20-3・トロール討伐
事前に仕入れた情報によると、この地域のトロールが夜間に活動をするらしい。だから、暗いうちに宿を出て、日の出前の薄明るくなる時間帯に宿場町の南の山を昇る。
「大木の枝が折れ、低木が踏まれた跡・・・大型生物の通り道だ」
「ああ、なるほど。漠然と探し回るわけじゃないんですね」
ブラークさんに教えてもらうまで、痕跡を探す発想が無かった。
「灯りを消せ。先に標的に発見されたら厄介だからな」
懐中電灯代わりにしていた魔力光の玉を消灯して、薄明かりを頼りにして、踏み荒らされて通りやすくなった獣道を駆け上がる。
「あれかな?」
薄暗いので明確な姿は見えないが、100mくらい先を、身長が僕の倍以上はありそうな太い人影が歩いているのが見える。
武者震いをしてから、背負っている剣の柄を握る。だけど、ブラークさんが僕の前に手を翳して「落ち着け」と制した。
「まだ仕掛けるな。しばらく尾行をする」
理由は解らない。だけど、ブラークさんの言うことに間違いは無いだろうから、握っていた柄から手を離して、深呼吸で気持ちを落ち着ける。
陽が東側に頭を出して周辺が明るくなり、太い人影=トロールと認識できるようになった。奴は背を屈めて洞窟に入っていく。僕等は、大木の陰に身を隠しながら、その様子を眺める。
「奴の塒だ。
日が完全に昇ったら仕掛ける。それまでに闘争心を整えておけ」
「寝ているところを襲うってことですか?」
「俺は、最も活動的な状態のトロールにオマエ等を嗾けるほど愚かではない」
ごもっともです。要は、「僕等では正面突破をしても勝てないから、奇襲を仕掛ける」ってことだ。「夜勤を終えて家で寝ている大きいオッサンを襲撃する」と考えると凄まじく非道だけど、奴は「普通のオッサン」ではないので割り切ろう。
「よし、仕掛けるぞ!
ミコトは、『自らがヘイトを集める』を忘れるな!」
「はいっ!」
真田さんを矢面に立たせない。できるかどうかではなく、やらなければならない!先生の剣を抜刀して、鉄の盾を握り、洞窟に向かって駆ける!まだ、盾を使った回避は上手にできないけど「敵をちゃんと見る」くらいはできるはずだ!
「わぁぁっ!」
トロールはメッチャ勘が鋭かった!寝ているところを襲撃したのに、上半身を起こして腕で防御をされた!僕が振るった剣が、トロールの腕に食い込む!
「くっ!切断できないっ!」
渾身の一振りだったのに、腕に切り傷を負わせただけ。反撃を警戒して素早く後退する!
「グロロロロッ!」
たった今トロールの腕に付けた傷が、みるみる塞がっていく!
「げっ!マジか!?」
モンスターの本に「再生能力が高い」と書いてあったけど、こんなに早く再生するとは思わなかった。藤原くんと近藤くんのコンビでも苦戦をするわけだ。
「奴を倒すのは、圧倒的な火力か、急所への一撃が必要だ!」
「・・・急所たって」
トロールが棍棒を握って立ち上がる!身長は4mくらいありそうだ。あんな大きい奴の頭や心臓になんて、剣が届くわけがない。
「あっ!」
立ち上がったトロールが、洞窟の天井に頭をぶつけた!小さく悲鳴を上げて、頭を抱えて蹲る!
「トロールは知能が低い!地の利を活かして戦え!」
ブラークさんのアドバイスが飛ぶ!
「はいっ!」
トロールが棍棒を振るうんだけど、洞窟の天井や壁にぶつかる!トロールの塒なんだけど、地の利はこちらにある!
ブラークさんは、これを狙って洞窟奇襲のタイミングを待った?先見性が有りすぎだよ。
「わぁぁっ!!・・・とぉぉっっ!!」
あえて大声で奇声を上げて僕の存在感をアピールする。これで正しいかどうかは解らないけど、一応はヘイトを誘っているつもり。
トロールが振るった棍棒が洞窟内にぶつかって小さな落石が降ってくるので、鉄の盾を傘代わりにして凌ぐ。時々「斬りかかるぞ」アピールをしながら、ゆっくりとトロールの側面に廻り込む。やがて、洞窟の奥側まで廻り込んだ!
