26-5・おーちゃん
ずっと櫻花ちゃんに片想いをしていた。「汚れ」程度で、初恋から目を背ける気は無い。幼い頃は、何度もおーちゃんに守ってもらった。だから、おーちゃんが辛いと思ってるなら、今度は僕がおーちゃんを守る。
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織田櫻花。出席番号5番。弓道部の副部長。可愛くてオシャレで、今は長髪なんだけど、どんな髪型も似合って、勉強もスポーツも得意。
幼稚園の頃のことは、あんまり覚えていない。特撮ヒーローの両隣に並んで写っている画像を見ても「こんなことあったけ?」と思ってしまう。
僕のお母さんと櫻花ちゃんのお母さんがママ友になったので、お互いの家を行き来したり一緒にイベントに参加する機会が多くて、僕と櫻花ちゃんはいつも2人1セットになっていたらしい。
明確に覚えているのは、小学校低学年の頃。喧嘩の内容は覚えていないけど、文句を言われた僕は櫻花ちゃんの腕を叩いた。そしたら、櫻花ちゃんに反撃されて、突き飛ばされて尻餅を付いた僕が泣いた。当時は、僕よりも2ヶ月早く生まれた櫻花ちゃんの方が大きかったので、力じゃ敵わなかった。でも、痛かったのもあるけど、怒った櫻花ちゃんが恐くて泣いたんだと思う。
お母さんは呆れ顔で笑っていたけど、櫻花ちゃんのお母さんが「ミコちゃんの方が小っちゃいんだから」って言って怒って、櫻花ちゃんは色々言い訳をしてたけど最後は泣いた。
僕は、櫻花ちゃんを怒ってくれた櫻花ちゃんのお母さんに「ありがとう」って思った。・・・それじゃダメなんだけど、当時の僕は気付けなかった。
「こらぁ!尊人をいじめるなぁっ!」
「うわぁっ!みことのママが怒ったぞぉ!にげろっ!」
「私は尊人のママじゃなぁいっっ!!」
内向的で小っちゃかった僕は、クラスの嫌な子達から頻繁にバカにされた。櫻花ちゃんは、時にはホウキを持って、時には腕を振り回して、僕をバカにする悪い子達を追い回す。クラスの嫌な子達が櫻花ちゃんを「僕のお母さん」扱いしながら逃げていく。
僕を泣かして、櫻花ちゃんのお母さんに怒られたあの日から、櫻花ちゃんは僕を守ってくれるようになった。生まれた日がたった2ヶ月しか違わないのに、櫻花ちゃんは、僕にとってお姉ちゃんみたいな存在になった。
僕は「嫌な子をやっつけるおーちゃんは凄い」と思っていた。でも違うんだ。嫌な子は、櫻花ちゃんに負けていたんじゃなくて、人気者の櫻花ちゃんには嫌われたくなかっただけ。僕をバカにすることで過剰反応をする櫻花ちゃんを見て楽しんでただけ。早い子達が思春期の一歩手前に入っていたことを、僕は理解していなかった。
「○○くんって、格好良いよね」
「うん、格好良いね」
小学校の高学年になった頃、櫻花ちゃんが、アイドルやヒーローじゃなくて、クラスの男子のことを「格好良い」と言った。足が速くてクラスでリーダー格の○○くんのことは、格好良いと思う。だけど、櫻花ちゃんが評価すると、ちょっとだけ嫌な気分になった。
○○くんのことを語る櫻花ちゃんがキラキラして見えた。どんなに頑張っても、僕は○○くんみたいにはなれない。櫻花ちゃんが○○くんのことばっかり話すのが嫌で、櫻花ちゃんが知らない人になったみたいな気がして、ちょっとずつ避けるようになった。
「○組の織田櫻花って源の幼馴染みなの?メッチャ可愛いよな?」
「おーちゃんが可愛い・・・の?」
中学になると、「△組の××くんがおーちゃんを好き」とか「◇◇くんがコクった」って噂を聞くようになった。
「尊人っ!今から帰るの!?待っててよ!」
櫻花ちゃんは、以前と変わらずに話しかけてくれる。そのたびに、周りの男子が「幼馴染みはズルい」と羨ましがる。すごく嫌だった。
この頃になると、櫻花ちゃんへの好意はハッキリと認識していた。だから、「ただの幼馴染みで弟分」って立場は苦しかった。
櫻花ちゃんは、男子からも女子からも人気があって、テニス部で部長をやっていた。僕は、同性の友達はいたけど、恥ずかしくて女子となんてロクに話せないし、バスケ部で下手な方から○番目。すごく差を付けられてしまった気がして、櫻花ちゃんに話し掛けられるのが辛くて、徐々に避けるようになった。
何の取り柄も無い男子を、校内アイドルの女子が一方的に好意を持ってくれる。そんな空想を期待したかったけど、一度も発生しなかった。そんなのは、ゲームやアニメか、モテない男子の脳内にしか存在しない。
スポーツやリーダーシップや積極性では、櫻花ちゃんには追い付けない。でもいつかは並びたくて、弟分じゃなくて男子として認めて欲しくて、「僕にでもできること」として僕なりに勉強は頑張った。バスケ部では底辺組だったけど「ダラダラとヤル気無いチームメイト」を格好悪いと思っていたので、下手なりに一生懸命やった。
「尊人も千幸高校に合格したんだねっ!これからもよろしく!」
同じ高校に入学できた時は嬉しかった。でも1年生の時は別のクラスだった。
櫻花ちゃん、中学ではテニス部で大活躍していたのに、あっさりとその期待を捨てて弓道部に入った。しかも初心者のクセして、シッカリと好成績を獲得してる。
中学の時以上の人気者で、入学して直ぐに3年生からコクられたって噂を聞いた。夏休む中のバスケ部の練習のあと、友達と商店街に行って、櫻花ちゃんが3年生の男子と一緒にいるのを見た。付き合っていたのか、たまたま一緒にいただけなのか解らない。確かめる度胸も無い。胸が苦しくなって、何でか解らないけど、櫻花ちゃんに見付からないように隠れた。
同じ高校に行けて少しは追い付けたと思っていたのに・・・追い付けないほど離されてしまったと感じた。櫻花ちゃんに気持ちを伝えたい。でも彼女からすれば、きっと僕は「ただの幼馴染みで弟分」のまま。告白をして、全部の関係が壊れて、遠くに行かれちゃうのが恐い。
僕の方から疎遠を演出するようになったのは、きっと「おーちゃんにそっぽを向かれて傷付く」を回避する為の自己防衛なんだろうな。
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僕が櫻花ちゃんを守る。いっぱいある借りを返す。僕が盾になって串刺しになっても、おーちゃんを守れるならそれで良い。
「おーちゃんっ!」
懸命に走りながら、おーちゃんに向かって手を伸ばす。あと5m。やっと、おーちゃんに手が届く・・・そう思った。
だけど・・・後から飛んで来た剣が僕の真上を通過して・・・おーちゃんのど真ん中を貫く。
早璃とは違って、櫻花を「人間味のある血の通ったキャラ」として描けなかったのは少し心残り。理由はおそらく、尊人の視点では櫻花は偶像に近い存在になってしまっているから。櫻花本人か土方の視点ならもう少し人間味を描けるだろうけど、土方はサブキャラだし、櫻花の視点では「智人憎し」の経緯を描かなければならないので、どちらも描く気は無い。
読む人次第では、26-4、及び、今話の回想に突入した時点で、櫻花の死亡フラグが全開になっていることに気付くんだろうな。




