史弥
決戦前夜、西宿場町の酒場にて。
尊人に甘さを捨てさせるために、少しばかり強めの説教をしてやった。
「尊人の場合は、自己評価が低すぎるんだよ」
尊人が「目立つ事が嫌い」ってのは知っている。だが、コイツの場合、人前に出る出ない以前に、自分の限界をかなり低いところで見積もっており、本来の力を発揮するのに時間がかかりすぎる。それを「奥ゆかしさ」という美徳扱いする奴もいるが、俺からすれば最大の短所だ。そんなんじゃ、惚れた女は守れねー。
「ゴメン、ちょっと夜風に当たってくる」
「ちっと、自問自答してこい」
尊人が席から立って、店を出て行く。ヤツは悩むだろうが、その程度では折れないことを、俺は知っている。
「なんで、尊人くんにキツいことばっかり言うかな~?」
同席をしていた早璃が、尊人を追うために席を立った。
「待てよ、中坊(早璃)。
尊人に惚れてるってなら、ラスボスは半端なく強敵だぞ」
俺は尊人が惚れているヤツを知っている。尊人の幼馴染みで学校のアイドル的な存在。織田櫻花と争って、尊人を振り向かせるのは、ガキすぎる早璃では難儀だろう。
「言われなくても解ってるよ。
・・・でも、振り向いてくれる人だけしか好きにならないわけじゃないでしょ」
早璃は尊人を追って店の外に出ていった。
「・・・チィ」
あえて「尊人に惚れている」と言う言葉を使ったが、早璃は否定をしなかった。俺は尊人に決定的な敗北をしちまったらしい。
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親父と早璃の父親の仲が良かったので、早璃とはガキの頃から面識があった。
チビのクセして負けん気が強くて突っ掛かってくる。頭ごなしに物事を決められると反発をする。早璃はそんなヤツだった。
「さっちゃんは小っちゃいんだから、史弥が守らなきゃなんだぞ」
「史弥くんみたいな強い子が守ってくれると安心できるんだけどな」
ガキの頃は、親父と早璃の父親から頻繁にそう言われた。冗談半分だったのかもしれないが、ガキだった俺は、ガキなりに真剣に受け止めていた。
「ふーみん、また喧嘩したの?
いい加減にしなよ!暴力キライ!」
元々体格が良かった俺は「さっちゃんを守る」の過程で腕っ節が強くなった。しかし、早璃は喧嘩っ早くてトラブルメーカーのくせに俺に守られることを拒んだ。
「2人とも、何がそんなにイヤなの?仲良くしなよ」
小学校で俺に何度も歯向かってきたのは浩二(近藤)くらいだろう。互いに何が気に入らなかったのかすら曖昧なまま頻繁に衝突をした。
だが、早璃が臆することなく割って入って、チビッコが精一杯手を伸ばして仲裁する姿を見て、急に可笑しくなって笑った。浩二も拍子抜けをして笑っていた。
それ以降、俺と浩二は喧嘩を止めて頻繁に連むようになり、浩二は度胸のある早璃に一目を置くようになる。
中学になり、ガラの悪い先輩や、腕自慢の他の小学校から同校になった奴等から眼を付けられたが、俺と浩二が組めば無双状態だった。
一方の早璃は中二の冬頃から、ガキみたいな無邪気な笑顔を見せることが少なくなった。バスケ部で期待通りの活躍ができないらしい。
「苦しいなら辞めちまえよ」
「イヤだ!中途半端に投げ出したら、何にもできないヤツになっちゃうじゃん!」
「なんもできなくても良い。オマエのことは守ってやる。俺と付き合え」
「はぁ?なにそれ?すげームカ付くんだけど」
「なに?」
「あたし、男の子と付き合うとか興味無いし、ふーみんは無い」
ガキの頃に言われた通り、早璃は俺が守る。その自信は有る。小学校時代から、それなりにモテている自信も有る。
「そんなことよりも、また部活サボってるんでしょ?
