もうこの世から消えてしまいたい
~~~~~ そして現代 ~~~~~
「は、はあ!?」
意外な人の出現に、私は驚嘆の声をあげたのだった。
「お、おう、朝比奈。」
この人も少々戸惑っている様子であった。
「い、今川先生・・・。」
何でここで今川先生が・・・、と思ったのだが分からんでもないのである。確かに親子関係である事は不自然ではない。この二人が・・・。
「お父さん。」
砂のお城を造る作業を止めた男の子は、キョロキョロと私と今川先生を代わる代わる見上げている。こうゆうところを見ると、やっぱり子供なんだなあ、と思う。私は多分クスっと笑っていただろう。
「あの、この子は。」
私は野暮な質問をした。
「うん、私の息子だよ。」
そうか今川先生には、お子さんがいたのか・・・・。この子の利発そうな顔立ちは正に今川氏真・・・、いやそうじゃないだろ・・・。私は一人で考えて、一人で自分自身に突っ込みを入れていた。確か今川先生は真君、って呼んでいた。うん真君だ。決して氏真公では無いのだ。
「そうなんですか。こんにちは、真くん。」
気を取り直した私は、精一杯の笑顔で男の子に語り掛けた。先ほどまで砂のお城を造っているのを凝視していた、なんて口が裂けても言えない・・・。この今川先生の前では・・・・。
「あらためて、こんにちは。」
そう言って真君は、ペコリと私に向かってお辞儀をしたのだった。しかし「あらためて」は、余計である。
「ははっ。」
(ああ・・・・。)
この時に私は悟ったのだった。恐らく真君の姿を確認したタイミングで私の姿は今川先生の視界に入っていた事であろう・・・。そして先生は思っていたのではなかろうか・・・・。変な女が自分の息子の傍でしゃがんでいると・・・・。顔から火が出そうになるとは、正にこの事ではなかろうか・・・。
(ふわああああ!!)
心の中で私は頭を抱えて、転げまわったのであった。それにより自分の羞恥が飛び散らないかと、あり得もしない願望を以てである・・・。
「大丈夫か?朝比奈。」
その今川先生の優しい呼びかけで、私は正気を取り戻した。
「は、はい。大丈夫です!」
そこで私は自分自身の胸元をドンと叩いて、精一杯の強がりを見せたのだった。なんとも根拠のない自信なのである。
「朝比奈は公園に、よく来るのか?」
「あ、まあたまに・・・。」
「そうか、うちの真はよくここで遊んでいるんだ。」
「そ、そうなんですか。」
「じゃあ行くから、また明日な。」
「お姉ちゃん、またね。」
「あ、はい。あ、またね。」
とっさに私は今川先生、真君の両方に、それぞれ挨拶をした。夕日と共に映る親子の背中を、ただ私は見守るしかなかったのであった。
(・・・・今川先生・・・、お子さんがいたんだ・・・。)
この私は戦わずして、敗北を喫したのである。やはり女子高生の初恋など、この様なものなのかも知れない・・・。ガックリと肩を落とした私は、その足取りも重く帰宅したのである。
(ああ・・・・。)
女子高生はシャワーを浴びている。切なげに身体をくねらせる。
(うう・・・・今川先生・・・・。)
私はシャワーに打たれながら涙を流していた。この悲しみを出来る事なら、全て洗い流してしまいたい・・・。私は素手で自分の身体を摩った。その摩りの度合いは次第に強くなった。
(くうう・・・。)
それでも私の身体に着いた悲しみは、擦り落とせそうにない・・・。涙が続く限り私は続けたのだった・・・・。
その夜、私はベッドの上で思った。考えてみたら何も不自然な事ではない。あの優しい今川先生が独り者なはずがない。私は逃げていたのだ。怖かったのだ。今川先生の素性を知ることを・・・・。好きになった人の事を知ろうとしなかった・・・。我ながら本当に恥ずかしい女だ・・・・。枯れたはずの涙がまた瞳に溢れてきた。
===== もうこの世から消えてしまいたい =====
~~~~~ そして戦国時代 ~~~~~
「その首尾は上々にございまする。」
「うむ。任せたぞ。」
私は親方様に挨拶を終え、出陣したのだった。この朝比奈泰朝を含めた先発隊は次々と織田方の砦を落としていった。その戦力の差は歴然であり、瞬く間に織田信長の本拠に迫る勢いなのであった。
「・・・・・。」
構えた陣の中で、私は休息を取っていた。ここまでなんの不備もなく、その目論見通りの戦況である。
「朝比奈殿。」
「おお、如何なされた。直盛殿。」
この男は井伊直盛。わが今川氏の配下であり、有力な武将の一人である。この泰朝以上の戦闘能力を有す人材なのだ。
「そろそろ頃合いかと存じまする。」
確かに直盛の言う通りであった。織田方の鷲津砦は、我が今川方の攻撃で疲弊し投降者も現れる始末である。もう特に策を張り巡らせずとも、この相手は力押しで潰せそうな状況なのだ。
「うむ。では明日にでも総攻撃を仕掛けようかのう。」
「今が期でござる。この流れに乗るべきでござりまする。」
明日の総攻撃の打ち合わせを終えた直盛は、自分の陣に帰っていった。
「ふう・・・。」
腰掛に座り溜息をついた。まだ終わっていないのだ。
「出てきてもよいぞ。」
<続く>