「わぁぁっっ!」
トロールが振り上げた棍棒が天井にぶつかったタイミングで突撃!体中を精一杯伸ばして、トロールの心臓目掛けて刺突を入れる!切っ先がトロールの胸に突き刺さった!
「くっ!浅いっ!」
欲張りすぎた!高い位置にある急所ではなく、もっと手が届きやすい低い場所(例えば股間とか)を狙うべきだった!
トロールは棍棒を手放して、素手で掴み掛かってきた!
「やばっ!」
剣をトロールの胸に置き去りにしたまま回避!武器を失ってしまった!しかも、直ぐ後ろは洞窟の壁なので逃げ場が無い!トロールは「僕をどう料理しようか?」と言いたげに、笑い声に似た雄叫びを上げた!
「今だっ!」
トロールの関心が僕のみに集中している。このタイミングを待っていたブラークさんが、真田さんに「Go」の合図をした!
「富醒・ピークエクスペリエンス!!」
真田さんが発した火の玉がトロールの背中に着弾!トロールが悲鳴を上げて僅かに仰け反る!だけど、大したダメージは受けていない!今の一撃は、倒す為ではなく、動きを止めて僕を救うための攻撃だ!
真田さんが突進をして、トロールの足元に滑り込片方の足にしがみついた!
「やぁぁぁっっっ!」
電流魔法発動!魔石効果で大幅に攻撃力が上がった電流がトロールを感電させる!
「グロロロッ!」
だかそれでも、トロールの命を奪うことはできない!悶え苦しみながら足を振って、しがみついている真田さんを振り落とそうとする!それでも真田さんはしがみついて電流を発し続ける!トロールの胸に刺さっていた剣が抜け落ちた!
「グロロッ!」
トロールが四つん這いになって血を吐いた!感電で内臓を痛めたらしい!苦しみながら、足にしがみついている真田さんに手を伸ばす!
「ヘイトは僕がっ!真田さん、魔法を止めてっ!」
「はいっ!」
剣を拾って、四つん這いのトロールの背によじ登り、渾身の力で首に突き刺した!トロールは悲鳴を上げる!再びヘイトが僕に向いたらしく、僕を振り落とす為に勢い良く立ち上がった!
「まだ動ける!?どんだけ生命力が強いの!?」
トロールが勢い良く立ち上がりすぎて、洞窟の天井に頭をぶつけた!僕がしがみついたまま俯せに倒れる!
「やっぱりコイツ、知能が低い!」
体勢を立て直して、首に突き刺している剣に力を込めて押し込んだ!
「真田さん、お願いできる!?」
「うんっ!」
真田さんの手を取ってトロールの背中に引っ張り上げ、剣を握ってもらう!
「合図するからっ!」
「うんっ!」
いくら生命力と再生力が高くても、体内に直接電流を送れば大ダメージを受けてくれるはず!
「3・・・2・・・1・・・それっ!」
剣から手を離し、トロールの背を蹴って離れる!直後に真田さんが気勢を上げながら剣に電流を流した!
トロールの悲鳴が上がり首が吹っ飛ぶ!衝撃波で真田さんが弾き飛ばされる!真田さんを受け止めた僕も諸共に弾き飛ばされ、洞窟の壁に激突!
「やっつけた・・・よね?」
立ち上がって確認する。トロールの胴体は倒れたまま動かず、首は離れたところに転がっている。
ちゃんと説明しなかったのに、真田さんが以心伝心で対応してくれたのが嬉しい。・・・てか、ここで意思が噛み合ってなかったら、倒せなかっただろう。
「ひぇ~・・・夢に出そう」
夢のタイトルは「ホームレスの太いオッサンの寝床を襲撃して、電流で爆破する少年少女」だな。モンスターとは言え、容赦無く生き物をやっつける生活に慣れつつある自分が恐い。
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