20-5・嵐の前哨
一時はどうなるかと思ったけど、これにて3つの依頼は全てクリアをした。・・・と言うか、ブラークさんの手厚いサポートがあったとは言え、まさか僕達がトロールやオーガの討伐をできるなんて思っていなかった。
真田さんをおんぶして、武器や盾はブラークさんに持ってもらって宿場町に帰る。
「尊人くん、1人でオーガを倒すなんて凄いじゃん!」
「オーガより強いトロールを豪快に爆死させた真田さんがそれ言う?」
「あたしが戦いやすいように、尊人くんが戦ってくれたおかげだよ」
「だったら、オーガに勝てたのは、真田さんが特殊能力を貸してくれたおかげね」
ピークエクスペリエンスで集中力を高めなければ、オーガを麻痺させるような魔力は発動できなかった。ピークエクスペリエンスのお陰で、「盾で回避をする」の要領が解ったような気がする。
・
・
・
トロールの洞窟から持ってきた戦利品は、ブラークさんが「帝都で売った方が高値が付くだろう」とアドバイスをくれたので、帝都まで持ち帰ることにした。ちなみに、ブラークさんは要らないらしい。藤原クエストに付き合ってくれて、達成報酬は不要で、宿代まで出してくれて、しかも「戦利品は全部持って行け」なんて、「人」として出来過ぎている。僕がどんなに背伸びをしても、ブラークさんみたいには成れそうにない。
「・・・落ち着かない」
昨日は1人で部屋にいても緊張でジッとしていられなかった。今日は達成感でテンションが上がってジッとしていられない。僕って、こんなに落ち着きが無いタイプだったっけ?
「よし!今日こそは、ブラークさんを誘ってお風呂に入ろう!」
「ブラークさん、お酒で乾杯しましょう!」と誘えれば格好良いのかもしれないけど、僕は未成年。お酒に関しては、つい最近、酔いつぶれた真田さんをおんぶしてゲーをされた記憶しか無い。そんなわけで、親睦を深める手段が「お風呂」以外には思い付かないのだ。
早速、ブラークさんの部屋に行って、扉をノックする。
「・・・ありゃ?」
今日も反応無し。外出中?それとも、もう寝ちゃった?1人で行くしかなさそう。
「あっ!尊人くん!」
真田さんの声がしたので振り返る。
「動けるようになった?」
「まだダルいけど、寝てなくても大丈夫になったよ。
部屋に誘いに行こうと思ってたから、ちょうど良かった!」
「えぇっ!?誘うって、お風呂に!?」
「はぁ?そんなわけないでしょ」
「・・・だ、だよね」
「お風呂って言えばさぁ、
昨日、お風呂に行ったら、7バカ令嬢が露天風呂で騒いでてムカ付いちゃった」
「へぇ~・・・そうなんだ?」
7人の御令嬢が露天風呂にいたのは知ってるけど、覗いたことが真田さんにバレてしまうので初耳のフリをします。
「なんか、7バカに混ざってオッサンの声もしたから、混浴してたんだね。
お風呂に魔法の電気を流してやろうかと思っちゃったよ」
「へぇ~・・・そうなんだ?」
電流を浴びて爆死したトロールを思い出す。混浴に行かなくて良かった。一歩間違えたらトロールではなく僕が真田さんに殺されていたかもしれない。
「頑張ったお祝いでさ、美味しい物の食べ歩きしない?」
達成感で騒ぎたかったのは僕も同じ。
「おおっ!いいねっ!」
僕達は宿を出て、色んなお店を見て回ることにした。そう言えば、前に来た時も色んなお店を廻ったけど、それは真田さんを探す為で、店内を眺めて楽しむ余裕なんて無かったっけな。
「あれなんだろ?美味しそう!」
現実世界のピザに該当するのだろうか?薄い生地の上に野菜とかチーズとか肉がいっぱい乗っている。・・・と言うか、たくさん乗りすぎている。
「どうやって食べれば良いの?」
「先ずは上に乗っている具を食べて、最後に下のパンを・・・」
「それなら、こんな食べにくいのを買うんじゃなくて、
