「お主は信用ならぬ、ということじゃ。」
「お呼びでございますか。」
「先ほどからそこに隠れておったじゃろうが。」
背後から男は姿を現した。山本勘助である。
そしてさらにその勘助の周りには朝比奈の手勢がいた。平静を装ってはいるが、勘助は額から汗を不自然な程に垂らしていた。
「これは一体どうゆう事なのでございますか?」
もはやその声は、動揺が発した音そのものであった。
「お主は信用ならぬ、ということじゃ。」
私は冷たく言い放った。
~~~~~ そして現代 ~~~~~
「あっははは!それは早計だようー!」
そう言いながら瀬名は、自分自身の太ももをパンパンと叩いて派手に笑っていた。それにしても、まったく豪快な娘である、と私は思う。
「どうゆう事?」
「いや、大丈夫だって事だよ!」
そう言って瀬名は、右目をウインクするのだった。それはどうゆう意味であろうか。この調子だが、瀬名は勘のするどい女子である。それで私は彼女に話を聞き出されたのだ。そして確かに私は、昨日の事の顛末を話した。あの今川先生と、その子供の真くんの話である。これには流石の私でも衝撃を受けた。あの今川先生には家族がいた。もっとも自分は今まで今川先生に対して、好意を持ち続けていた。しかしそれにも関わらず、私は今川先生という人の事を知ろうとはしなかったのだ。と言うよりも、あの人の事を知るのが怖かったのだ・・・・。
「大丈夫じゃない・・・・。」
私は机にとっつぷした。ここは学生食堂であるが、周りの視線など気にしないのだ。多分周りからはアホな女子高生の二人組だ、と奇異の眼で見られているのかも知れないが・・・。
「だーかーらー、チャンスはあるってば!」
「え!?」
その瀬名の言葉に反応した私は、ガバっと起き上がった。これは一体どうゆう意味なのだろうか。もしも気やすめであれば、シバいてやろうかと思う。
「だからね・・・。」
「うわっ!」
瀬名が私の顔に急接近してきたものだから、私は思わず自分の顔を反らしたのであった。しかし彼女は私の気持ちを察したのか、ゆっくりと私の耳元で囁いたのである。だったら最初からそうすればよかったのに・・・・。まあそこが瀬名の良いところ・・・などトンデモの無く、特徴なのであるが・・・。
「・・・・・今川先生は、独り身なんだよ・・・・。」
「・・・・・え・・・・?」
瀬名も私も小声で囁き合う・・・。じゃあ彼女の言う意味とは・・・・。瀬名が続けた。
「・・・今川先生の奥さんは数年前に亡くなられたらしいのよ・・・。」
「・・・・・そうなの・・・・?」
「・・・・そう・・・・!だからチャンスはあるんだよ・・・。」
「・・・でも・・・・。」
あの今川先生は奥さんと死別していた。だから瀬名の言う通り、私は今川先生の事を想うのは悪い事なのでは無いのかも知れない。しかしだからと言って、素直に喜ぶべきでは無いのは自分には分かっていた。少なくとも今川先生の不幸な境遇を良く思うのは、人としてダメなはずである。うん、そうだ。決して私は喜んでなどはいけない。ガタッと机と椅子が接触する音をさせて、私は速やかに席を立った。
「うん?」
そんな私を見た瀬名は、不思議そうな顔をして見上げていたのだった。
「私は大丈夫。」
そう自分なりに力強く言い放ち、スタスタと一人で食堂を後にしたのである。
(うーん。)
勢いよく瀬名の元を去ったものの、私は浮かない表情になっている感じだ・・・。(多分周りからはそのように見えると思う。)恐らく私は自己嫌悪というものに、陥っているのではなかろうか。正直に言うと先程・・・。・・・・・瀬名からの囁きが耳に入った瞬間・・・・。
===== 私は笑った =====
・・・私は最低な人間だ・・・。人の不幸を喜ぶなどと・・・・・。
この日の午後の授業は上の空だった。授業を担当している先生から「朝比奈!」と呼ばれようとも、たとえチョークが直撃しようとも気が付かなかった事であろう。日本史の授業がなくて良かった、と思った。こんな精神状態では、今川先生に合わせる顔など無いのである。だからこそ私は、安心して<心ここにあらず>が実行できるのであった。本当にいつも間にやら午後の授業は終わり、放課後となった。
(はあ・・・。)
溜息をつきながら、このまま私は帰路に着こうとしたのである。親友(!?)の瀬名も、午後からは私に声を掛けてこなかった。彼女も気を遣ってくれているのだ。そんな瀬名に感謝した。今日のところは、大人しく帰ろう、と私は心に誓うのであった。ところが、である。間もなく自分が恐れていた事が起こったのであった。
「おう、朝比奈。」
「はうあっ!!」
<不意を突かれた>とは、正にこの事である。その人に声を掛けられた私は、限りなく悲鳴に近いモノを上げたのであった。
「うん?どうした朝比奈。」
それでも今川先生の声は、とても優しかった。それだけに余計に自分の罪悪感は、増幅されるのであった。
「ごっ・・・!ごめんなさい先生・・・!」
私は懸命に感情を押し殺し、その場を走り去ってしまったのである。そんな突然の女生徒の反応に、今川先生は心を痛めたのではなかろうか。・・・私はますます今川先生に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
<続く>