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神聖祓魔師 インスブルック戦記  作者: ウィンフリート
2/9

バイエルン大公軍 新兵オットー

いよいよ、本編の始まりです。

オムニバス形式で、主人公やテーマが変わります。

暫くは、悪魔軍との最前線の新兵の経験を描く予定です。

俺はオットー。俺の部族ではよくある名前だ。昔の偉大な皇帝陛下の名前に因んだらしい。ゲルマン人ではなくバイエルン人だと母親からは教わった。


因みにオットー大帝様は、ゲルマン人の中のフランク族だ。よくは知らないが、ローマ帝国の皇帝だ。もう3百年ぐらい前の人らしい。


俺はフランク族ではないがローマ帝国の民だという意識はある。なにしろローマ帝国は悪魔軍と長きにわたり戦争をしているのだから、当然ローマ帝国というより人間として一致団結しなければならない状況だということはよくわかっているつもりだ。


かつてのオットー大帝とその軍隊がいたら、悪魔の軍勢なんか蹴散らしていたんじゃないかと思うが、俺みたいな小さな砦の一兵卒オットー君じゃ悪魔の眷属に負けちゃうよな。いやいや弱気ではいけない。


しかし、あんまり偉大な人の名前に因んでつけるのは止めてほしいものだ。俺の幼馴染にカールって奴がいるが、この名前を付けられた奴も大概不幸じゃないのかと思う。名前負けってやつだ。


俺は、インスブルック砦の補給基地である小さな砦、ミッテンヴァルト砦で生れた。ちびっこの頃は戦争ごっこをよくやって遊んだが、オットーという名前は結構誇らしいと思ったものだ。カールも自分のことを誇らしいと思っていたようだが、物心がつくにつれて、あの気持ちが実に恥ずかしいということに気付いたと言っていた。


オットー軍とカール軍、どっちが強いとか、本当に、真剣に語っていた俺らは、互いに黒歴史を抱えることとなったのだ。



さて、一兵卒オットー君である俺が所属している、インスブルック砦の南城壁東小隊は、毎朝、小さな会議を行っている。北側城壁にへばりついている城の食堂から運ばれてくる、軽い朝食を一緒に食べながら、夜勤の報告、当番や非番の確認と、連絡事項の通達を行うだけの本当に小さな会議だ。食う時間が惜しいのか、出席率を高めるためなのかわからないが、誰もが腹が減って食べたくて仕方ない軽い朝食中に、一方的に連絡事項や注意事項が伝えられるだけの会議だ。


 談話室であり、食堂を兼ねつつ、休憩室でもある南城壁の中央塔2階は、城壁に繋がったドアを東西に持つ詰所であり、会議はここで行われる。2階といえども、城壁と同じ高さなので、比較的高い位置にある。城壁と一体化した1階は、倉庫になっていて、暗く地下室のようだし、一日の殆どを城壁の上で過ごす俺らからすれば、この2階は1階に」あるような感じがするところだ。


 インスブルック砦の南側にある城壁には三つの塔がある。砦は東西に長く、南城壁はイン川に平行に造られており、イン川の反対側に陣を構えている敵が、攻めてくるのも当然、南側からだ。その中央の塔にインスブルック砦の新人として配属された時は、これは詰んだな・・・と感じた。

よりによって一番危険な勤務地の、一番危険な部署なのだから。


まぁ、兵隊の一人として日常の勤務を繰り返すうちに、敵が攻めてくることなんかないんじゃないかと感じるようになった。まだ数か月しか経ってないが、それでも平穏無事な毎日が続くと、経済的なことだけが気になっていくものだ。そう、食わなきゃいけないし、ミッテンヴァルト砦に暮らす母や弟妹達に送金して食わさないといけないのだ。


とにかく、俺は生き残るということを第一に考えるようにしている。いわゆる「命大事に」戦略だ。先輩にここで死んだ兵士たちの実話を教えてもらい、同じ轍を踏まないように心がけるようにしたのだ。


