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アシェルはいたずらしませんか、なんて言ったけど、実際やったのはいたずらなんて可愛いものじゃ全然なかった。
だから、ラズウェル公爵家の人間は罪人になり、ブリジットは罪人の焼印を押されて牢獄に入れられて、公爵様と奥様も同様に焼印を押され、強制労働に従事させられている。
いや、いきなりそんなこと言われてもわからないよね。
王子殿下と王宮の薔薇を見に行くと約束した日、あの日ブリジットはどうやら私を盗人にした上で焼き殺したかったらしい。
王宮の庭の端にある倉庫は、一見ただの荷物置き場に見えるけれど、実は王家に伝わる大切な宝飾品を保管しておく場所でもあったのだそうだ。
どこかからそれを知ったブリジットは、私をそこに行かせて宝飾品を盗んだ罪人に見せかけようとした。
それだけでは飽き足らず、倉庫自体に火をつけて燃やそうとしたらしいのだ。
確かに燃えてしまえば証言も何もできなくなるけれど、母親に似て随分過激なことをするお嬢様だ。
私は約束の日に王宮を訪れた後、案内役の目を盗んでこっそり倉庫に行って隠れることになっていた。
けど、私は行かなかった。
アシェルに行くなと言われたから。
『あの倉庫が何のためにあるのか知っていますか? 一見ただの用具入れに見えますけれど、本当は宝飾品を隠すために作られたのですよ。だからそうとはわからないように警備が常にちゃんと見張っているので、迷ったふりして侵入なんてとても無理です』
『どうしてそんなことを知ってるの?』
『伯母が以前王宮に勤めていたので話を聞いたんです。保管されている宝飾品の名前もいくつか教えてもらいました』
『そうなの。じゃあ、私ブリジットとの約束を守れないわね』
『けれど約束を破れば、報復してくるんですよね。あなたの妹は』
『ええ、困ってしまうわ』
『それなら、倉庫に人がいると見せかければいいですよ』
アシェルはそう言って笑った。随分と楽しそうな顔で。
『そんなこと出来るの?』
『ええ。その時間、別の人間に倉庫へ行くよう頼んでください。外から中の人はよく見えませんから、ブリジット様も勘違いしてくれるはずです』
『でも、警備がいるんでしょう? 頼むと言ったって、その人だって入れないんじゃないかしら』
『入れる方に頼めばいいのですよ』
私はアシェルに言われた通りにした。
約束の日の前日、王子殿下に数代前に隣国から贈られたネックレスが見たいと頼んだ。アシェルが伯母様から聞いた話によると、そのネックレスは倉庫で大事に保管されているものらしかったから。
殿下は快く了承してくれて、明日薔薇園に行く前に倉庫に寄ろうと約束してくれた。
殿下は当日、約束通り倉庫に向かってくれた。
そこにブリジットがのこのこ爆発物を持ってやって来て、倉庫を燃やそうとしたのだ。
当然、警備がすぐに止めに入ったので何も起きなかったが、ブリジットはただちに捕らえられ、ラズウェル公爵家には捜査が入った。
私ももちろん事情聴取を受けた。
前日になって宝飾品が見たいと頼んだことで、私も事件の共犯なのではないかと疑われたけれど、そんなつもりはなかったのだと泣いて通した。
それでも疑いは晴れなかったので、深刻な顔で女性の役人の袖を引っ張り、別室で腕やお腹や太ももにつけられた傷を見てもらった。
傷のいくつかは最近つけられたもので、治療が追いつかずまだ生々しい傷痕として残っていた。
傷痕を見て口に手をあてた女性役人の、あの絶句した顔。
あんまりおもしろい顔をしているのでつい笑ってしまって焦ったけれど、役人は私が肩を震わせて泣いているのだと思ってくれたようで問題なかった。
その後は、女性役人を始めその場にいた役人たちの態度がすっかり変わって、私は憐れみの表情を浮かべた彼らにあっさりと解放された。
ラズウェル公爵家は王家に対する反逆罪で処分、さっきも言った通り公爵様と奥様とブリジットはそれぞれ罰を受け、公爵家自体は侯爵家に格下げの上、元公爵様の弟が継ぐことになった。
私は虐待の証拠と泣き落としの結果どうにか罪を免れ、現在は元公爵様の弟(つまり私の叔父にあたる人)が継いだラズウェル侯爵家で、腫れ物のように扱われながら暮らしている。
叔父一家は私の扱いに戸惑っているようだけれど、公爵様たちのように悪意を向けてくることはないので安心している。
若干居心地が悪いことを除けば平穏でいい生活だ。
ただ、私に気遣い通しで疲れていそうな叔父たちのためにも、早いうちに家を出て行ってあげようかとは思っている。