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神聖祓魔師 インスブルック戦記  作者: ウィンフリート
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アーヘン湖畔の戦い 1

インスブルック砦の新兵オットーの物語は一旦お休みです。


オムニバス形式を採用していますので、暫く、主人公が変わります。

お話の舞台はイン川周辺の人間達の砦付近で繰り広げられます。

アーヘン湖は、南北に細長い奇麗な湖です。深さは約千メートルあるそうです。

しかもすぐそばにある山も千メートルを超えているそうですから、ものすごく急峻な地形なんですね。

 紀元千年を境に、悪魔に指揮された地獄の魔物達の組織的な侵攻が始まり、人間達は敗走を続けた。イタリア半島は完全に陥落し、教皇庁も北への避難を余儀なくされた。

 しかし、神は人間をお見捨てにはならず、いくつかの支援を行ったと言われている。


 一つは、世界の一部分を切り放し、平行世界を造り、悪魔の横暴を切り離された世界だけに限定したことであった。


 しかし、この平行世界側に選ばれた人々にとっては、戦いの連続であり、実に厳しい世界であった。一時期は、かなり北方の意奥深くまで、魔物の侵攻を許したが、人間は神の支援のもと、悪魔の軍勢を押し返すことに成功し、戦線は膠着した。

真偽の程は不明だが、悪魔軍の勢いが弱ったのは、聖戦奉仕会神聖騎士団が地獄に深く潜入し、砦を築いたためとされている。この神聖騎士団を率いたのは、次期ローマ皇帝継承者だったそうだ。


 この時の地上での全体的な戦況は、ライン川以西はかなりの範囲で、地獄の大地とそっくり入れ替わっており、この地獄の大地から大量に供給され続ける魔物によって、ほぼ圧倒的な敗戦が続いており、ライン川東部は、ザクセン大公の城塞都市への籠城で辛うじて侵攻を食い止めていた。ただし、この地獄の大地から直接魔物が入ってくるところを目撃したものはいない。敵地で抵抗を続けるザクセン公の城塞都に所属する騎士によると、悪魔の魔法である転移門を用いているらしい。これは、門から門を空間的に繋ぐ魔法である。

 ただ、人類の抵抗はしぶとく、ライン川東岸は全体的に悪魔の支配地であるが、ザクセン公の城塞都市より北側は比較的魔物は少なくなっている。


そして、アルプス山中では、オーストリア辺境伯やヴィッテルスバッハ家のバイエルン大公らの連携による、自然の地形を利用した長く細い戦線が膠着状態にあった。やがてオーストリア辺境伯は戦線を維持した恩賞としてオーストリア大公となった。


 この戦記は、アルプス山中のイン川戦線で奮闘する人間達の記録である。


 インスブルック戦記 アーヘン湖畔の戦い


 インスブルックという街は、古代ローマ人達の入植によって発展した街だ。


 急峻なアルプスの山々の谷を西から東に流れているイン川。大河ではないが、氷河や雪解け水を集めて、それなりの流量を誇る川であった。その流れに沿って、幾許かの、平野とは言えない狭い平らな土地があり、そこに幾つかの集落が先史時代からあったと伝えられている。その中でも、中心的な街がインスブルックであった。


 インスブルックが重要な街となった理由は、ローマへ繋がるアルプスの交易路に面していたからである。ヨーロッパ北部とイタリア半島を結ぶ陸路が、アルプスの隙間を縫うように幾つか存在し、その中でも、インスブルックは重要な街道の一部であった。


 街道は、いくつか知られているが、アルプスを越える峠道は主に三つの道があった。

 人間は、急峻なアルプスの地形を利用して、守備隊を配置し、防衛の拠点とした。


 オーストリア辺境伯バーベンベルク家のレオポルト3世は、イン川に沿って、テルフス、インスブルック、アステンブルク等に拠点として砦を築き、防衛ラインを敷いた。これらは、南北に抜ける街道を見張り、防衛するのに適した立地であった。また、その東側にはもともとあった砦が三つ、等間隔で並び、相互に情報を交換し、いざというときは連携して戦う作戦計画が立案されていた。


 これらの砦同士の連携には、角笛が用いられ、その音色やフレーズが定められ、一種の暗号のように使用されていた。


 砦は、システムとして運営されており、最前線を担う砦だけではなく、その人員を休ませ、家族を養い、戦力を再生産し、更には補給物資をストックし、前線に供給するバックアップ砦があった。また、バックアップ砦と最前線の砦の間には中間砦があり、これらは検問や撤退時の歯止の役割を担った。