ここで死んだ者達の中で、一番犬死っぽいのは、城壁から落ちて死ぬってことだろう。城壁の内側には手摺がない。こけたら真っ逆様に落ちて、打ち所が悪いと死ぬ。

 

「オットー、聴いているか?」


(おっと、会議中だった)


この塔には、小隊長と呼ばれているリーダーと、副官がいて、昼勤と夜勤を交互に見ている。今、俺の名前を呼んだのは、フリードリヒ小隊長だ。昨夜の夜勤は、フリードリヒ隊長が務めたので、その簡単な報告を聴いているところだった。


 ちなみに、俺は、夜勤はまだやったことがない。新人は夜勤をやらせてもらえないのだ。夜勤は、ベテランでないとダメだそうだ。経験がないと危険を見過ごしてしまうからだ。


 夜勤は、少ない人数で、眠らないで巡回し、危険を察知しなければならない。ある程度経験を積み、戦闘能力も問題ないと思われるまでは、夜勤につかせてもらえない。確かに、一人で城壁の上を歩いていて、敵襲や暗殺者に遭遇し、すぐにやられてしまったら、砦全体の命運にかかわるから仕方ない。


 フリードリヒ隊長は、俺の目を見ながら、言葉を続けた。


「オットー、あとで、本館のハンス隊長から招集があるので、準備しておくように」


 俺は、ちょっと気持ちがウキウキとしてくるのを感じた。

「あの、隊長。用意って何を用意すればいいのですか」

 俺の死んだ父親ぐらいの年齢の、フリードリヒ隊長は、ニコと笑って教えてくれた。

「城壁の上の任務と同じ装備でよい。呼ばれたら行けばよい。各塔から選抜されてくるから、ほかの塔の兵士には負けるなよ。俺たちの名誉に関わる問題だからな。まぁ、城の外は危険な時と全くそうでない時の落差が激しいから、悪い方を想定して準備していけよ。

では、解散」


 朝食を食べながらの簡単な会議に参加していた人たちは一斉に席を立った。夜勤だった人は、そのまま螺旋階段で3階に上っていった。これから眠るのだ。あと、塔の最上部に詰める人達も一緒に上っていく。ここの上の階が寝室、というよりは、巣というか、多段ベッドの部屋だ。泥のように疲れた体を横たえて、ひたすら眠るための場所だ。


螺旋階段の途中にドアがあり、眠る人は、そのドアに消える。そのまま登れば、4階に着く。ここにもドアがある。これらのドアは、敵に侵入されたときに、敵をブロックするためのものでもあるので、頑丈で重いドアだ。鉄板で補強されており、斧で壊そうとしても相当時間がかかるはずだ。螺旋階段は狭いので斧も振り回すのが難しいのだ。


 4階にも詰所があるのだが、僕はあまり行く機会がない。同じ詰所である、2階とくらべ、4階は、生活している感じがない。あるのは、武器や謎の樽だらけだ。


 伝令で4階に行くこともあるが、初めて見たときは、矢筒の多さに驚いた。4階の上には、屋上があるのだが、そこに詰める弓兵の装備だそうだ。屋上は、全方位を見渡すことができるので、砦の外だけでなく、内部に敵が侵入したときに、内部の敵を攻撃するため、矢のストックが多いらしい。屋上には、秘密の装備もあるらしく、俺は上がらせてもらったことがない。もっぱら一番死にそうな城壁の上勤務ばかりだ。


 俺は、今年の夏に、この砦に配属された。まだ後輩もいない新兵だ。同僚のアントニオも同じ時に配属された。


 配属されるまでは、インスブルック砦の補給基地であるミッテンヴァルト基地で家族と過ごしながら、新兵訓練を受けていた。ミッテンヴァルトはインスブルックとミュンヒンを結ぶ街道のすぐ西にある要塞補給基地だ。ここは東西に高い山に挟まれた谷のような地形で、想定される南からの侵入を迎え撃つ目的で造られた。


