第六話《アレッサの誓い》
「私を見て、カッサーノ。いまの私を」
朽ちた修道院の中、火の灯りも届かぬ奥で、アレッサは立っていた。
甲冑ではなく、布の法衣をまとうその姿は、かつての“灰の騎士”とは別人のようだった。
「王国には戻れない。教団にも居場所はない。だから私は、自分で選ぶ」
「なにを選ぶというんだ?」
ルドヴィコは、静かに問い返す。
その声には、怒りも軽蔑もなかった。むしろ――かすかな、期待。
アレッサは、手に持った錆びた剣を見つめた。
「戦う理由じゃない。戦わない理由を、ようやく見つけたの。……あなたと出会ってから、ずっと探していたもの」
「それは、俺のせいか?」
「違う。……でも、あの日、あなたが私を殺さなかったから。私は生き延びて、傷ついて、ようやく分かった」
剣を、彼の足元に置く。
「だから、これは私のけじめ。あなたがくれた、赦しへの道。……戦場に戻らないと誓う。どんな理由があっても」
それは、裏切りにも等しい誓いだった。
騎士としての生を捨て、赤からも紫からも離れ、生きると選んだ女の宣言。
ルドヴィコは、彼女の剣を拾わなかった。
ただ、足元のそれをしばし見つめ、最後に一言だけ口にする。
「……ようやく、あの日の続きを話せたな」
アレッサの瞳に、かすかに光が宿る。
「ありがとう、カッサーノ」
夜が明ける頃には、彼女の姿はなかった。
残された剣だけが、朽ちた石畳に、過去を刻んでいた。
次回、第7話《紫派の執行官》
――“赦し”とは、己に何を課すことか。
新たな任務とともに、ルドヴィコの過去が静かに暴かれてゆく。