 インスブルック砦を例にとれば、中間砦としてゼーフェルト検問砦、そのバックアップとしてミッテンヴァルト砦があった。また、更にそれらの後ろ盾としての街が、ミュンシュンだった。


 南北を結ぶ、3本ある、街道の中央には、アーヘン湖という南北に長い、美しい湖のすぐ側を通る街道があった。そのまま南下すると、イン川の北の丘にアステンベルク城があり、この城が、中央の街道を監視していた。この街道はアルプスを裂いたような谷を通り、その谷にアーヘン湖があるのである。アーヘン湖の左右、いや東西には千メートルを超える山が聳え、その谷の幅は、広いところで500メートルほど。しかも殆どが湖水だ。


古代ローマ人達がこの街道を整備した頃から、この街道は物資を南北に運ぶ重要な道だったが、それは今でも変わらなかった。ミュンシュンを拠点として、イン川沿いの防衛拠点の各砦に物資が運ばれていたのだ。


谷底に細く続く道に向かって、馬車の列が続いていた。目的地はアステンブルク砦だ。馬車の荷物は補給物資だ。


先頭の馬車の前には騎乗した護衛が二人。最後尾にまた二人の騎馬兵がいた。中央の馬車には、これまた弓兵が四人前後に乗っていた。弓兵の前には盾の代わりになる板が設置されている。


騎馬兵は騎士のような装備であるが、厳密には騎士ではなく、ドイツ語で言えばライターだ。騎士はリッターと呼ばれる。違いは封建領主によって叙任されているか、いわゆるリッターシュラーク(刀で叩く)の儀式を経て、貴族の最下位である卿に任じられているかである。


つまり、物資補給の馬車の護衛は、馬に乗って戦うライター騎馬兵であり、傭兵であった。騎士は貴族階級の正規兵であり、オーストリア辺境伯が軍事的に動く際に行動を共にする義務を持つが、彼らライターは軍事技術を持つ騎兵で貴族に仕える者ではなかった。中には功績により卿に任じられたいという者もいただろう。しかし、卿に与えるべき領地は不足していた。


最早、騎士は名誉職のような扱いであった。ただ、悪魔軍から土地を取り返せば、領主になれるということは事実だった。

オーストリア辺境伯は戦線を維持した功績により、オーストリア公となり、更にオーストリア大公になったが、それは単に呼び名が変わったに過ぎないのだが、来る大勝利の日には、悪魔の軍勢が支配していた土地を全て手にし、大いなる名誉と共に大公となるであろう、そのために、今も悪魔軍と戦っているのだ。


ライター達も、功績をあげれば、オーストリア大公に騎士として任じられ、金でできた拍車を戴くことができる。そして、悪魔を駆逐したあとに残る領地の一部を自分の所領として、与えられることになるのだ。彼らライターの合言葉は「いつかは金の拍車」だった。

(金の拍車とは、文字通り金でできた拍車のことである。騎士は叙任した王などから、騎士の必需品である、足につける拍車を拝領するのである)


さて、彼らが護衛する補給物資を載せた馬車列は、ミュンシェンを出発し、渓谷を貫く中央の街道を南下している。古代ローマ人が造成し、維持を続けてきたローマ街道だ。一番西側の街道ならミッテンヴァルト砦を経由するが、中央の街道にはそういう施設がなかった。


暫く開けたところを過ぎると、左右から山並みが迫ってくるので、急に谷に入ったような感じがする。

 先頭で警護に当たっているヨハネが、同じく並んで馬を歩かせているエルンストに話しかけた。

「俺はここから先が景色的には好きだな」

「なに、アーヘン湖の東岸あたりか?」

「ああ、特に検問砦をくぐってからだな。急に谷になって、殆ど湖になるじゃないか」

「確かに、左は急斜面だし、右は湖水だからな。防御し易い。たとえ攻撃があったとしても、お前の方側だから」エルンストはニヤニヤしている。

「おいおい。じゃ変わってくれよ」

「いやだね。帰りは俺が山側じゃねぇか。変わったら公平じゃないだろ」

「あはは。それもそうだな」ヨハネは納得したようだ。


 エルンストは、ヨハネは頭が悪いのでないかと思ったが、黙っていた。

 しかし、これから通の道は本当に狭いのだ。斜面は急なので魔物が潜伏するのも難しいとは思うが、急な攻撃に遭うと避けきれないだろう。そんなことを考えているうちに、検問砦が見えてきた。


