第111話:縫合
理差は拳を構える。
眼前の久刹を眺め、四肢の動き、特に手首を見る。
彼の連撃は、手首の柔らかさから来る物だ。
だから、どのように剣を持ち振るっていたとしても直ぐに次の型へと繋げられる。
型の流動を止める事は今の私には出来ないが、手首の動きからどんな型、どんな斬撃が来るかはある程度、予見できる。
「さて、戦うのだから。君も名乗ったらどうだ? 僕は自分の殺した人間の名前を覚えていたいんだ」
「私はあなたに殺されるつもりは毛頭ないけど初対面の人物に名乗らないのは、私の礼儀に反するから名乗るとしましょう。私は魔件局戦闘課所属、捜査官、時差理差だ」
久刹は肩から刀を下ろす。
「時差理差殿……その名、その容貌と共に覚えておこう」
刀を正眼に構える。
「『クロック・シフト』」…っ」
二人は同時に動いた。
流動的に流れる速度に従い理差は拳を振るい。
同じく流動的に久刹は手首を動かし、刀を振るう。
拳は避けられ、刀は流される。
ギリギリの攻防に身を置いている状況でも理差は思考を続ける。
久刹の魔法は、糸に関する物であると同時に時間に関する物だろう。
糸は対象を操ることに置いては代表的な物だが、遺体に宿った魔法の再現とも言えるアレを行う事は出来ない。
再現に置いて代表的な物は、概念の中で最も有名な時間だ。
概念としての時間。過去、現在、未来に干渉する魔法。
あり得る話だ。
「避けてくれるなよ」
久刹の振るった刃を回避し、カウンターとして拳を突き出すが空を殴る。
「さて、体も温まってきたし魔法をお見せしよう」
理差の右頬に突然、切り傷が生じる。
「っ……」
「次は本気でやるぞ」
気づけなかった。
さっきの顔を回復したのと同じ理論と魔法。
まるで最初からそこにあったかのように刻まれる。
しまった。
思考に集中し過ぎて、理差は動きを誤る。
久刹はその隙に、理差の右腕を掴み、自分に寄せる。
「考え過ぎだな……」
久刹が手を離したのに体が何かに固定されているかのように動かせない。
「終わりだ……『九連縫』」
鞘に久刹が刀をしまい、高い音が響く。
瞬間、同時に理差の体、9箇所に赤い花が咲き、鮮血を撒き散らす。
「ぐっ…あ……」
理差は見る。
魔力糸が久刹の周囲を漂い、その先端が刃先に向かっているのを。
「君を殺すには一針で十分」
理差はそこで理解する。
なるほど、分かった。
久刹の魔法が……
大丈夫、問題ない。
理差は何とか止まり、拳を構え、また振るう。
***
ルフィナは蘇ったというか傀儡になったエリザを見る。
「不細工になったわね」
理差に殴られた事に重ね、立ち姿や身体中から糸が天に向かって伸びているのは不気味で生気も全く感じなかった。
「あ、あ……敵……完璧に完全にこ、殺す」
「あたし、意思のない敵との戦闘は嫌なんだけど、時間もないから直ぐに殺すね」
ルフィナは右手だけではなく左手も構える。
銃例魔術、右手は散弾銃。左手はサブマシンガン。
エリザが動く。
整然と寸分違わぬ歩幅で前に出る。
首は大きく傾いており、瞳に光はない。
「『微瑕』」
魔法が行使される。
銃の照準、呼吸のリズムにズレが浮かび上がる。
「『逸脱疼痛』」
ルフィナの全身に違和感と痛みが奔る。
なるほどね。
細節魔法の効果は、物事の「細部・誤差・隙間・矛盾点」を極端に拡大・強調する魔法。
微瑕で欠点を顕在化させ、逸脱疼痛で骨格や呼吸のズレを強制的に拡大する。
デバフ技としては厄介極まりないが……
「デバフはデバフでしょ、攻撃しなきゃ意味ないわよ」
ルフィナの言葉に反応したのかエリザは体を不気味に動かしながら口を動かす。
「こ、攻撃……す、するわ。『微傷累積』」
「ッ——」
