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「というかよく気づいたわね。包帯は服の袖で隠れてたのに。アシェル、私のこと見過ぎじゃないの?」
からかうように言ったのに、アシェルは表情一つ変えなかった。
それから再び私の包帯の巻いてある方の腕を掴んで、躊躇うことなくブラウスを上にたくし上げる。
「ちょ、ちょっと、やめてよ」
「本当によく怪我をなさいますね。腕に足に、外から見えにくいところばかり。たまに頬が赤く腫れているのは、周りに隠すことを忘れるほど相手が感情的になっていたからですか?」
アシェルは私の腕をじっと見ながら淡々と言う。
私は彼の言葉に戸惑ってしまい、表情を作ることさえ出来なくなった。
「相手って何が……」
「誰かあなたを傷つけている人間がいるのでしょう?」
アシェルがあまりに真っ直ぐこちらを見るので、誤魔化しの言葉が出てこなくなる。
公爵家で私はいつも傷だらけだった。
公爵様は私の出来が悪ければ怒鳴りつけ鞭打ち、奥様は私の出来が良くてブリジットより目立てば思いきり頬を張った。ブリジットは理由なんてあってもなくても、気の向くままに私を甚振った。
頻繁に増える傷は、増える度に公爵家のお抱えの優秀な医師によって治療された。
奥様が加減を誤るせいで時折残ってしまう小さな痕はあるものの、私の肌は受けた傷の量にしては驚くほど綺麗に保たれている。
けれど、傷がついたときの痛みは消えてはくれなかった。
公爵家の部屋でベッドに横たわってお医者様の治療を受けながら、いつも馬鹿みたいだなと思っていた。
わざわざ肌に傷をつけて、それで後から高額な薬を使って元通りにするなんて、何の意味があるのかしらって。
でも、馬鹿みたいなその環境から私は逃げられなかった。
だって私にはほかに行き場所なんてなかったから。
「誰かっていうか相手はわかってますけれど。ラズウェル公爵とその奥様、それにあのブリジットとかいう頭の悪そうな女でしょう?」
アシェルは私の腕から手を離さないまま、冷たい声で言う。
アシェルには家でのことを話したことなんてなかったので、そこまで勘づいていることに驚いた。というよりも、アシェルが私の家庭事情に興味を持っていたことが意外だった。
「驚いた顔をしてますね。あなたのことならよく見ていたのでそれくらいわかります。たとえば、今日の休み時間にブリジット様と王宮に行く話をしていたこととか」
アシェルは淡々とした声で言う。
確かに今日の午前中の休み時間、わざわざ教室までやって来たブリジットに王宮に行く日のことを確認されたけど、アシェルはあんな短い時間の会話まで聞いていたのか。
私は呆気に取られたままで口を開く。
「……アシェルは私に興味ないと思ってた」
「どうしてそう思われたんですか?」
「だって、私のこと何も聞いてくれないし……」
「聞いてもはぐらかすじゃないですか」
アシェルは呆れた声で言う。言われて初めて、アシェルが興味を持ってくれないと文句を言っておいて、いざ何か聞かれれば適当な言葉で誤魔化していた自分に気がついた。
「フレイア様」
黙ってしまった私に向かってアシェルは言った。
「ちょっといたずらでもしませんか?」
「え?」
予想外の言葉に、間抜けな表情でアシェルを見返す。
アシェルは私と目が合うと、珍しく楽しそうに、それでいて明らかに邪悪なことを考えている顔で笑ったのだった。