 検問砦は、迂回する道が殆どなく、道の左右が山などで通れないような場所に設けられる砦だ。ここの検問砦は、左が山で、右が湖だ。街道の上を跨ぐように砦は造られる。ここでも東側は山にあたるまで壁が造られており、西側は湖の中まで伸ばされている。


これらの検問砦は、大抵が落とし鉄格子の門を備え、通行が許可されれば門は吊り上げられる仕組みを持っていた。


 通行税を取る検問砦が多いが、そもそも、この街道のルートは許可がないと通行できないため、税を取られる者はいない。盗賊がこの先に入るのを防ぐためと、反対側から魔物や悪魔軍が侵攻してきた場合に足止めするために存在している。


 検問砦はそこに駐在する兵士達で運営されている。従って、食材なども必要であるため、補給部隊はここで予め分けられている補給物資を下ろす。この時でも、騎馬兵は馬から下りることなく、警備を続ける。いつ襲撃があるか分からないからだ。荷物の殆どはこの先にある砦のためのものなのだ。

検問砦の分の物資が下ろされ、すべてが検問砦に収納されると門が吊り上げられる。


 検問砦は3階建てになっている。門の前後に弓を射るための場所がいくつも設けられており、弓兵が沢山詰めている。門が上がるまで多少時間がかかるが、エルンストは上を眺めていた。


「あいつらも大変だよな」エルンストが言った。門を通るために俺とエルンストは真横に並んでいたためエルンストの声はよく聴こえた。


「どうしたんだ?あいつらって弓兵のことか?」

「そうだ」

「どういう意味で大変だと思ったんだ?任務といった意味では兵士は皆一緒じゃないのか?俺だって、お前だって大変だろう?」

「まぁ、そうなんだがな」

 門が上がりきったので、通行してよいとのサインが出された。俺達は前進をはじめた。


 ここからの街道は狭くなる。道幅が狭くなることはないのでが、道の左右に余裕がなくなるのだ。右は湖が迫り、街道から落ちると湖に落下する可能性もあるので注意が必要だ。左側の斜面は、木々が間引かれるように伐採されているため、魔物が隠れるような場所はあまりない。門をくぐって暫くしたらエルンストが先程の続きを呟いた。


「いや、あいつらって、あんな狭い所で一日待機だろ?夜勤もあるしな。結構きつい任務だと思ったんだよ」

「ああ、そういう意味か。確かにな」

「あの門の上って、橋の上みたいに狭いし、ずっと立っているんだろう?弓を抱えたままだぜ。冬は寒いだろうな」

「砦の弓兵だって同じだろ。城壁も吹きっさらしだぜ」

「まぁ聞けよ。あそこは、砦の兵士がローテーションで詰めるらしいが、皆あそこに詰めるのは嫌だって話だ。中には心を病んでしまうやつもいるらしい」

「そうなのか。エルンストは誰から聴いたんだ?」

「勿論、アステンブルク砦のやつだよ。この前の補給の時だ。城の食堂で話したのだけど、すっかり忘れていたのだが、さっき門が引き上げられるときに上を見ていて思い出したんだ」

「そうなのか。具体的にはどういうところが辛いのだ?」

「あの砦は、殆ど敵襲なんてないだろう?」

「まぁ、そうだよな。南にはアステンブルクがあるし、北は殆ど人も魔物もいないからな」

「景色も変わらないものな。うーん、なんとなく贅沢な悩みにも思えるが・・・」

 エルンストは肩を竦めた。

「その立場に立たされないと分からな事ってあるんだと思ったよ」


 エルンストはもともと理屈っぽい性格だったが、長時間馬上の人として過ごすことが、より思索を深めることになった。


「エルンスト、もうすぐ休憩できるな。ちょっと疲れたよ」

「ああ、そうだな。馬も休ませてやらないとな」

「微妙なんだよな。本当は門のところで休めるといいんだが」

「それは、俺もそう思うよ」

「あれ、なんか道に落ちているぜ」


 道の先のほうに、倒木が倒れていた。いつも休憩するアーヘン湖に張り出した岸があるところの手前だ。ここだけ幅が広くなっている。街道はまっすぐ同じ幅で直進するが、湖岸が広がっているので、ここで休憩するのが常だったのだ。

「あれ、変だな。倒木だ。ていうか、あんなに太い木なんて、この辺りには生えてないよな」

「上のほうから落ちてきたとか・・・根っこも見えないから、折れたのかもな」

「まぁ、いいさ。ちょっと見てくるんで、隊を止めておいてくれ。

 折角休憩できると思ったのに、今日はついてないな」ヨハネは悪態をついた。


 ヨハネは、拍車を使って馬を駆けさせた。すぐに倒木の前についたので、5メートル程離れたところで一旦、馬を降りた。馬の手綱は放した。すぐ近くに掛けるところもなかったからだ。しかし、賢い馬なので、逃げたりはしなかった。


