「改めさせて頂けませんでしょうか。」
確かに首はずっしりと重い・・・。人の首を自分の手でぶら下げたのは久しぶりだが、その重みを改めて認識した。
(この首は・・・。)
私は両手で首を抱えあげ、目を合わせた。もっともそれは布で包み込まれており、視線など確認できないのであるが。あくまでも、そのつもりなのであった。
畳の上に置かれた信長の首と身体を、私と家臣たちは取り囲んでいた。家臣たちは顔を合わせ、頷き合っている。それはお互いに納得した事を確認しているように見えた。
「やったのでございますな、親方様。」
「うむ、そうゆうことじゃ。」
「・・・はっ。」
どうやら私の相槌が怪訝そうであることを、家臣たちは気付いている様子なのであった。そして・・・。
「もう呼んでも、宜しいのでございましょうか。」
「うむ・・・・。」
かろうじて肯定の反応を見せた。
「お待ちください、親方様。」
家臣たちは速やかに動き出した。そして、あの者を部屋の中にいれたのだった。
「御無事で何よりでございます。」
その者は拘束を受けて居ながらも、私への安否の気遣いを見せていた。それは上辺だけでは無いのは、態度から見て取れた。この男は信用ならぬのだが、そうゆう面では正直である、と思っている。
「縄を解いてやれ。」
「はっ。」
私の命に反応し、家来達は速やかに男の拘束を解いた。
「すまなかったな、勘助・・・。」
「いえ、それがしは大丈夫でございまする。信長はいかに・・・。」
山本勘助は私の眼を真っすぐに見ながら、今回の目的の達成の是非を問うてきた。この男に任せずに自ら赴いて、討ち取ったのである。勘助への報告は、最早義務であった。
「うむ。討ち取った。」
簡潔に答えたのであるが、そこに力強さは無かった・・・。勘助の眉がカソッと動いた。
「そうでござりまするか。」
とても山本勘助は落ち着いた様子であった。その態度に対して、違和感を得たのである。
「勘助・・・。」
言葉が出てこない。
「朝比奈様、その信長の亡骸を見せていただきたいのでございます。」
その勘助の言葉は、渡りに船であった。
「うむ、良かろう。」
私は右手をあげた。その合図で家来たちは、それを運んできたのだった。首と胴体は丁寧に扱われた。そしてそれらは山本勘助の前に置かれたのである。
「ほう・・・。」
勘助は吐息を漏らした。それは肯定、はたまた否定・・・、どうゆう感情からくるものか直ぐには分からない・・・。
「もし宜しければ・・・。」
この男が何を言いたいのかは、だいたい察しているつもりである。
「なんじゃ。」
「改めさせて頂けませんでしょうか。」
「それでお主が納得するのであれば、好きにするが良いぞ。」
「はっ、しからば・・・。」
そのようなやり取りであったが、自分の気持ちとしては、それを勘助に確認して欲しかったのである。そしてじぶんからは、言葉にしたくはない事なのであった。
ハラリハラリと頭に巻かれた包帯が解かれていく。その張り付いていた包帯の裏側には、血と汗が混じったものが染み込んでいた。匂いが感じられるかのようである。もっとも、そう自分で思い込んでいるだけのであるが・・・。
「・・・・。」
そして首が露になる。山本勘助の表情は変わらない。その真剣さが、周りの緊張感を引き立たせた。
「・・・・・どうしたのじゃ、勘助・・・。」
勘助の沈黙に耐えられなくなり、問いかけてしまった。本来は言いたくない・・・。何故なら・・・・。
===== その答えが分かってるから・・・ =====
「朝比奈様・・・・。」
山本勘助は目を瞑りながら、呟く様に言った・・・。
「・・・・・分かった・・・・。」
もう皆までいう必要な無かった。周りの家臣たちも察している様子であった。ある者は両ひざをつき床を叩き、ある者は涙を流していた。
「すまなかったな・・・。勘助・・・・。」
何といったら良いのか、もう他に言葉が浮かんでこない。
「いえ、これが親方様の天命であったのかも知れませぬ・・・。」
これは恐らく、山本勘助の嘘偽りのない言葉であろう・・・。
そしてしばらくして、伝令の馬が走ってきた。それは親方様、今川義元公が織田信長の率いる手勢に打ち取られた、という知らせであった・・・。
~~~~~ そして現代 ~~~~~
(うん・・・・。)
私は何処を歩いているのだろう。あ、ここはいつもの通学路だ。私はスキップしながら登校していた。もう周りにどう思われようが、気にする事は無い。人生は一度きりなのだ。うん、多分そうであろう。だからこそ私は<今川先生LOVE>を貫き通す覚悟なのだ。おばあちゃんになった時に、後悔しないためにも・・・。
(ルンルン♪)
恐らく周りには、とても痛い女と見られているだろう・・・。でも、そんな事お構いなしなのである。あわよくば私はスキップをしながら、校門をくぐり教室に入り着席するつもりだった。しかし・・・。
(あ・・・!今川先生発見!!)
愛しの殿方の後姿を見つけてしまったのである。こうなると、もはや歯止めなど利かないのだ。もうスキップなどは、まどろっこしいだけなのであった。
だから私は今川先生の背中に・・・・、猛ダッシュを掛けた・・・・。
===== ガッシッ!! =====
私の右手が、今川先生の右肩を掴んだ。
「お早うございます!今川先生!!」
その瞬間に今川先生は、とても奇妙なくらいな素早さで私の方に振り向いた。
「う・・・!うわあああ!!!!」
私は卒倒したのであった。それも無理もない事である。振り向いた今川先生の顔は・・・・。
===== 血まみれで死んでいた =====
そう・・・、今川先生は桶狭間の戦いで、織田信長に打ち取られたのであった・・・。
<続く>




