第21話:血戦 上
俺とエングは噴水を中心に睨みながら噴水の周囲を歩く。
先に動く、後に動くかがこの後の勝負展開を大きく決める。
俺はダラリと垂らしている手を握り締める。
エングは腰に差した刀の柄の上に手を置く。
「俺の異名、知ってるか?」
刀の柄を握る。
俺は集中し、歩きながら身構える。
「知らないな」
「切り刻んで人を殺すから刻み屋だ」
言葉の終わりと同時に半円状の斬撃が噴水を避けブーメランのように飛んで来る。
俺は難なく回避する。
後ろの地面と建物の壁に大きな傷跡が刻まれる。
斬撃を生成し操る固有魔術。
単純明快ゆえに応用が効く、俺のとは正反対だな。
「俺の斬撃を避けるか」
「その程度か、刻み屋」
噴水の水を液体魔術で集め、自分の側に水の大きな球体を形成する。
「もっと良いもん見せてやるよ」
エングは右掌を何処かに向け、広げる。
掌の中で無数の斬撃が生成され、渦巻きながら斬撃と残像で小さな球体を作り出す。
地面を蹴り、俺いや噴水に右掌を向け、斬撃の球体を放った。
「『斬球』」
俺は本能的に噴水から距離を取る。
噴水に球が当たった瞬間、球体を構成していた斬撃が弾け、周囲一体を巻き込むように抉り、クレーターが形成される。
エングは足元に生み出した斬撃に乗り、宙に浮く。
「これでお前の魔術はまともに機能しないな。さぁー、その残り少ない水で俺を楽しませろ。黒曜濡羽——『千斬』」
小さな斬撃が小魚の群れのように出現し、俺を狙って放たれる。
俺は避けるために走る。
さっきまで居た場所に斬撃が襲い続けるというギリギリの避けを連発しながら建物の外壁を駆け上る。
水球は常に俺の横で追従させる。
「逃げてばかりじゃ、俺を殺せないぜ」
「これからだよ! 『水剣』」
水球の一部から剣を形作り握りしめ、外壁を蹴ってエングに迫り、剣を振るう。
「それじゃ、ダメだな。『斬鎧』」
斬撃で構成された鎧が剣戟を阻み、押し返す。
押し返す衝撃で俺は体勢を崩し、落ちていく。
でも、まだだ。
「これで終わりだとでも。封じろ、『水牢』」
エングを残りの水球が包み込む。
「味わえ、『水拷』」
水球の外円から内部に向けて水の槍が伸ばされ、エングを刺し貫かんとする。
俺は地面に着地し、結果を見る。
水槍と斬鎧が衝突し合うが、水の中という不利な状況ゆえにエングの動きも徐々に鈍っていく。
殺せると思った瞬間、エングは自らの胸から腹を持っていた刀で切り裂いた。
自傷で生まれた傷口から血と同時に黒い刃が放たれ、竜のように暴れ水球を無理やり破壊する。
「何だ?」
驚きの声を上げながら冷静にエングを見る。
「アッハハッハハ、良いね。こいつを使うのは久しぶりだぜ」
姿を現したエングは上裸になっており自分で付けた傷口は斬撃がホチキスの針となって塞いでおり、周囲には黒い刃が渦巻いていた。
「気に入った、濡羽。お前、俺の仲間になれば殺さないでやる」
「は!?」
今、俺を勧誘しているのか。
どいつもこいつも俺の何が良いのか。
「お前も分かっているだろ。このまま行けば、魔術師は魔導師のように魔法使いによって排され無くなる。その後の世界にあるのは完璧で美麗な魔法だけの美しい世界だ。そんな世界はクソ食らえで、憎いよな! 汚物に塗れた魔術師を捨て、そんな綺麗な世界に生きるなんて認められるかーー!!」
黒い刃が周囲の建物を乱雑に切り裂く。
「魔法は秀で過ぎているんだ。世界を改変し得る力ってのは人が扱うには大き過ぎるし、そんな物を持つ人間はクズでクソ野郎ばかりだ。お前も異端裁判で見ただろ、魔法使いに狂わされた魔術師たちと恨みを持った者たちを」
言いながらエングは自身に刻まれた古傷を指でなぞる。
その時、シュッツ捜査官に聞いていたエングの情報を思い出した。
「エング、お前がどうしてそうなったかは知ってる。家族に売り飛ばされ、買った魔法使い一族の人間に魔法の実験動物、的として扱われていた。そしてお前はその者たちを一家全員殺したことも……ッ!——」
知覚できない速度で飛ばされた斬撃が左腕から肩を切り裂いた。
俺は傷口を抑えるが鋭利な斬撃なのか血が止まる事なく流れる。
「知った口聞いてんじゃねぇよ。俺の過去が何だ? 売り飛ばされたから? クソ魔法使いに的として扱われたから? クソ共を殺したから? 俺が今していることはそんな事には関係ねぇ、殺される前に殺すっていう自然の摂理を全うしているだけだ」
エングは残忍な笑みを浮かべながら続ける。
「いつか魔法使いは世界の終わりを起こし得る。育ち過ぎた芽は咲く前に摘んでおかないと他の芽を殺すからな。貴様らは俺の革命の邪魔になる」
「革命の邪魔? だからって若い魔術師たちを殺す理由になるか」
こいつは魔術師の事を思いながらも魔術師たちから魔力を奪った。
魔力を無理やり奪われた魔術師の命はカプセルで延命されても短い、最初期に攫われた魔術師たちはもう生きてないだろう。
革命はいい事だと思うが、犠牲が生じるならそれは革命だと俺は思わない。
「あの死んだ魔術師たちも本望だろう。魔法使いを絶滅させ、魔術師の世界を作るという光栄な行いに協力できるんだから……チッ」
赤い閃光が走り、エングの右耳が撃ち抜かれる。
水は無いが、先ほどから流れている血という液体はある。
「てめー、狂っているのか?」
「それはお前だ、魔術師を犠牲に築かれた魔術師の為の世界で生きたいと俺は思わない。お前が行おうとしている事はお前を買った魔法使いと大差ない非道な事だ。黒曜の名の下にお前を殺す! エング・サー・ベル・血染!!」
「そうかよ、なら殺してみろ。革命を、俺を止めてみろ。黒曜濡羽ァ!!」
二人は怒りを口に出しながらも冷静に魔力を練る。




