「おい、聞いているのか、朝比奈!」
「はあ。」
今日も退屈な溜め息が溢れる。学校の授業は、とても退屈なのだ。とくに数学は。黒板には数字とアルファベットが、無表情に並んでいる。本当に愛想が悪いのだ、コイツらは・・・。
「朝比奈、おい朝比奈!」
隣の席の男子が、私の身体を肘で押してきた。どさくさに紛れて、彼の肘が私の胸に当たっている。何なのだ。これは明らかにセクハラではないか。
「ん?何よ。」
彼の行為が故意ではない事を信じて、私はキツい目を浴びせる事で済ませた。
「朝比奈、聞いていたか?」
教壇から正に糾弾するかの口調で、先生が私に語り掛けてきた。
「は!?」
状況を理解した私は、すぐさま寝ぼけから覚めた。そしてとっさに何かを口走ったのだった。
「はい、分かりません。何を聞かれているのか。」
いくらなんでも正直すぎるだろう・・・、とワレながら思った。でも時すでに遅し・・・。
「・・・放課後に職員室へ来い。」
「は、はい・・・。」
こんな舐めた返答をしたら、誰でも怒るだろう。だから仕方がない、のである。そう自分に言い聞かせた。
次の時間は選択の日本史だ。ちなみに選択の授業とは、我が校の社会科に関しては日本史、世界史、地理から選べれるのだ。それは楽しみなのだった。何故なら私はいわゆる歴女なのである。日本史には、ちょっとうるさい・・・。しかし本当に楽しみな理由は、それだけではなかったのだ。
日本史の授業が始まった。担当は今川先生だ。40代の男性教諭だが、どことなく上品な雰囲気が漂っている。何故か扇子を右手に、黒板に書いた内容を説明している。かといって講談師みたい、とい這うわけでもない。会えて昔風に言えば、公家的なのだ。それでいて実は武家という・・・。はっきりいうと誰でも名前は知ってる戦国大名みたいな人。
そして授業は続いていく。重ねていうが私は歴史、とりわけ日本史が大好きだ。なのだが、そのせいなのか度々時間軸と人物がぶれていくのだった。そして今日も・・・。
「どうじゃ。」
「はっ、今川先生!」
「は?」
「あ、いや親方様。」
そう今、私の目の前にいるのは、日本史の今川先生なのではない。とてもメジャーな戦国大名の1人、遠江、駿河を領地にもつ今川義元公その人なのであった。
「これでよいのじゃな。」
「はっ、それでよろしいかと存じます。」
そう。私は相手が有名な戦国大名でも、動じないのである。何故なら私は義元公の配下なのだ。しかもただの部下ではない。今川家の重鎮、朝比奈泰朝なのであった。実はこの戦国武将は私なのである。つまり私は平成の世に生きる女子高生であり、戦国時代に生きる武将のひとりなのである。なぜそうなのかは私には分からない。決して女子高生が仮の姿でもなく、かといって朝比奈泰朝が仮の姿、という訳でもないのである。どちらも、この私の本当の人生なのだ。だから私は義元公の発言には、決して動じない。だってこれからどうなるのか、全てわかっているんだもん・・・・。この私、朝比奈泰朝を始めとした家臣団は、今回の尾張国侵攻に皆賛成の姿勢を示した。
~~~~~ そして現代 ~~~~~
「おい、聞いているのか、朝比奈!」
(はっ・・・。)
我に返った。生憎にも、今の私の目の前にいるのは大嫌いな数学教師だったのだ。
「つまんねえ・・・。」
私は呟いた。あくまでも小声で・・・。しかし・・・。
「あ?何か言ったか?」
どうやら数学教師の耳は、とてもよく聞こえるらしい・・・。
「しかし、お前は授業態度でなく、成績もひどいもんだな。まったく、本来は頭に行くはずの栄養が、それに全部いっちまったんじゃないのか!?」
そう言って数学教師は、私の胸を指さしていたのだった。これは完全なセクハラではないか。そして私は沈黙を以てして、数学教師の顔を見た。
「ま、もう行っていい。お前に何を言っても響かないからな。しかしカラダだけは、立派に成長しやがって・・・。」
「・・・・・!!!」
これには流石に怒りを感じ、ぶん殴ってやろうかと思った。しかしそれを実行するほど、私は感情的な女ではない。私は無言で職員室を後にしたのだった。
「お、朝比奈じゃないか。どうしたんだ?」
廊下で今川先生に声を掛けられた。
「あ、いやちょっとしたことで呼び出しを受けていたんです。」
「そうか。そうなのか。」
相変わらず今川先生は、落ち着きのある喋り方で安心感がある。それでいてこの先生は、なかなか鋭いところがあるのだった。
「何か悩みがあるのか?ちょっと話すか。」
まさに図星だった。しかし本当に分かっているのだろうか。その悩みの内容の現況が、自分自身である、という事を・・・。この今川先生は・・・。
「どれがいい?」
校舎内のジュースの自販機を前に、先生は言った。この高校は、ちょっと緩い校風なのだ。
「え?学校で先生にジュースをおごってもらうのは、まずいんじゃないですか?」
一人の生徒にだけ特別に奢るのは、教師としては問題になるのではないか、という私なりの見解である。
「周りの事なんか気にするな。それとも外で喫茶店にでも入るか?」
そう言って今川先生は笑っていた。本当におおらかなんだ。この今川先生は。だから私は・・・。
===== 今川先生が大好きだ =====
<続く>