パンとおかずを別々に買った方が良かったね」
その後、果実を潰して混ぜた液体や、肉の串焼きかと思ったら芋を潰して何かを混ぜた串焼き等々、美味しいのか不味いのか良く解らない物を食べ歩く。
「・・・あれ?」
真田さんが立ち止まって首を傾げたので、同じ方向を見る。小さな宿の影で、ブラークさんが男の人と話をしているっぽい。
「ねぇ、尊人くん。
尊人くんは、ブラークさんのこと好きだよね?」
「うん、大好き。一番の恩人だもん」
「あたしも恩は感じてるんだけど、あんまり好きになれない」
「なんで?ブラークさん、良い人じゃん」
「良い人だよ。あたしや尊人くんと話してる時は凄く優しい目をしてる。
でも、時々、凄く冷たい目をして違う方を見てるの」
一緒にいた人は影に消えるようにして去ったけど、ブラークさんは空を眺めている。
「騎士さんなんだから仕方無いんじゃない?」
真田さんの言うことは信じたいけど、ブラークさんが悪い人のわけがない。でも、近寄りがたい雰囲気なので、声を掛けずに食べ歩きを再開した。
・
・
・
朝は少しゆっくりと過ごしてから帝都への帰路につく。真田さんは「まだ万全ではない」けど、飛び歩くくらいには回復した。
「・・・ん?」
3時間くらい歩いただろうか。帝都側から、馬に乗った白い集団が闊歩してきたので脇に避ける。西都市の白騎士団だ。「智人が混ざってるかも」なんて思いながら眺めたけど、いなかった。彼はセイ周辺の治安維持を任されているから、帝都周辺にいるわけがないか。
白騎士達は中央の豪華な馬車を警護しているっぽい。
「誰が乗ってんだろ?」
馬車の窓からチラリと見えたのは、髭を生やした恰幅の良い紳士だった。偉い人っぽいけど、僕達には関係無い。馬車と騎士団の通過を待って歩こうとしたんだけど、ブラークさんは立ち止まったまま見送っている。
「知ってる人ですか?」
「いや・・・少々考えごとをしていてな」
振り返ったブラークさんが微笑んでから歩き出す。
でも、僕は見逃さなかった。振り返る直前のブラークさんは少し恐い顔をしていた。多分、真田さんが言った「凄く冷たい目」だ。ちょっと気になったけど、ブラークさんは責任ある騎士様なんだから、冷たい目をすることだってあるだろう。だから、「その日暮らしな僕達とは違う」と気にしないことにした。
・
・
・
その日、西の宿場・ミドオチス近くの街道で、ディーブ・ホーマン公爵・・・つまり、シリーガルさんとバクニーさんのお父さんが暗殺をされた。
この世界の平穏を覆す大事件なんだけど、僕達がその事実を知るのは、しばらく先のことになる。
努力以外の手段で得た力を「実力」と考えて胡座をかく者と、その劣化盤の力しか持たないけど努力を続ける者。作者は、最終的に勝つのは劣化盤の力を努力と工夫で使い熟す者だと思っている。異世界転生や神の祝福で凄い力を得て奢った者は、オンリーワンの力だから活躍をできるが、同じ土俵に努力家が入ってきた時点で敗北をして落ちぶれる。これが、『モーソー転移』のテーマ。
「努力しました」と言う者の努力は承認欲求を求めるためのアピール。本当の努力家は、努力を当たり前のこととして努力と感じない。尊人は、どう頑張っても特殊能力やモーソーワールドの住人には勝てない剣術や魔法を懸命に学んでいる。「どうせ劣るんだから学んでも無駄」ではなく、「下手でも何かの役に立つかもしれない」と考えている。天才の類いは存在するけど、大半が凡人。だけど、凡人の中で頭1つ飛び抜けるのは、陽キャか陰キャに関係無く、地味な努力を積み重ねられる者だと思っている。
争いとは無縁な性格だった尊人が、藤原組に参加をして、スパルタな環境で戦い方を学ぶ。今話で第3章終了。脳内で大雑把にイメージしている全ストーリーの半分が終了しました。




