もう私は義元公の命に従う他ないのだ。
今川義元公の嫡男、氏真様・・・。この氏真様は非常に学識に富んだお方なのである。主に和歌・連歌、蹴鞠などの技芸に通じており、多彩な才能をお持ちであるのだった。
だがしかし、天は二物を与えず・・・。氏真様は軍事的な分野では、とても疎いのであった。このお方は心底の文化人・・・。究極の芸術家肌の人間・・・・。私は氏真様を幼く頃から存じているが、本当に浮世離れしているのである。恐らくどんな教育を施そうとも、真の武将にはなれないのではなかろうか・・・。それ故に義元公は、たとえ嫡男であろうとも、この尾張への進攻に参加させないのだ。
これは最早反論の余地なし・・・・。少なくとも私が義元公を説得し、尾張への進攻の指揮を控えて頂くことは叶わない。もう私は義元公の命に従う他ないのだ。
~~~~~ そして現代 ~~~~~
「ふう・・・。」
「なに溜め息ついてんの。幸せが逃げていくよ。」
そんなこと言われても、困るのだ。
「うーん。」
「何を悩んでいるのかなあ。お姉さんに相談してみなさい。」
「いや。同級生だし。それに私の方が数ヶ月だけ、お姉さんだし。」
今、目の前にいるのは私の親友なのだ。いつも彼女はこんな感じだが、本当に私の事を心配しているのだろう。そして親友は勘が鋭い・・・・。
「ひょっとして、今川先生?」
「ぶっ!」
思わず私は、お茶を吹き出してしまった。
「うわあ!やめてよ!?」
「だって瀬名が、あんなこと言うんだもん。」
これではまるで彼女の方が被害者ではないか。ハッキリ言って、私は納得がいかなかった。精神的には私の方が、ダメージを受けているのだ。しかし一応この私の親友である瀬名は、ときおり鋭い指摘をしてくる。そして学業での成績も、とても優秀だ。だから私はそれとなく、彼女に勉強を教えてもらったりしている。心から頼れる友達でもある・・・。この私は実は、これでいて結構利己的な所があるのだった。
「あのさ数学の課題の事で、相談なんだけどさ。」
「こらこら話題をそらさない!」
「うう・・・。」
図星故に、私は反論ができなかった。もっとも数学の課題の件で困っているのは、本当なのだが・・・。実は私は数学が大の苦手なのだ・・・。それに数学教師も大嫌いだ。だってこの私に授業中にチョークを投げつけてくるのだから。しかも結構うまい・・・。およそ85パーセントくらいの確率で、私の身体に命中させて来るのだ。こないだなんか私の左乳首にヒットさせてきたのだ。思わず私は「ひゃうっ!?」、と妖艶な声をあげてしまったのだ。まあ最も数学教師は勿論、周りの皆は誰も気がついていなかったのだが・・・。それにしても許せない、あのオヤジは・・・・。うら若き乙女の恥ずかしい部位に、モノを投げつけるなんて・・・・。本当にセクハラもいいところだ。居眠りをしているからって、注意する代わりに実力行使に出てくるとは・・・。だいたい数学教師の授業が、つまらないから睡魔が襲ってくるんだよ・・・。きっと本当は私は悪くない・・・・、はずだ・・・・。
「なーに、一人でブツブツ言っているのかな?」
「ぎょっ!」
「あっはは!何それ!?初めて見たあ!ぎょっ!、なんていう人!」
そう言って瀬名は、笑い転げていたのだった。この学校の制服のスカートは割と短い。それはかねてから今川先生も指摘している。だから瀬名は周囲の男子達の注目を集めていた。勿論下着が見えるのを期待しての事である。私の方も初めて見たのだ。ほんとに地べたを笑い転げている人を・・・・。って、こんな事をしている場合ではないのではなかろうか。別に私たちはお笑い芸人を志望しているわけではない。だからこの一連のやり取りは、完全に天然なのだ。綺麗な天然水も真っ青なのである。
「こらこら、見世物ではないぞ。」
精一杯の平静を装い私は男子達を咎めたのだった。そして男子達は渋々と散会したのである。やはり瀬名は男子達からは人気者なのだ。まったく少しは視線を気にして、大胆な行動は控えて欲しいモノだ。彼女の振る舞いは、友達としては黙っておけないのである。
「っと!」
ガバっと瀬名は、飛び跳ねるように跳ね起きた。
「おおっ!!」
その瞬間に男子達から、歓声にも近い声があがった。
(ああ・・・。)
瀬名が飛び起きた拍子に、スカートが捲れ上がる。まったくこの娘は無頓着すぎる・・・・。
勿論、私はキッと男子達を睨みつけた。その迫力(?)に彼等は、思わずたじろいだと思われた。そして実際改めて、男子達は渋々と散会したのだった。本当に無警戒だ。いつか悪い男に引っ掛かるぞ・・・。この瀬名は・・・。まあもっともその時は、この私が悪い虫を撃退するつもりなのだが。
「おわっ!?」
気がつけば至近距離に瀬名の顔があった。
(え・・・。)
更に私は動揺したのだった。何故なら、その彼女の顔は真剣そのものだったからである。そして・・・、瀬名は私の両肩をガッシリと掴んだ。それから彼女は、私の耳元で囁いたのである。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・えっ・・・・。」
瀬名の言葉に、私は驚愕した。
「じゃあね!」
また元気な美少女戻った瀬名は、背中を向けて去って行ったのだった。
<続く>