第16話:凶刃
俺は眼前の光景を見る。
何かカッコつけたセリフ言おうと思ったのに本音が出てしまった。
でも、危ない状況だったな。
時間は少し戻る。
「ここで何をしているのかね?」
俺とミアはすぐに拳を背後に振るう。
その男は後ろに飛んで回避する。
「危ないね……」
男は格好から異端審問官だと分かる。
異端審問官は懐から短剣を取り出し構える。
「君ら、学院の生徒か。何でここに、まぁ殺せばどうでも良いか」
異端審問官は駆け、俺に向かって短剣を突き刺そうとする。
普通の魔術師なら反応出来ない速度と距離だが、俺は黒曜家の人間だ。
「は?」
短剣を避け、男の腕を掴み、崩す。
「寝てろ、黒斑」
拳を顔面に叩きつけ、気絶させる。
「ミア、急いでここから出るぞ。奥に出口があるかも」
その時、さっきまで居た教会の方から大きな物音が聞こえた。
「シュッツ捜査官たちが戦っているみたい。加勢しに行く?」
「いや、彼らなら大抵の敵に負けることはないだろうから行っても無駄さ」
「そう」
ミアが机の引き出しを閉めると一枚の紙が机の隙間から地面に落ちた。
俺はその紙を手に取る。
その紙は、誰かに当てた手紙のようだった。
内容は——
剣獣を学院街に入れることに成功しました。
計画は順調に進行中で、例の物は完成しました。
後は所用を片付けて発動するだけです。
「ミア、俺の作戦に従ってくれるか?」
「え」
そして教会に戻り、クリス捜査官が殺されそうなタイミングだった為、盾として持ってきておいた気絶した男を投げて防いだ。
「黒曜濡羽。ああ、あの有力の無能術師ですか」
ニコラウと思われる男性が俺を見る。
「お前、東洋人だったんだな」
「ニコラウも偽名ですよ、本当の名前は血染・サー・ベル・エングと言います、こっちの文法ならエング・サー・ベル・血染ですね」
「そうだな」
どうでも良い。
簡単な会話をしながら状況を見、判断する。
敵の数はエングを含めて五人、全員剣獣の者と見て良いな。
特に危険なのはエングだな、五人の中で一番強い。
「丁度いい機会ですね、我々の剣術が黒曜の戦闘魔術師に通用するか試す……殺せ」
俺に一番近い、一人の男がサーベルを構えながら俺に迫る。
「こっちも良い機会だ」
男はサーベルを振るう。
確かに綺麗な太刀筋だし速度も中々の物だが、俺を殺せるほどじゃない。
斬撃が俺を切り裂こうとした瞬間、俺は拳を構え、魔力を発する。
「黒衣」
キーンという高い金属音と共にサーベルが弾かれ、男の体勢が崩れる。
それでも男はもう片方の手で腰の短剣を引き抜き、俺に突き刺そうとする。
しかし、俺はその短剣の刃を握り止める。
「引かせねぇよ。黒錆」
短剣の刃が急速に錆びて壊れる。
その光景に男があっけに取られている隙に俺は動く。
「黒羽」
柔らかく空を舞う羽のような蹴撃が重く男の腹に刺さり、吹っ飛ぶ。
「この程度か、遠慮なく技を使える良い機会なのにこうも弱くてはやりがいもなくなる」
エングは笑みを深めながら答える。
「黒曜秘伝! 初めて見たが、それが黒曜家が編み出した魔力活用格闘術! 今のが魔力を瞬間的に発動する事であらゆる攻撃を弾く黒衣、非生物限定で魔力を当て朽ちさせる黒錆、そして縦横無尽に放てる蹴り黒羽ですか」
「詳しいな」
「まぁ、私……ニコラウの時の一人称と喋り方が抜けないな、俺はこれでも強い人が好きなんだ。黒曜彼我見、貴様の叔父は私が見てきた魔術師の中で一番強い。いつか、彼を斬りたくてねぇ、彼の扱う技は調べているんだよ」
エングは快楽を想像し、頬を染める。
うわー、ヤバイ奴だな。
ニコラウを演じてる時よりもヤバいな。
「それで、遠慮なく技を打てる相手も求めているんだったな。俺が相手しよう」
エングは地面に転がっていたアーミングソードを拾い構える。
俺も身構えるが、周囲を警戒する。
「ああ、警戒しなくて良いぞ。シュッツとクリスを殺せ、こいつは俺が殺す」
エングの命令に三人はシュッツとクリスの方に剣を向けた。
「さて、勝負と行こうかっ!」
一歩だ。
一歩で、エングは結構な距離を進み俺の懐に入ってきた。
そして踏み止まり、剣を首目掛けて振るってきた。
「くっ」
俺は首を逸らしながら蹴りを放つ。
「良いな、叔父と同じでお前も楽しめそうだ」
エングは俺の蹴りを難なく避け、俺の蹴った足に向かって剣を振り下ろした。
俺は足を引きながら跳び、拳を構える。
落下と同時に拳を叩き下ろすが、それよりも速くエングは横に避ける。
そして着地の瞬間を狙って剣を振るう。
「これは無理だろ」
刃が俺の服に当たり切り裂かれたタイミングで、俺の両足が地面に着く。
「黒羽!」
地面を蹴るように発動した黒羽で距離を取る。
「時間稼ぎしてるな」
バレたか。
でも、もう遅い。
俺がこっちに来てクリス捜査官を助ける頃にはミアは奥の部屋から行ける裏口から教会を出ている。
その足でミアは、学院に向かっている。
「楽しかったが、流石に学院にこの事態がバレるのは避けたい」
そう言い残すと同時に、エングの姿が消えた。
「クソ」
俺は無我夢中で学院に向かって走った。
懸念点だった。
敵の中に高速移動を可能にする魔術師が居て、そいつにバレたら終わりな事が。
それがエングなんて……いや、今は失敗の事を考えるなミアを助ける事だけ考えろ。
全力で走り続ける。
体の痛みなど気にせず、無我夢中で走る。
ミアの姿が見えた。
良かった、俺がエングより先に見つけた。
いや、おかしい。
あいつは俺よりも速く移動できるのに……
罠。
「くっ——」
背中から貫通し、自身の腹から覗く剣の切先を見る。
そして内臓を切り裂くように引かれ、血の飛沫が地面を汚す。
傷口から地面に血が垂れ、流れる。
俺は地面に膝を付き、頭を垂れるように前に倒れる。