 何気なく、倒木に近づいていった。倒木は奇麗に街道に対し直角に倒れている。


「これは結構厄介かもな。ロープを掛けて、馬で引っ張って、湖に落すしかないか」


 ロープを掛けるところを探そうと、更に倒木に近づくと、視界の隅にグレーの何かが写った。それは、倒木の向こう側に隠れていたようだ。何かを叫びながら、ボウガンをヨハネに向かって放った。


「しまった。ゴブリンだ!」

 そう叫んだが、ゴブリンが放ったボウガンの矢が、ヨハネの肩に刺さってしまった。


「ああ、マリア様」

 ヨハネの祈りも空しく、すぐに激しい痛みと、しびれが襲ってきた。


(これは毒か・・・毒だな・・・)


 ヨハネはその場に仰向けに倒れてしまった。


 すぐに、エルンストは突進した。彼の馬も即呼応してどんどん近づいていく。


 ゴブリンは次の矢を打とうとあたふたしているが、なかなかできないでいた。そこにエルンストの構えた槍が命中した。馬の突進の力と相まって、槍はゴブリンの身体を貫いた。

 すぐに停止したが、馬も興奮している。エルンストはその場で馬から降り、轡をとり反対方向を向かせて馬の尻を叩いた。馬は馬車の方へ走った。すぐに最後尾にいた仲間の騎馬兵二人が先頭に廻りでて、つられて走ったヨハネの馬も轡を抑えた。


 エルンストはすぐに姿勢を低くし、倒木に身を隠した。状況を把握しようとした。そこに矢が降ってきた。


(ボウガンの矢ではないな)少しほっとした。


 傍らに落ちた矢を見ると、軸はお世辞にも真っ直ぐとはいえず、お粗末な矢だった。まずは自分の盾を倒れているヨハネの上に翳した。ヨハネは息をしている。しかし、意識は無かった。

(ヨハネもついてないな。まぁ、あの時点でまさかゴブリンが隠れているとは思わないものな。倒木はやつらが置いたものか・・・しかもなんでボウガンなんか持っているんだ?)


 エルンストはヨハネの盾を彼の体の下になんとか差し込んだ。それから、矢が降り注ぐのを背中に回した自分の盾で防ぎながら、盾の上に載せたヨハネを引っ張っていった。すぐに同僚の騎馬兵が下馬して盾を手に走りよってきてくれた。同僚のヴァルターが息を切らしながら言った。


「くそ、待ち伏せか。ヨハネ、しっかりしろ」

「おい、これ、毒矢じゃないか?」もう一人の騎馬兵アダルブレヒトが盾でカバーしながら、言った。

「毒か・・・確かにあいつら毒をよく使うからな」エルンストはそうあってほしくなかったが、認めざるを得なかった。


 弓兵達が馬車から全員下りてきて、騎馬兵たちの前方に自立式の盾を組み立てて、全員を覆ってくれた。


 改めて倒木の向こう側を見ると、カモフラージュされた板塀が建てられており、そのところどころにある板塀の不揃いな切れ込みからゴブリン達が覗いては矢を放つという動作を繰り返しているのが見受けられた。

 弓兵の一人が吐き捨てるように言った。

「あいつらの粗末な弓じゃここまで届かないぜ。クソ野郎どもが」

確かに、矢は届かなかった。しかし、エルンストは、

「気を付けてくれ、ヨハネはボウガンでやられたんだ」

 その場にいた全員が驚いていた。

「くそ、どうせ盗んだものだろう。見ている限りでは、ボウガンはもうないみたいだが・・・」

「ああ、ヨハネを打った奴は俺が殺した。槍も刺したまま置いてきてしまったが、ボウガンは落ちているとおもう。回収しておいたほうが良さそうだな」

「ああ、そうしたいものだ」弓兵の一人が小さい声で応えた。


 実際、俺達の装備では、ボウガンの矢は防ぐことができなかった。速射や連射ができないが、貫通力や飛距離は凄いものがあるのがボウガンだ。ヨハネや俺達の装備は鎖帷子と盾だけだから、ボウガンで攻撃されると太刀打ちできなかった。盾を貫通して鎖帷子まで通してしまうからだ。

 