 それはインスブルック砦が陥落した時を想定しているため、確率は低いと目されていた。そのためか、インスブルック砦の城壁や城が石造りなのに対して、ミッテンヴァルト砦は丸太造りの城壁だ。丸太造りとは言え、俺が教わった教官によると、古代ローマ人の砦に倣って造られたものだそうだ。もともと出先の砦として、蛮族や熊や狼などの猛獣を防ぐための建物なので、石を積み上げて造った城壁には劣るものの、すぐに築造できて、それなりに頑丈なのが売りだそうだ。蛮族というのは、ガリアの森周辺に暮らしていたケルト人や、森の東方から移動してきたゲルマン人やバイエルン人達、つまり、俺の遠いご先祖というわけだ。


 ミッテンヴァルトでは、少年を一人前の兵士にする教育を行っている。盾の使い方、片手剣や長槍の使い方、弓の使い方、あとは、砦間の連絡に使われる角笛のメロディの意味などだ。そして、その段階が修了すると、鎖帷子など鎧の着方や武具の修理などを学ぶ。


 卒業は、すべての課題を終えるまではできない。使えない兵士を前線の砦に送ることはできないからだ。卒業試験は幾つかに分かれていて、剣や槍の模擬戦闘、弓の命中精度、そして角笛を聴いて意味を答える試験などがある。角笛は、この周辺にもともと住む部族の楽器だが、遠くまで響く特徴を利用して、それぞれの砦から発信をしている。

 つまり、砦ごとにメロディが決まっており、また更にそのメロディも数種類に分かれ、それぞれに意味がある。敵襲、戦闘開始、応援依頼などの意味を持つメロディをすべて覚える必要があるのだ。試験では、小さな角笛を使う。本当の角笛は大きくて部屋では使えないし、谷を渡る大きな音が誤報となってしまうからだ。


 卒業試験の最後は、ミッテンヴァルトの東側に聳える高山、キルヒルシュピッツへの登山だ。この山は砦から1,400メートル程の高さがあるらしい。この頂上からは、ミッテンヴァルトの砦が小さく見える。頂上からミッテンヴァルト砦まで、水平距離では1キロちょっとらしいから、ものすごい角度で聳えている。滑落したら命はないだろう。一気に何百メートルも転がり落ちたら助からないし、大抵、途中に飛び出ている小さな岩、「小やり」というのだが、これに引っかかるが、激しくぶつかるので死んでしまうだろう。大変な試験だ。


 しかも、鎖帷子を着て登山するのだ。流石に槍や盾は持たないが、片手剣は腰に下げている。装備の重量は恐らく20キロぐらいはあるだろう。まぁ分銅も秤もないので不明だが、本当の重さを知ったら、精神的に参ってしまうかもしれない。

 しかし、山岳地帯に勤める兵士として、場合によっては、山に逃げたり、山を越えて近くの砦に伝令に行ったりする可能性もある。最終試験に登山があるのは納得できると思う。


 ミッテンヴァルトには、兵舎だけでなく、砦に勤める兵士たちの家族寮もある。


 俺の父もインスブルック砦の兵士だった。俺は、ミッテンヴァルト生まれだが、父親は俺が小さい頃に戦死した。戦死したという知らせが砦に届いた時に、母親が酷く泣いたことは憶えている。

 しかし、殆ど帰ってこられない父親の顔も覚えていない俺は、何の感慨もなかった。


 葬儀ミサの時まで、泣くことはなかったが、押し寄せる大きな喪失感に、俺は泣いてしまった。御ミサは普段から出ているが、葬儀ミサは歌も式次第も異なる。葬儀ミサで歌われる聖歌を聴くのは結構辛いものがあると思った。美しいけどね。


 御ミサの話をしたが、砦の兵士になる条件に、聖なる普遍の教会であるカトリック教会の信徒でなければならないというのがある。俺の様に、全員がカトリック教徒であるミッテンヴァルト砦出身の場合は、砦に勤める神父様が証明してくださるので、特に審査はない。

しかし、ミュンヒンまで旅をしてやってきて、兵士に志願した場合の審査は厳しい。 ミュンヒンには、兵士の募集事務所があるのだ。


 募集事務所では、異端ではないことから試験がスタートする。主の祈りが正しく唱えられるかなどの簡単案テストで、意外と簡単だが、異教徒や異端の人間はかなりの確率で間違えるらしい。


