1-1
「私は地獄に住んでるの」
そう言ったら、アシェルは綺麗な顔を歪めて、怪訝そうにこちらを見た。
王立学園初等部の広い校庭で、私たちは誰もいない噴水の縁に腰掛けながら話している。
といっても、アシェルには私と話す気なんてなくて、私が本を読んでいるアシェルの元に勝手に押しかけてきただけなのだけど。
「フレイア様はむしろ楽園に住むお姫様みたいに見られていると思いますよ」
「見えているのと実際どうなのかは違うのよ」
「そういうものですか。それで、それを僕に言ってどうしたいんですか?」
アシェルは温度のない表情でこちらを見る。
同い年なんだから敬語はやめてと言っているのに、アシェルはなかなかよそよそしい言葉遣いをやめてくれない。
大人ならともかく、まだ十二歳で学生の私たちなら、多少の無礼は許されるはずなのに。
私はアシェルの顔を真っ直ぐに見て言った。
「私と一緒に地獄に落ちてくれないかしら」
「嫌です。なんで僕が?」
「一人じゃ寂しいからよ。誰か道連れにしたいの」
「どうして道連れにされるのが僕なんですか。お断りします」
アシェルはすげなくそう言うと、持っていた本に視線を戻してしまった。アシェルと呼んでももうこっちを見ようともしない。
ラズウェル公爵家のご令嬢に馴れ馴れしい態度を取れないからと言って敬語をやめてくれないくせに、随分と失礼な対応ではないか。
アシェルがこっちを見てくれないので、私は彼の隣に座り込んでじっとその横顔を眺めた。
日差しを浴びてキラキラ光るホワイトブロンドの髪に、髪と同じ色の長い睫毛。海のように青く澄んだ瞳。
鼻も口も造りが精巧で、男の子のくせにお人形みたいに可愛らしい顔をしている。中身はちっとも可愛くないというのに。
「あんまりじろじろ見ないでもらえますか」
じっと眺めていたら、アシェルは嫌そうに顔を上げた。
「話しかけているのに無視するのが悪いのよ」
「読書の邪魔をしにくるフレイア様が悪いです」
「失礼ね。私を一体誰だと思っているの? ラズウェル公爵家のフレイア様よ」
「公爵令嬢扱いしたら怒るくせに」
アシェルは納得いかなそうに眉を顰める。
確かに私は公爵令嬢扱いされるのが好きじゃない。だって実態に伴わない扱いをされている気分になって嫌だから。
私が無下に扱われてもどうしてもアシェルを構ってしまうのは、彼が私をラズウェル家の令嬢として全然敬っていないからなのかもしれない。
「アシェル、ねぇ、私と地獄に落ちましょうよ」
「嫌だと言っているでしょう。そんな一緒にお店に行きましょうみたいな軽さで誘わないでください」
「お店ならいいってこと? そうだわ、私、久しぶりに町のお店に行ってみたかったの。今度こっそり学園を抜け出して行ってみない?」
「そんなこと言ってません」
アシェルは呆れきった顔でこちらを見る。
心底めんどくさそうなその顔を見ていると、楽しくなってくるのはなぜだろう。
この広い学園で、アシェルだけが私を私のまま見てくれる気がする。私の周りには、いつだってたくさんの人がいるというのに。
「私、アシェルのそういうところが好きよ」
そう言ったら、アシェルは眉をひそめてまた怪訝な顔をした。
ちっとも嬉しそうではないし、全く照れてもいない。私が少し微笑めば、同級生も、大人の男性だって、みんな頬を緩めてだらしない顔をするのに。
「僕はフレイア様のそういうところが苦手です」
アシェルはそう言うと、今度こそ本に視線を移したままもうこちらを向いてくれなかった。
しばらく隣で横顔を見ていたけれど、さすがに邪魔のし過ぎはうっとうしがられるかもしれないと今さらながら反省して、私は噴水を後にする。
去り際に「ばいばい」と手を振ったけど、アシェルはちらりとこちらを見ただけで、何も言ってくれなかった。
それでも、私はアシェルが別に私を嫌っているわけではないことを知っている。
私たちは、なんというかこう、心の奥の方で通じ合っている気がするのだ。
アシェル本人にそう言ったら、「馬鹿なこと言わないでもらえますか」って呆れ顔をされるだろうけれど。