智人-8・異変
尊人が俺の元から去って5日が経過した。荒事には向かない尊人では、1~2日で泣いて戻って来ると思った。その時は許してやるつもりだった。だが、その気配は無い。
あの日の朝、何食わぬ顔でホーマン邸に別れの挨拶に来た真田早璃に腹が立って仕方が無かった。親友を煽って危険に晒す女狐をどうにかしてやりたかったが、シリーガルやバクニーがいたので何もできず、大人の対応をしてやった。
ベッドから上半身を起こす。隣では安藤愛美が眠っている。服はベッドの周りに散らかっており、安藤は俺が剥いた姿のまま布団を被っている。
あの日、俺はやり場のない怒りの鉾先を、唯一残った安藤に向けた。最初は抵抗をしていたが、「俺に見捨てられたら生きていく術を失う」を悟り、やがて温和しくなって俺の背に腕を回した。今では、俺が求めるままに応じる。思っていたより計算高い女だったようだ。以降、俺は連日のように安藤を抱いて征服欲を満たしている。俺が愛想を尽かした現実世界では、俺を小バカにし続けた女。俺はそれを実力で屈服させたのだ。
扉が外側からノックされる。
「どうした?」
「報告したいことがあります」
「解った。今行く。広間で待っていてくれ」
近隣に野党でも出たか?俺は素早く騎士の服を着る。シリーガルやバクニーならば手伝ってくれるのだが、安藤は横たわったまま眺めているだけで、その気遣いはない。これが、教育をされたお嬢様と、現実世界は勝手放題だった女の違いか。
「行ってくる。夜になったら来てやるから、執事に言ってベッドを整えておけ」
安藤に極めて簡単な指示を出してから部屋を出る。広間で待っていたのは、斥候のリーダーだった。テーブル席の次席の椅子を引っ張り出して座り、男にも「座れ」と合図をする。しかし、斥候のリーダーは同席を遠慮して、俺の正面で片膝を付いて畏まった。
「何か掴めたか?」
この男には、モーソーワールド内に散っている元クラスメイトを捜索する任務を与えている。
「帝都にそれらしき者を数名確認できました。
リーダーはフジワラという名のようです」
「・・・藤原か」
この世界に来てもリーダー面をしているのが腹立たしい。いつかは「井の中の蛙」を思い知らせて倒さなければならない敵だ。ただし、帝皇の親衛隊が治安維持をする帝都では、一介の冒険者ふぜいならともかく、パルー騎士団に所属している俺では手を出せない。
「帝都でホーマン公を護衛する任に就いていれば、難癖を付けられるのだがな」
安藤が会いたがっているのは知っているが、この情報を伝えるつもりは無い。逆に藤原に会った時には「オマエの舎弟は俺に靡いた」と伝えて奴の無力を逆撫でしてやりたい。
「他には?」
「北都市のオブシディア騎士団、東都市サファイ騎士団、
南都市のルービイ騎士団、
それぞれが一定数を抱え込んでいるようです」
「その中に織田櫻花の名はあったか?」
尊人を呼び戻すため・・・いや、俺の元を離れたことを後悔させてやるために、奴が片想いを続ける女を手元に置きたい。
「はい、オウカの名はオブシディア騎士団に!」
「ノスの黒騎士か。ちと厄介だな」
俺の雇い主のディーブ・ホーマン公爵と、ノスの町を治めるゴヨク・ゴククア公爵は、モーソーワールドの方針を巡って対立しており、表面的には言葉で牽制をしあう程度だが、実際には互いが互いの追い落としを画策している。単騎で戦況を覆す才能を持った俺がホーマン公に就いたことで、均衡が崩れたらしい。
「ふっ、悲しいな。
これも、望む望まずにかかわらず、才能を持ってしまった者の宿命ってやつか」
フリーや同盟軍(サウザンのルービイ騎士団)なら勧誘に行けるが、敵勢力に所属していると簡単には手が出せない。
「ノスに進行してオブシディア騎士団と交戦する理由が必要だな」
最強の俺ならば蹂躙は可能だ。しかし、侵攻をする理由が無い。いくらホーマン公の政敵とは言え、ホーマン公の許可を得ずに事を荒立てるのは難しい。
「オブシディア騎士団の織田櫻花を重点的に捕捉しろ。
それから、ノスの町を統括するゴククア公爵、及び、オブシディア騎士団に、
糾弾が可能な落ち度が無いか探れ」
「かしこまりました」
斥候のリーダーに新たな指示を加えて送り出す。一仕事を終えたら、「待ってました」と言わんばかりにシリーガルとバクニーが広間に入ってきた。
「チート様っ!最近は、アイミ様のお部屋にばかり行って寂しいですわ」
「今宵は私をチート様の部屋にお招き下さい」
「権力を維持するために必要なのさ。
だが、安心をしてくれ。俺が愛するのは君達だけ。
俺の心は、常に君達の傍にある」
「チート様!嬉しいですわ!」
「ですが、たまには私のことをお呼び下さいね」
「はははっ、わかった」
バクニー達は納得をしてくれた。モーソーワールドの住人は少し頭が軽い。その御しやすさは都合が良いが、リアルワールドの女を知ってしまうと、やや物足りなく感じられる。
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その日の夜、急報がもたらされる。
ディーブ・ホーマン公爵が、西の宿場・ミドオチス近くの街道で暗殺された。
「・・・なに?いったい誰が!?ゴククアの手先か!?」
「解りませんっ!」
「ホーマン公にはパルー騎士団の精鋭が付いていたはずだ!」
「死角からの一瞬の隙を突かれてっ!」
「バカなっ!
精鋭達ならば、帝都からここまでの道中で、
どこが警戒ポイントか把握していただろうに!」
「・・・そのはずなのですが」
街道が丸見えになる森の斜面から毒矢が放たれた。「あと少しで宿場町に入る」という安心感の隙を突かれた。モンスターに踏み荒らされたことで、街道が丸見えになる一角があった。
そんな、地の利と慢心の隙間に刺客を置くなど、余程入念に下調べをしなければ不可能だ。
「あの・・・関係があるかどうかは解りませんが・・・」
「なんだ?」
前日にその周辺でモンスター討伐をした3人編成のパーティーがあったらしい。
「ソイツ等が何者なのか、直ぐに調べろっ!」
俺は、平穏が壊れ、時代が動き出すことを、ハッキリと肌で感じていた。
神は俺が安穏と暮らすことを許さないのか?
俺は次の時代に繋ぐ申し子として、モーソーワールドに選ばれたのか?
その宿命に押し潰されそうになりながら、号泣をするバクニーを抱き締める。
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