あと、悪魔憑きではないかとか、悪魔と契約をしていないかなどの審査もある。

悪魔憑きは聖水をかけられて、さらに飲むという審査だ。悪魔憑きなら、聖水を掛けられると肌が爛れてしまうし、喉も焼けてしまうのだ。ほかに、十字架を握らせるとか、押し付けるなんていうのもある。聖歌を聴かせると嫌がる性質を利用したりなど、悪魔憑きテストは色々あって楽しい。


次に、悪魔と契約している者は涙を流せないという習性があるので、泣いて涙を見せるという試験の方法もある。

俺は、砦生まれでもちろん審査なしだが、父親の葬儀ミサで大泣きして会衆に証明したようなものだから疑われることがないと勝手に安心している。


 まぁ、色々あったが、無事に卒業できて、いよいよ兵士になることが出来た。


 新兵としてインスブルック砦に出発するときは、母親に泣かれて困った。まだ弟や妹がいたのだから、かあちゃんも独りになるわけではないのだが、インスブルックに行けば、父のように、俺の死ぬ確率が高くなるわけだから、母親としては辛いものがあるのだろう。


 母親を残していくのだが、経済的には安心している。父親は悪魔との闘いで命を落としたので、いわば殉教者扱いだ。教会から些少だが補助があるし、父親はバイエルン大公の家臣であったので、一番下の階級ではあるが、遺族年金がローマ皇帝とバイエルン大公から支給されているのだ。皇帝からも年金がでるというのは、悪魔と戦う人間の軍隊の総司令官がローマ皇帝だからだ。


 かくいう俺も、インスブルック砦に行けば、大公様の家来として扱われるようになる。誇らしいことだと感じていたし、今でもそう思っている。


 そう、インスブルック砦に配属された日のことは、よく覚えている。ミッテンヴァルトの俺の家で、母親に手伝って貰いながら鎖帷子を着て、家族と別れの挨拶をして、砦の小さな教会に集まり、神父様から祝福を受け、聖別された白い半袖のチュニックを戴いた。


このチュニックは、祭壇の上に置かれ、神父様が一晩中、祈りをささげてくださったものだ。


チュニックの胸には、白く、青い竜が横を向いて炎をチョロっと吐いている絵が描かれている。青い竜のチュニックは、階級的には一番下の兵士が着ている。これはバイエルン大公の家紋の一部を戴いたものだ。

騎士様になると、盾に大公様の家紋の中央部分をつける。チュニックにも家紋の中央部分のみが描かれたものになる。騎士様には憧れるが、俺は身分が低いのでなれないだろう。戦いでものすごい戦果を挙げれば騎士になれることもあるらしいが、どの程度の手柄が必要なのかは分からない。そもそも、子供の頃から乗馬の訓練をしていないと、実践では使えない騎士になってしまう。下馬戦闘命令が出るまで逃げ回ることになるし、そもそも馬を操れるかどうか不安だ。

 

 チュニックに話を戻すが、もともと敵味方を見分けるためだった。相手が魔物ならチュニックなど着てないが、過去の人間同士の戦争の名残だ。イン川に沿って複数ある各砦は、二人の大公様による共同戦線であるため、オーストリア大公の砦もある。このチュニックはどこの砦所属であるかを示すものでもあるのだ。ちなみにインスブルック砦の隣のテルフス砦では、黒い生地に白抜きの横向きの獅子の絵が描かれている。これも大公様の家紋の一部だ。



 はじめて砦に着任した時のことは今でも鮮明に覚えている。


 俺たちは、ミッテンヴァルト砦から馬車に揺られて街道を南に下り、くねくねと曲がりくねった峠を降りてから街道を東に向かい、街道から分岐された新しい道を通って、インスブルック砦の西門から中に入った。


 門は跳ね上げ式だ。鎖がガラガラと音を立てて巻き上げられ、橋兼用の扉が城門にだーんと当たった瞬間から、俺の砦暮らしが始まった。馬車は城門の内側についた鉄格子の門があげられるまで、待機だ。それから、中庭にまで進み、そこで俺たちは下ろされた。