ルフィナは急に走った小さな痛みに掌を見る。
掌には擦り傷が生まれており、擦り傷かとルフィナが油断した瞬間、擦り傷の上から何度も擦り傷が生まれ刻まれ、掌が裂ける。
血が掌に広がると同時に、左膝からも出血を確認する。
「擦り傷程度の攻撃を同時多発的に与える攻撃ね」
これは厄介ね。
魔力持ちの多くは傷を負った瞬間から回復する。でも、それは意識しないと出来ず、大きな傷なら戦闘中でも気付けるだろうが擦り傷程度は気付けない。
そのような擦り傷、一本の針が刺さった程度じゃ何にもならないが、100本の針が同時に刺さったら立っていられなくなる。
「死、死になさい! 捜査官」
エリザが魔法を行使するよりも早く、ルフィナは右手に例えた散弾銃を放つ。
細かな散弾がエリザに向かって放たれる。
「散れ!」
細節魔法が行使され弾丸は外れるか、失速するか、壊れた。
「やっぱり、無理か」
繊細な物ほど細節魔法の格好の標的で、銃撃はその代表例だ。
回転軸のズレ、空気抵抗、発砲時の微振動、魔力弾そのものなど細部や誤差が多すぎる。
それでも、あたしは……
「何発でも撃ってやるよ」
銃をぶっ放すしか脳のない女。
だから、ただそれだけを熟して生きていた。
ルフィナ・ガンバレッド。
魔術師の中でも貧困層に位置する生まれで、生まれた時から生死を彷徨い、スラムで何とか生きてきた。
そんな彼女が生きてこられた理由は、その性格だった。
どんな苦しい状況であっても、彼女は諦めずただ愚直にど正面から挑んできた。
やりたい事があったら、それをやり。やりたくなかったら、やらない。
その果てに何でも屋を、捜査官になったのだ。
まさに、銃から飛び出した銃弾のような生き方。
彼女は自分に出来ることをただやるという合理性に基づき動く、だからこそ魔術師として強い。
右手を後ろに回し、指先を、銃口を背後に向ける。
「『リコイル・ジャンプ』」
あえて反動を強くした散弾銃の射撃で、ルフィナは前方、エリザの側に物凄い速さで迫る。
想定していなかったエリザは、慌てて動く。
「『微傷累積』」
筋繊維が一気に断裂し、ルフィナの顔に苦悶の顔が浮かぶ。
しかし、それでも左手を向ける。
「ねぇ……」
ルフィナは、エリザのその上を見据える。
エリザの全身から、上に向かって伸びる細い魔力糸。
久刹とエリザを繋ぐ操作線。
「傀儡が人間みたいに魔法を使うんじゃないわよ!」
左手=サブマシンガンが糸の走る空間に向かって無差別連射する。
エリザも細節魔法を行使するが、全てに施す事が出来ず、糸の一部が破断し、エリザは一時的に魔法を失う。
その隙に右手を前に戻し、エリザに向ける。
魔力を極限まで圧縮させ、反動で腕が軋む。
それでもルフィナは笑みを溢し、痛みを楽しみながら呟く。
「穿たれる準備は出来たよね?」
右手の銃口を、エリザの心臓部に押し当てる。
そして——
「悪いけど……」
発砲。
エリザの遺体は、正しく糸が解けた人形のように崩れ落ちる。
ルフィナは煙を払いながら言う。
「過去は過去、今から未来へと進む弾丸に撃ち抜けない道理はないわ」
ルフィナは久刹と戦う理差を見る。
「『時縫』……『時刃縫』」
その言葉と共に振るわれた久刹の刃が理差の胸を大きく切り裂き終えた瞬間。
次に、理差の右手が急に斬り飛ぶ。
「はぁ……さて」
地面に倒れる理差にも目も暮れず、久刹はルフィナへと顔を向ける。
「煙草と硝煙臭い君は、僕をどれだけ楽しませてくれますか?」
「黙れ」
ルフィナは見た。
右手が急に飛んだ瞬間、左手で久刹の魔法を伝えた理差の姿を。
倒れ伏す理差はピクリとも動かない中、ルフィナ静かにそして冷徹に。
「殺す」
捜査官には似合わない殺意を持って、銃を構える。




