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「お姉様はずるいわ」
学園から公爵邸に帰り、家庭教師の先生のやたらと厳しい授業を終えた後、部屋を出たら妹のブリジットが待ち構えていた。
髪を二つ結びにしてぶすっとした顔をしているブリジットは、私と一つ違いとは思えないほど子供っぽい。
子供っぽくいるのが許される環境で育ったからだろうか。六歳から大人にならざるを得なかった私には、ときどき彼女がひどく眩しくなる。
「ずるいって何が?」
「また王子殿下に呼ばれたって聞いたわ。どうしてお姉様だけ? 私だってラズウェル公爵家の娘なのに! 不公平だわ!」
ブリジットはうるさい子犬のようにキャンキャン怒鳴っている。
それはあなたがあまりに子供っぽいから、王子も会いたくないんじゃないかしら。
そう言ってしまえたら楽だけれど、後で奥様に引っぱたかれるのが嫌なので口を噤んだ。
この家では事実がどうであろうとブリジットこそ正義だった。彼女は公爵家の正当な娘だから当然のことだ。
公爵様はブリジットを馬鹿みたいに可愛がっているけれど、この子が王太子妃になるのは無理だという客観性はあるのか、それとも無駄な苦労はさせたくないのか、ブリジットよりも私を王子の婚約者にしたがっている。
それは公爵様の意志であって全く私の意思ではないのに、ブリジットは半分庶民の血を引いた姉が自分を差し置いて王子とお近づきになるのが許せないらしい。
「それなら、今度殿下に呼ばれたときはブリジットも呼ぶわ。それならいいでしょう?」
私はすっかり慣れた作り笑顔で提案する。しかし、ブリジットは不機嫌そうに黙り込んだままだった。
「じゃあ、私はもう行くわね」
仕方なくそう言って立ち去ろうとすると、腕を掴まれた。
「お姉様ってとても綺麗ね。殿下が気に入るのもわかる。特にその長い髪、とても素敵だわ」
「……? それはありがとう」
ブリジットが私を褒めるだなんて、そのままの意味ではないことはわかる。しかし、意図は読めなかった。
私が困惑していると、ブリジットはにぃっと笑った。
「あなたたち、鋏を持ってきて」
ブリジットは後ろに控えていたメイドたちに向かって命令する。ブリジットの意図がわかり、思わず後退りした。
メイドたちは明らかに困惑していた。しかし、ブリジットがさっきよりも強い口調で再び命令すると、そろそろと鋏を取りに走り出す。
「あなたたちはお姉様を押さえておいてあげて。動くと危ないわ」
その場に残った残りのメイドたちはさらに顔を強張らせ、戸惑ったような声で拒否していたが、ブリジットにほとんど叫ぶように命令されると、おそるおそる私の手足を押さえつけてきた。
鋏を取りに行っていたメイドが戻って来る。ブリジットはメイドの手から奪い取るように鋏を受け取った。
「お姉様、もっと綺麗にしてあげるわね」
ブリジットは乱暴に私の髪を掴む。
貴族令嬢が髪短くして大丈夫なのかしら。これ、公爵様に怒られるのもやっぱり私なのかな。
ざくざくざくと髪を切る音がする。
最初は少し抵抗しようとはしてみたけれど、鋏を持っているブリジット相手に暴れて肌まで傷つけられたら嫌だし、それよりももっと嫌なのは間違ってブリジットにけがをさせて公爵様や奥様に折檻されることなので、されるがままにすることにした。
別にいいか。髪なら痛くないし。
ただ、アシェルは長い髪と短い髪のどっちが好きかなんてつまらないことを考えてしまった。
長い髪の方が好きだったって言われないといいな。
どっちが好きもなにも、そもそも私にそんな興味持ってくれていないか。
そんなことを考えていたら、自嘲の笑みが漏れた。