 そして、その場で整列し、砦の主任司祭様から祝福を受け、砦の隊長の訓示を聴く。

 砦の隊長というのは貴族で爵位持ちだ。訓示の内容は殆ど覚えていない。善きキリスト教徒として普段の行いに気を付けるって感じだった。ドイツ最初の聖人マルティネス様についての話があったと思う。あと、悪魔の姦計に注意しろってぐらいだったかな。

 それから、すぐにハインリヒ小隊長に配属先に連れていかれて説明を受けて、私物を3階のベッドの枕元に置いて、また、新兵だけが集められて、砦の中を案内された。


 そんなことを想い出していたが、そうだ、西門にいかなければならなかったんだ。遅れたら怒られるし、小隊の名誉にかかわるからな。急ごう。


 ハンス隊長に呼ばれたということで、俺が担当している砦の北側にある、城に行くことになった。普段、あまり城部分には行く用事がないので、思わず、いろんなことを想い出してしまったのだ。


 インスブルック砦は中庭を持っており、その中庭を囲むように城壁がある。北側の城壁を取り込んで、砦の幅いっぱいに城が造られており、西門はその城の横腹に設けられている。


 この城部分に行くのは楽しみだ。若い女性が結構いるからだ。俺の妹も何年かすれば、同じように砦に採用されて下女となる。彼女たちは、砦の色々な部分を支えている。

 料理や、裁縫などの技能を生かした役割だ。


 例えば、三つある南側の各塔に届けられる食事の準備だ。北側の城では、食堂に準備される料理などを毎日作っている。裁縫が得意なものは、鎖帷子の下に着る、パッド入りの下シャツやパンツなどを縫う。


鎖帷子は直接肌につけるものではないから、消耗してダメになった下着を補修したり、新品に交換したりしなければならない。なにしろ、基本的に勤務時間は常に鎖帷子を着ているわけだから、消耗が激しいのだ。裁縫の才能に乏しい女子には掃除が割り当てられる。剣術や弓術に優れた女性もいるらしいが、ここの砦にはいないようだ。


 俺の目的は、そういう独身女子達だ。大抵の女子は、この砦内で相手を見つけ、結婚する。そして、ミッテンヴァルトに住み替えをする。つまり、子どもをなすための生活にシフトする。俺の狙いは妻をゲットすること。砦勤務は変わらないが、それでも休みをもらって時々ミッテンヴァルトに定期的に妻に会いに行くことができるのだ。


 何しろ大公様が推奨している慣行なのだから、それに従わないわけにはいかない。俺の一族は土地も財産も何もない底辺の一族だが、それでも、大公様の兵士として、代々血を受け継いでいかなければならないのだ。産めよ、増やせよ、地に満ちよだ。神の栄光のための戦争に勝利しなければならないのだ。


 話が逸れたが、やはり、青年である俺は、パートナーが欲しいのだ。だから、若い女の子と会える可能性が高い城部分には行きたいし、行けば目を皿のようにして、探すのだ。


 俺の所属する塔から城に行くには、中庭に一度降りて、中庭を突っ切って行くルートと、城壁沿いにぐるっと中庭の上を巡るルートがある。

 中庭は兵士たちの訓練が行われていることが多いため、大抵、城壁の上を通るルートを選ぶのが殆どだ。


 俺は、塔を出る前に、身だしなみを整えた。まずは、ヘルムや鎖帷子の錆をチェックする。金属類はピカピカに磨き上げられていないと恰好つかないし、弱そうに見える。女子たちも強い男が好きだ。結婚したけれど、子供ができる前に戦死してもらっても困るからだ。そしていつも愛用している弓を肩から斜めに掛け、小さめのバックラーと槍を持った。勿論、片手剣は腰に下げている。あと、短剣もベルトに下げた。


 塔を出て城壁の上を西側に向かう。途中で当番の兵士と会い、挨拶をして脇を通り過ぎた。城壁の上は、中庭側には手摺がないので、気をつけないと中庭に落ちてしまう。二人の当番兵にそれぞれ道を譲ってもらい通りぬけた。

