思議な様子だな。切り札を持っているのがお前だけだと?」
「どう意味だ」
「さっき俺が飲んだのは実験段階の薬で副作用もあるんだが効能は確立されていてな。効能は一時的に魔術師も魔法使いのように世界と繋がり、圧倒的な魔力量で魔術を魔法スケールで扱うことの出来る、魔法化薬だ」
魔法化薬。
そんな薬があるのか。
確かに魔術は魔力量の少ない魔術師が扱えるように効果を制限した術だ。
だからもし、魔法使いのように膨大な魔力があれば本来の魔術よりもっと力を引き出して扱うことも出来る。
「確かに魔法使い級だが、魔術の制限を解除した俺に敵う道理は無いんだよ!」
一瞬で斬撃に乗って、エングは距離を詰める。
俺が導線を塞ぐように操作したインクらを切り捨て、物ともせず。
「死ね……『雨の打刀』、梅雨」
千斬、斬雨以上に細かく膨大な斬撃が一斉に出現し、梅雨時に降り続ける雨粒のように襲う。
俺は真っ向から迎え撃つ。
防ぐだけじゃダメだ、反撃しないと。
「黒水、『洪武』」
洪水のように水で形成された武器たちが斬撃の梅雨を迎え撃つ。
インクと斬撃が激しくぶつかり、時に流し、時に斬る。
その攻勢を操作し、意識しながら両者は近接戦闘に移る。
「殺す!」
「殺してみろ!」
インクで造った剣と斬撃の刀がぶつかる。
縦、横、斜め、下から、上から、突き、薙ぐ。
エングの方が剣術の腕は上だが、絶えず変化する水の剣に苦戦し攻めきれず。
濡羽の方も剣術の腕で劣り、攻勢に出れずにいる。
「黒水、『水崩』」
「『雨の打刀』、時雨」
同時に両者は魔術も行使する。
インクの雪崩と回転する台風のような細かい斬撃が衝突する。
「『虚の短刀』」
斬撃が刻まれる瞬間に、俺は回避する。
「それはもう知ってる」
斬撃を飛ばすことなく直接刻む技、その正体は対象の体に直接斬撃を生成するという猫騙しだ。
遠隔発動の魔術は魔力を多く消費することから戦闘において好まれないが、魔法化薬で世界と繋がることで得た膨大な魔力があれば可能だ。
対処法は座標を指定される前に移動し、それを続けていれば良い。
遠隔発動の魔術には正確な座標情報が必要だがら、一瞬で読み取ることは出来ない。
「なら、これはどうかな。『異の太刀』……背掻」
斬撃で形成された太刀を何もない所にエングが振るった。
何も起きないと思った瞬間、背中を大きく斬り裂かれる。
「くっ…空間移動か」
これも遠隔発動の魔術と同じデメリットが無くなったからこそ使える魔術だ。
空間移動の魔術は遠隔発動の魔術とは違い、目視での座標指定が可能なためさっきのようには上手くいかない。
「『異の太刀』……背陣」
俺を囲むように空間移動の出口が出現し、そこから斬撃が飛ぶ。
「チッ、黒水……水壁」
インクの壁が四方に出来、斬撃を防ぐ。
場所と出方が分からないから、どうしても後手に回ってしまう。
これでは魔力量的に勝つのは無理になる。
なら、どうするかなんて考えなくても分かる。
「黒水……」
斬撃の群れと争わせていたインクの濁流を手元に戻す。
今、制限している増殖率を上げて減少率を下げる。
一気にインクが増え出す。
「何をする気だ? 邪魔した方が良さそうだ、『風の薙刀』」
斬撃に乗りながらエングは超高速の斬撃を俺に放つ。
しかし、もう遅い。
増えているインクを限界まで圧縮し、限界点で破裂させる。
自爆技……
「『水爆』」
轟音、衝撃が広場の周囲の建物を薙ぎ払い。
俺とエングの姿をインクが薙ぎ倒し、押し流す。