真面目にやんなよ!」
それなりに覚悟を持って早璃に交際を申し込んだ。だが、アッサリと断れ、しかも「そんなこと」で済まされた。ガキすぎて交際に興味が無いのは受け入れるとしても「俺は無い」は不満だ。
「どういう意味だよ!?」
「言葉のまんま!」
「何が足りねーのかって聞いてんだよ!」
「全部!ふーみんって自分が1番だと思ってるじゃん!」
「自分に自信を持ってない情けねーヤツが趣味なのかよ!?」
「ちゃんと、あたしのことを見ている人が良いの!」
俺は早璃を見ているつもりだった。
「誰だよ?」
「縫愛みたいな人!」
「沼田は女だろーが!」
当時はまだ中二。
俺は「自分は自由」「未来は無限」「どんな職種でもトップになれる」と考えていた。実際に、俺に歯向かえる者は無く、皆が一目を置いてた。
だが早璃は、見た目はガキのクセして、好きなバスケで劣等感にぶつかったことで、誰よりも早く現実を見るようになり、「逃げた先で1番になる」ではなく「真っ向勝負の中で1番になれない自分ができること」を模索していた。
喧嘩だの、大人への背伸びだの・・・真っ向勝負から逃げた場所で見せ付けていた俺とは別の価値観の中で藻掻いていた。「あたしのことを見ている人」とは、おそらく、同じ価値観と目線で一緒に藻掻けるヤツのことなんだろう。
俺は、今更、自分の路線を変える気は無い。早璃以外の女と交際しながら、早璃が思春期を経て、俺の価値に気付く時を待つことにした。
高校に入ると、同じクラスに成った武藤睦姫と直ぐに意気投合をした。近藤浩二との腐れ縁も続いている。だが、早璃は高校になってから始めた陸上競技に専念をして、俺の知名度が上がるのと反比例をするように離れていった。遠藤英司、加藤奏太、安藤愛美が寄って来て「藤原グループ」などと呼ばれるようになった頃には、早璃から話し掛けてくることは無くなった。
「おいおい、なんだありゃ?」
高二の秋。
早璃は、元々、男女分け隔てなく接するタイプだが、最近はクラス内で全く目立たない1人の陰キャに集中的にアプローチをしている。
スポーツ万能やリーダー格の陽キャなら理解できるが、真面目なだけで何もできない源尊人という男。1年の時に見限った徳川智人と頻繁に連んでいる。
「あれが、沼田の男バージョンか?」
徳川と同レベルのヤツにしか見えなかった。疑問と不満しか無かったので、早璃を呼び止めて確認した。
「まだよく解んないけど、ふーみんよりは頼れるヤツだよ」
「はぁ?あんな弱そうなヤツのどこが?」
「見た目じゃなくて中身。源のこと虐めたら、あたしが許さないから!」
理解不能だ。自分が守られるのではなく、守る対象を求めてる?早璃みてーなガキが母性本能を発揮するタイプとは思えない。
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だが、この世界に来て、尊人と接して解った。ヤツは腹の真ん中に、一本の筋を持っている。負けることから逃げず、自己研磨を苦痛とは思っていない。陰キャなのは「目立つこと」を必要としていないから。威嚇を行使しないのは、他人を傷付けることを嫌い、力による解決に価値を感じていないから。
徳川智人と連んでいたが、承認欲求が強いのにスペックが足りない徳川とは全く別の人間性。遠藤や加藤よりも・・・いや、俺よりも地に足を付けている。
最大の弱点は、周りに合わせることを優先しすぎて、スロースターターすぎるところ。その所為で周りから遅れて見えるが、実際には、大半のヤツが尊人から周回遅れにされている。
早い段階で現実路線に舵を切った早璃は、同じ路線で藻掻いている尊人の傍に居心地の良さを感じている。お互いがお互いを見ており、時には早璃がリーダーシップを発揮して、早璃に足りない部分は尊人がイニシアチブを握っている。アイツ等は一緒に藻掻きながら前に進んでいる。
戦闘や喧嘩なら尊人に楽勝できる。だが、俺は負けた。悔しいが認めてやる。
だが代わりに、何が有っても早璃を守ってもらう。その為に、スロースターターすぎるアイツには、プレッシャーをかけ続けるつもりだ。
それでできないヤツなら早璃を譲る気は無い。「振り向いてくれる人だけしか好きにならないわけじゃない」なんだからな。
「オマエ等、ちょっと良いか?」
別卓で飯を食っていた仲間達の所に行く。
「浩二、愛美、沼田、土方、吉見、鷲尾・・・オマエ等に提案がある」
チートが俺等の要求の応じて、速やかに織田達を渡してくれれば良い。だが、チートが素直に応じるとは思えない。力に溺れたチートは、自分の考えを否定する者に対して、力を行使してくる。ヤツは、以前からそんなヤツだ。そして俺達は、すんなりと引き下がる気は無い。
ヤツが聞く耳を持つとしたら、その対象は尊人だけ。尊人の言葉すら届かなければ、争いになる可能性が高い。
「もし『敗北をして脱落する』と覚悟した時は、尊人に特殊能力を託せ」
考えたくはない。誰も失わないように細心を払って策を立てる。だが、チートの慢心と、他者を認めない性根を考えると、誰かが犠牲になる可能性は捨てきれない。
「縁起でもねーな」
「ん?藤原君、死亡フラグ立てたの?」
「バカ言うな。俺は死なねーよ」
以前、尊人に「何故、力石(先生)の剣を使い続けるのか?」と聞いた時、「無念を背負うため」と答えた。ヤツにその器かどうかは解らないが、その気持ちは持っている。力石と柴田の無念、それから早璃の希望は背負おうとしている。だから、倒れた仲間の無念は背負ってもらう。
早璃の隣を任せる価値が有るのか、早璃が認めた男の器を見届けてやる。
尊人と沼田はおっとりでお人好しな雰囲気が似ている。早璃が尊人と一緒だと自然体で振る舞えるのはそのため。
藤原は(・・・というか全員が)、「殺伐とした世界なので誰が犠牲になっても不思議ではない」と思いながら「自分は助かる」と思っている。多分、同じ状況になれば誰でも同じだろうし、高校生なんだから、尚更、そんな甘さは持っていると思う。
柴田と一緒にいた時は柴田のサポート(主体的に動く自信が無い)、智人と一緒にいると智人に流される(智人が遠征に出てようやく自由に動く)、藤原と一緒だと藤原依存(チーム内での藤原の存在感が大きすぎる)、基本的には積極性よりも他人を優先させており、早璃と2人で動いている時以外は自発性が低い。藤原が「自己評価が低すぎる」と言ったのはこの部分を含んでいる。見方によっては奥ゆかしさなんだけど、能動的に動くタイプの藤原は物足りなく感じている。
藤原は退場させたくなかったキャラ。だけど、藤原が生存したままでは、尊人が無意識に頼ってしまって精神的に成長できない。そんなわけで、当初から決めていた通り、尊人をワンランク強くしたところで役割を終えて退場してもらう。
※今回で『モーソー転移Ⅱ』は終了。明日からは『モーソー転移Ⅲ』のタイトルで投稿します。