 次は、西南の角にある塔の周りを歩いて通る。塔の2階レベルの高さに沿って、廊下がつけられているため、塔の内部に入らなくても通行できる。そのあと、西側の城壁の上を通って、また当番兵に道を譲ってもらい、やっと城に辿り着いた。


 この城壁の上の通路は、城の西側にある門の上に繋がっている。まっすぐ行くと、橋を鎖で吊り上げる巻き上げ機が置いてある部屋にいける、そしてその上部には、内側の鉄格子をぶら下げる仕組みが設置されている。ここに配属されている同期のやつもいるが、女子に会える機会が多そうで羨ましい限りだ。俺なんか、もうそろそろ砦に来て半年が経つのだが、いまだに出会いがない。


 西門の上の部屋にいたのだが、伝令が探しにきて、集合場所は西門の手前だそうで、俺は走って階段を下りた。良かった。ハンス隊長は怒ってないみたいだ。


「さて、これで全員集まったな。今日の作戦を説明する。

 本日の任務は砦西側のパトロールだ。テルフス砦との警備境界まで見る予定だ。期待していたものもいるだろうが、残念ながらイン川には近づかない。

 基本的には、街道に面する森内部の探索だ。二人一組のチームで確認する」


(残念、川は見れないのか)


 ハンス隊長は一同を見回し、赤い右側の髭を指先で整えてから、また言葉を続けた。


「森の近くには、廃屋がある場合がある。念のため、廃屋もチェックする。

廃屋の入り口には、日付がナイフで刻まれているかチョークで書き込まれているはずだ。それは最後にクリアした、つまり、中の安全の確認ができた日付を示している。

 くれぐれも、この日付の無い廃屋には立ち入らないこと。クリアは部隊全員で行わなければならない。まぁ、日付の無い廃屋は恐らくないとは思う。

 以上、質問がなければ、二人一組になって装備のチェックをしてくれ」


 俺は一番近くにいた兵士を相手として、相互に装備チェックをした。まぁ、見るだけだけど。装備は各自に任されている。大差ないが、各自得意な得物が違うので、仕方ない。中には片手剣を下げてくるのを忘れたりするやつがいるので、こういう目視点検は重要だ。


 俺の前に居た兵士は、大型の盾を持ってきていた。俺は、金属製のバックラーだ。

 重さはどちらも変わらないぐらいだが、野外で集団戦の場合は、大型の盾のほうがいいかもしれない。俺の相棒は、隣の小隊のヘルマンだ。城壁の上で見かけることはあるものの、あまり話したことはない。年齢はあまり変わらないが、ヘルマンはミュンヒン採用組だ。同じ時に砦に配属された同期だ。


「ヘルマン、よろしく」

「こちらこそ。やはり、バックラーのほうが良かったかな?迷ったんだけど」

「いや、悪い選択ではないと思うよ。沢山、矢を射かけられた時は大型の盾のほうが助かる確率が上がるじゃないか。俺は、何も考えずいつもの装備できちまっただけなんだ。外を歩くことが多いならそっちのほうがいいと思う」

「そうなのかな・・・ま、まったく敵に会わないこともあるらしいから、それを期待するしかないかもな。実戦経験ないから不安だよ」

「あはは。それは俺もだよ」


(最近は砦への攻撃も少ないからな。実際入隊してから1回も無かった。遠くに魔物を見つけて城壁の上から矢を打ったことが少しだけだ。だから俺もすごく不安だ)


「よし、やめ。今チェックを互いにした相手を相棒として回ること。では行くぞ。

 隊列は2列縦隊だ」


 ハンス隊長が手をあげると、鉄格子が鎖の音を立てて上がっていった。


いかがでしたか?

よろしければブクマお願いします。


文中に出てくる地名は、現在も存在する地名です。

インスブルック砦は歴史上では存在しませんので悪しからず。

次回は、新兵が戦闘に巻き込まれます。

オットーは生き残ることができるか?

(どこかで聴いたようなフレーズですみません)

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