23-5・止まらぬ事変
燃えているのはブラークさんが泊まっていた宿だった。普通にバケツに汲んだ消火活動をしている人と、魔法で消火活動をしている人がいる。野次馬に来て、この世界の消火手段を初めて知った。
「ブラークさんはまだ戻ってきていないはず・・・大丈夫だよね?」
「・・・でも」
「・・・うん」
だけど、ブラークさん以外ならどうなっても良いワケではない。焼け出された人達が心配。そして何よりも気になるのは、ブラークさんと同じ黒い騎士服の人達が、燃える建物の中に飛び込もうとしていること。
「公爵はいたか?」
「いないっ!」
「まだ、建物の中だ!」
彼等の会話は、おそらく「ノスの領主・ゴククア公爵が火の中に取り残されていること」を意味している。
ただの火災?それとも、ゴククア公爵を狙った放火?たまたまブラークさんがいない時に発生した?それとも、ブラークさんの不在を狙われた?
嫌な予感が拭えない。風が熱いんだけど、不安で全身が震える。
「あれ?源とローティーンか?オマエ等、帝都にいたんだ?」
声を掛けて寄ってきたのは安藤さんだった。綺麗なドレスを着ている。
「安藤こそ、なんでここに?」
突然の再会に驚いてしまった。安藤さんは西都市で智人やバクニーさんと一緒に住んでいたはず。
「セイからのお使いで来たんだけどな。なんか、それどころじゃない感じだな」
西都市は、近日中に責任者が帝都に呼び出されて、北都市への軍事侵攻について詰問されるだろう。ホーマン公爵が亡くなってるから、呼ばれるのは普通に考えれば次席の偉い人、場合によってはボウイン夫人や長女のシリーガルさんあたりかな?
「その『次席』・・・つまり、今のトップが智人なんだよ」
「はぁ?」
白騎士団のトップはゴククア公の暗殺に失敗して返り討ちに合った。そして、最高責任者を失って混乱状態のセイの軍隊を纏め上げて北都市への報復に成功したのが智人だった。
「アイツ、スゲーよな。リアルワールドではパッとしない陰キャだったのにさ」
その結果、西都市では、ただでさえ人気があった英雄チートの勇名が飛躍的に上がり、何もできなかった政治の次席や三席は蔑ろにされている。
「私はとりあえず、英雄チートの片腕扱いな。
智人の所為で、なんか私まで偉くなっちゃったよ」
安藤さんが帝都に来た理由は、呼び出される前に、事前の根回しと申し開きをするため。
「このまま、智人が西都市の公爵に納まるんじゃね?って勢いだ。
モーソーワールドでの出世ナンバー1は間違いなく智人だろうな」
「あ・・・ありえないでしょ」
智人はホーマン令嬢の恋人なんだから、そのままホーマン家に入って次期ホーマン公爵を名乗ることは可能だろう。でもそれは何十年の先の話。キチンと政治力をつけなきゃ、ただ単に用心棒、兼、ヒモではなかろうか?
「なんなの、この世界?」
シリーガルさんとバクニーさんは説明がもの凄くヘタ。西の宿場町の7令嬢は軽率で学習能力が低い。真田さんを年端もいかない少年扱いして相手にしなかったのに、立派な鎧を着た途端に仕事を受注する冒険者ギルドの受付。いくら強いとは言っても新参者の智人に掌握される軍隊。この世界の住人はバカばかり?
泣いたり、殺されそうになったり、それなりに苦労してきたから今なら解る。この世界そのものが智人に甘すぎる。全く障害にぶつからず、なにも試練が無いまま出世コースを駆け上がっていくなんて有り得るのだろうか?
西の宿場町の7令嬢におだてられた根津くんは、自分の力量を勘違いして脱落した。満足な土台が無いまま上に行こうとすれば、足元が崩れて転がり落ちる。それが普通ではないのか?
「あっ!誰か出てきた!」
火の中に飛び込んでいた黒騎士の1人が、黒焦げの男性を背負って飛び出してきた。地面に下ろしたあと、黒騎士達が周りに集まって、名を呼びながら蘇生を試みている。
「ゴククア公っ!」 「ゴヨク様!」
ゴヨク・ゴククア。北都市の領主の名前だ。
「ダメだっ!」 「もう手遅れだ!」 「なんでこんなことに!?」
亡くなっているらしい。黒騎士達が泣き崩れている。北都市は戦に負けて兵力と秘境者を失い、そして領主も失った。
「・・・ブラークさん」
今日、帝都に戻ってくるんだろうか?主が亡くなったことを知ったらどう思うだろう?
「早く・・・報せなきゃ」
「どこに行くの、尊人くんっ!?」
北の壁門に駆け出そうとしたら、真田さんに呼び止められた。
「真田さんは、安藤さんを藤原くん達のところに連れていってあげて。
僕は、ブラークさんが帰ってきたら直ぐに伝えられるように、
門のところまで行ってブラークさんを待つよ!」
いつもなら、たぶん真田さんも一緒に来る。だけど、安藤さんを放置することができないので「直ぐに帰ってこい」と言って僕を見送ってくれた。
僕は「門のところで待つ」と言ったけど、そう言わないと真田さんに無理をさせちゃうから嘘を付いた。
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走って、走って、走って、町中を走り続け、北門を飛び出しても走り続け、街道のどこかに居ると予想されるブラークさんを探す。このまま、25㎞先の東の宿場町まで行っちゃう可能性もあるけど、それならそれで良い。宿場町の先(北都市)まで行くか、力尽きて引き返すかは、到着したあとで考える。
いっぱいお世話になったブラークさんを放置したくない。超重要な情報を少しでも早く伝えたい。
「あとで、藤原くん達からはバカ扱いをされちゃうんだろうな。
真田さんには、絶対に怒られるだろうな」
でも、僕にしかできないブラークさんへの礼儀を貫きたい。
疲れたので立ち止まって粗く息をして、歩きながら呼吸を整え、少し体力が回復したらまた走る。
2時間(帝都の町中を含めれば3時間)くらい走っただろうか?目が廻ってきた。飲み水くらい持ってくれば良かった。
フラフラになりながら緩い斜面を上がりきって下り斜面を見下ろしたら遠くにブラークさんが見えた。「帝都の惨事は知らない」って感じで、僕に向かって呑気に手を振って、通常の速度で馬を駆っている。
「いたっ!会えたっ!良かったっ!」
既に体力は限界に近いんだけど、力を振り絞って駆け出す。
第0話でバクニーが襲われたのはゴククアの指示。ゴククア自身が潔白ではなく、その指示の結果、智人がバクニーと知り合ったのだから自業自得。
尊人は「櫻花との合流を後回し」と決断した。智人を信用して「櫻花を任せて大丈夫」と考えている。これが、おそらく全ストーリー中での、尊人の最大の判断ミスになってしまう。




