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黒泥の魔術師  作者: 11時11分
生徒行方不明事件 〜魔法に恋し、親友を愛す〜
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第17話:交渉

「ミア、俺一人でシュッツ捜査官たちを助けに行く」


「ダメよ、アンタが行くなら私も……」


「いや、ミアにはこの先にあると思われる裏口から教会を出て、学院に助けを求めに行ってくれ」


「でも……


「大丈夫だ、逃げられる時間くらいは稼ぐ」


 私はそういう事を言っているんじゃないと思いながら、濡羽に従った。

 濡羽の隣で戦う選択肢もあったが、これが確実な手段だと私自身も理解していたから。

 裏口から教会内部の人間にバレないように外に出て、足音を立てないように忍足で教会から離れ、学院街に来ると私は全力で走った。

 一分一秒でも速く学院に着いて助けを呼ぶことが濡羽の助けに繋がる。


「はぁはぁ……」


 息も絶え絶えになりながら足を動かす。

 その時、背後で物音がした。

 追手が来たのかと振り向くと、そこには地面に倒れる濡羽の姿があった。

 疑問よりも先に私は動いていた。

 何の躊躇も思考もせず、私は駆ける。


「く、来るな」


 濡羽の微かな声が耳に届いた時にはもう遅かった。


「お嬢さん、こんな夜更けに何しているのかな?」


 背後から首に刃を向けられ、身動きを封じられる。


「綺麗な桃色の髪だな。もしかして、ファタール家の人間か?」


 男は私の髪を触る。

 好きな男性ではないからかその手触りと肩に感じる息、耳に届く声に嫌悪感を抱く。


「黙れ。ゲスが」


 私は濡羽の傷を遠目で確認する。

 濡羽から流れた血が海を作っており、時間を掛けるほど死に近づいていると理解できた。

 反抗しようと魔術を行使しようとしているが先ほどから魔術を行使できない。


「無駄だよ、魔力散らしの術式が込められた拘束具をもう付けてあるからな」


 何て早業よ。

 どうすれば……


「ゲス呼ばわりか、知ってるよ……君の一族は昔に滅びた淫魔の血が流れているから男性なら女性を虜にするようなイケメンとなり、女性なら男性を骨抜きにする君のような美女となる。その容貌で魔術師、魔法使いどちらにも媚びた卑しく穢れた一族」


「……」


 それが真実だから反論することは出来なかった。


「この男は君を助けようとしたみたいだけど、この事を知っているのかな?」


「知っているわよ。濡羽はね、アンタみたいに他人が作った主観に左右されず自分の目を信じるのよ」


 私は剣を持つ男の手に唾を吐き捨てる。


「このアマ!」


 男は思いっきり剣の柄で私の頭を殴る。

 意識が薄れる中で、私は濡羽を見る。

 黒曜濡羽、私の事を始めてちゃんと見てくれた人。

 アンタだけは絶対に殺させない。

 そこで私の意識は途切れた。

 

 ***


「彼女を離すんだ」


 そこには血だらけで地面に倒れる濡羽とエングに拘束されたミアの姿があった。

 

「シュッツ捜査官、お早いね」


 エングはオジサンの姿を見て不敵な笑みを浮かべる。

 多少を無理をして奴らを片付けたから傷を負ってしまった。これではエングを倒すのは骨が折れるな。


「もう一度言うぞ、エング。彼女を離すんだ」


 ミアは気絶しているのか。

 気絶している者を人質にするのは大変だし、逃走の邪魔になるから彼としてもミアを拘束する意味はない。


「いや、彼女は最後の生贄になって貰う」


 生贄。

 やはり、こいつらには別の目的があるのか。


「それよりもクリス捜査官を教会に一人残して大丈夫だったのか? まだ俺の仲間が居るかもしれないのに」


「これは彼女の判断だ。俺がとやかく言う事じゃない」


「若手の言うことに従うのか」


 これはオジサンを揺さぶっている? 

 何の為に……


「オジサンは自分の判断を信じない。仲間の、相棒の判断を信じる」


 あの時のような失敗はもうしない。


「なるほど、まだ過去の事件を引きずっているのか。相棒殺しのシュッツ捜査官」


 落ち着け!

 エングの策略にまんまと乗るな。


「俺の要望を言おう。彼女はこのまま攫っていく、俺が良いと言うまでそこから動かないこと」


「そんな要望を飲めるとでも……」


「良いのか? お前が動いたら、この女の首を切る」


 クソ。

 一人じゃ、人質を拘束する犯人の対処は無理だ。

 何かアクシデントでもない限り。


「分かった。その要望を飲もう」


 エングは笑みを浮かべながら背後に一歩ずつ下がる。

 オジサンはそれを見守る。

 伏線魔術で起こせる兆候は視界内限定だが、視界内に収めていれば離れていても起こせる。

 エングの少し後ろにはビンが転がっており、あの付近までいけば躓かせることは容易。

 さぁ、下がれ。

 しかし、エングはビンの一歩前で立ち止まった。


「シュッツ捜査官……もう一つ要望だ」


 エングはオジサンの足元に手枷を投げた。


「それを付けてくれ」


 手に取らなくても分かる。

 この手枷には魔力散らしの術式が刻まれている。

 オジサンの考えが読まれている。


「早くしないと、濡羽が死にますよ」


 オジサンはそこで気付く。

 こいつ、最初からその気で……

 ミアを人質に脅せば俺が逃走の機会を与えても邪魔する事を分かっており、そこで瀕死の濡羽を出すことで逃走を確実にした。

 エングは俺がこの手枷を付けない限り、絶対に動かないがエングが居ては濡羽の傷の手当てをすることなど不可能で時間を稼ぐことなどもっと無理だ。

 オジサンは手枷を付け、自ら魔術を封じる。

 これで良い。

 二人失うより一人を失う選択肢の方が合理的だ。

 エングはビンを足でどかし、離れていく。

 その時、濡羽は傷口を抑えながらエングにいや、ミアに手を伸ばす。


「ミア、絶対に助ける……から」


 オジサンはその行動に良心を痛めながらエングの逃走を許した。

 朝日がオジサンの寂れた顔に当たる。

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