 そこに、補給隊の先頭馬車の御者が歩いてやってきた。彼はこの補給隊のリーダーだ。商人ではあるが、砦の信認が厚い人物だそうだ。


「ヨハネさんはどうですか?」

 そういうと腰を屈め、ヨハネを覗き込んだ。

「ボウガンじゃなかったら問題はなかったかもな」エルンストが言った。


「これ、恐らくですが、矢にアコニトゥムが塗られていたのではないでしょうか。

ゴブリンは刃でも矢でも、なんにでもアコニトゥムを使うと聴いたことがあるのですが」

「隊長、それってなんなんだ?」アダルブレヒトが訊いた。

「トリカブトっていう草からつくった毒だそうです。それだと獲物が痺れて動けなくなるし、小さい動物は死にますが、鍋にすると毒が消えるんで、食べられるんだそうです」


 そこにいる皆の間に衝撃が走った。ゴブリンが人間も食うという話は有名だった。


 ゴブリンに捕虜になった兵士の経験だが、捕虜に出されたスープに人間の指が入っていたという話は有名だ。その兵士は吐き出したが、それから拒食症になったそうだ。勿論トラウマにもなった。彼は、すぐに救い出されて解放されたが、そうでなければ、スープの具になっていただろうとか。エルンストはそんな話を想い出したが、すぐに頭を振って打ち消した。


「とりあえず、アコニトゥムは解毒できるのか?」アダルブレヒトは悲壮な顔つきだ。

「分からないですが、すぐに検問砦までは戻って、手当をお願いするのと、補給隊全員がどうするのかの対策を講じませんと」隊長は冷静に話した。それからボウガンの矢、ボルトを静かに抜き、先端の毒を確認するために布に包んだ。傷口を吸って毒を出したらどうだという話もあったが、毒の種類が分からないと、吸いだした人間も危ないそうだ。


すぐに補給隊は方向転換をした。馬車を旋回させる場所がなかったため、後ろに馬を付け替え、ロープで引っ張り、逆走することにした。早くは走れないが、なんとか検問砦までなら問題ないようだ。


 ヨハネは、彼の馬の背にくくりつけられ、その轡をエルンストが引き、ゆっくりと歩いて検問砦まで戻った。近かったのも幸いした。毒が少しでも出た方がいいので、止血はしなかった。血はまだ止まっていなかったが、帰る途中でそのうち止まったようだ。


 検問砦に戻ると、すぐに敵襲を知らせる角笛が吹かれた。アステンブルクから直ぐに笛の返事が吹かれた。次々と各砦からの返信も届いた。緊急事態が周辺の人間の砦全てに告げられたのだった。ヨハネは、アダルブレヒトと、ヴァルターが街道を東西につなぐ峠を越えて、ミッテンヴァルト砦に送り届けた。ミッテンヴァルトには薬草も医者も常駐しているそうだ。俺は少しほっとした。


 そうなった理由は、検問砦では、アコニトゥムの解毒薬どころか、薬草類のストックが全くなかったのだ。このことが、のちに問題となり、各砦での薬品の備蓄計画がスタートすることになった。


 街道には、ゴブリン達が築いたバリケードがあり、通行ができなくなったため、補給隊は、エルンストを残し、ミュンシェンまで一旦戻り、ミッテンヴァルト砦から、別便が出ることになった。通れなくなった南北の街道を暫く閉鎖し、インスブルック砦経由で、アステンブルク砦に補給物資が送られることになったようだ。到着は予定より四日以上遅れるが、なんとかなるだろう。


 エルンストは、その日の夜には、検問砦の3階にいた。来客用の部屋をあてがわれたが、実に狭く、ベッドがあるだけだった。ベッドの幅がそのまま部屋の幅だった。

検問砦は橋のような構造の上に居住区を設けているため、殆ど場所がなかったのだ。エルンストはまだ客用だったので、一人で寝ることができたが、兵士たちはエルンストの部屋と同じ大きさに6人が寝るのだそうだ。これは頭がおかしくなるとエルンストは実感した。3段ベッドに二人ずつ寝るのだそうだ。しかも裸で。それは当時の習慣ではあるが・・・貴族階級出身であるエルンストが知らない世界だった。


次の日には、アステンブルク砦から部隊が派遣されると聞いた。伝書バトでやり取りしているらしい。エルンストは、バリケードをどうやって躱して来るのかと思ったが、実は簡単なことだった。それは湖を船で渡るという計画だったのだ。


いかがでしたか?


次回は、砦の生命線である街道を占拠したゴブリン達との闘いです。

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