「やはり親方様自ら指揮をとられますか?」
「ふふ。心配はなさそうだな。」
今川先生は、ほほ笑んでいた。どうやら上手く、ごまかせたのではなかろうか。その反面、今川先生に対して罪悪感を抱くのである。だって大好きな人に気持ちを隠すのだから。
私は今川義元公及び、この今川先生の身を案じているのだ。今まで私は2つの世界、時間軸を生きる人間だった。かたや今川家重鎮、朝比奈泰朝、かたや令和に生きる女子高生。どちらも自分の人生だ。しかしここから導き出された、憂慮されるべき事案があるのだ。
他には自分のような人は、いないのだろうか。転生ではなく平行して、2つの人生を過ごすという。もっとも自分としては、生まれついてから2つの人生を持っている。だから心配なのだ。この今川先生が平行した複数の人生を送っているのではないか、と言うことが・・・。
「昔から思っていたんだか。」
「え?」
思わず私はゴクリと唾を飲み込んだ。まさか今川先生の方から、核心を突いた発言をしてくるのだろうか。もうすでにこの女子高生・朝比奈の別の人生を知っているのだろうか・・・。一体この人から、何を言われるのだろうか。
「どうして若い女の子は、短いスカート履きたがるのかな。」
「あたっ!」
拍子抜けした私は、思わず大きな声をあげてしまった。でも今川先生の言い方は別にエッチな訳じゃなく、本当に純粋な疑問からという雰囲気だった。そこがまた良いのだ。
「うん。まあ脚を見せたいからかな。」
その瞬間、私はハッとした。我ながら何という、はしたない発言をしたのだろうか。
「そうか。そうなんだね。」
その今川先生の言い方は、本当にサラッとしていた。だから余計に、私は恥ずかしい気持ちになった。何を勝手に発言して思い込んで動揺しているのだ、この私は・・・。
「じゃあ。帰るか。」
今川先生はスクっと立ち上がった。仕方なく私も立ち上がる。結局この私の考えてる事は、完全な杞憂だったのだろうか。うん、そうに違いない。そのように考えないと、はっきりいってやってられない。しかしあながち、そうとも言い切れない状況になるのであった。
「俺の事は心配しなくていい。朝比奈。」
「・・・え?」
そう言って去って行く今川先生を、ただ私は立ち尽くして見送る事しかできなかった。やはり今川先生は・・・・。
~~~~~ そして戦国時代 ~~~~~
「か、かしこまりました。」
「うむ、頼むぞ。」
私は義元公から、命を受けた。ここで私には迷いが生じた。この自分は義元公からは、近い存在の家臣である。という事は、義元公の判断に問題があると意見をする義務があるのではなかろうか。
「しかし・・・。」
「うん、なんじゃ?」
「やはり親方様自ら指揮をとられますか?」
「そうじゃ。そうでなければいかぬ。」
「織田如き、我ら家臣がねじ伏せて見せまする。それに氏真様もおられまする。」
私は無礼を承知で義元公に意見をしたのだった。これで義元公のお考えが少しでも傾けば、と思ったのであるが・・・。
「いや泰朝の考えあるのじゃろうが、やはり自ら指揮を執り尾張に侵攻するのじゃ。」
「その事に関して、親方様のお考えを教えていただきたい、と存じます。」
さらに私は義元公に食い下がった。義元公は、優れた領国経営能力と家臣・太原雪斎の進言によって、米の生産量が多いとは言えなかった駿河・遠江・三河を豊かな国にすると共に、軍事力・外交力を用いて領地拡大に成功した手腕の持ち主である。義元公はその実力から、「海道一の弓取り」と呼ばれていたのである。そんな義元公が、決して筋の通らない事をするはずが無いのである。
「この戦は今川家の命運を決めるものじゃ。それにな。氏真には兵を率いるだけの器はない。尾張に侵攻するのは今が機なのじゃ。そしてお主には働いてもらいたい。鷲津砦を攻略してほしいのじゃ。無論、大高城を救うためじゃ。」
「・・・・御意・・・。」
最早、異論をはさむ余地は無かった。やはり義元公の考えは、真に道理が通っていた。この今川家は、今や大名の一つに収まる大きさではなくなった。駿河・遠江・三河の3か国を有し、駿河は金山があり公家文化が入ってきており小京都と言えるぐらいに栄えている国なのである。もう都・京への上洛は、大大名・今川義元の使命と言っても差し支えないであろう。そしてその前には尾張の織田氏が立ちふさがるのである。かねてから織田氏は美濃の斎藤氏、そして我が今川氏と勢力争いを繰り広げていた。いわゆる宿敵である。しかし織田信秀が死去し、嫡男の信長に代替わりしたのだが勢力としては、先代よりも不安定な印象を周囲は持っている。実際の信長は家臣からの評判は悪く、家臣の柴田勝家らの結託により挙兵した実弟・信行と戦を交えたのだった。それに勝利した信長は、軍事力を以て勢力を拡大していった。実際に信長は戦上手なのだろうが、何故か周りからは「うつけ」よわばり、されているのだった。
そしてもう一つ、義元公の嫡男・氏真様の事である・・・・。
<続く>