プロローグ
新シリーズです。遅筆ゆえに構想はあるものの、すべてが遅れています。すみません。
インスブルック界隈で起こるいくつかの話をオムニバス形式でリレーしていく予定です。
時限的には塩砦で活躍する空飛ぶザクセン傭兵団と同じ頃を描いています。
ミヒャエルが火あぶりになりそうになった頃よりは少し前からお話はスタートしています。
本家のストーリーのほうもよろしくお願いします。
インスブルック戦記
西暦1172年 晩秋
男が、城壁の上に立っていた。
男は、鎖帷子を着て、コイフ(鎖帷子の頭巾)の上にヘルムを被っている。鎖帷子の上にはチュニックを着ていた。
チュニックは白く、胸に青い横向きの竜の絵が描かれている。竜は下のような炎のようなものを口から出している。そして、男は左手に丸い小さな丸い金属製の盾を持ち、反対側の手に背丈よりは少し短いパイクと呼ばれる槍を持って立っていた。
季節は冬に近づきつつある秋ではあるが、今日は特に風が強く、男の身体は寒さに悲鳴を上げようとしていた。
しかし、男は寒さに耐えて、その視線は、城壁の外、前方に向けられている。
視線の先には、インという川が、雪や氷河の解けた水を集めて流れている。丁度真上に上がった太陽の光を反射し、キラキラと光っていた。
さらにその先には敵の砦が見える。敵の砦の背後には険しい岩塊で構成された壁のような高い山が控えており、その上部は夏でも消えることのない冠のような万年雪が、段々とその大きさを大きくしている最中であった。。
雪を頂く高い山は、この地方の共通の風景だ。男が立つ城壁の後ろ側にも、同じような岩山が壁のように聳え立っていた。男は若者だ。
その男が見ている光景は、もし敵が、同じように自分達の砦の城壁に立ち、こちらの人間の砦を見たとしても、同じような描写をしたことだろう。敵に風景を感じる力があればだが。
男が城壁の上部の通路を巡回していると反対側から同僚が近づいてきた。ほぼ同じ格好をしている。すぐにこの砦に所属する兵士だと分からないと、乱戦の時に同士討ちをしてしまうからだ。
「中央東側異常なし」最初に立っていた男が後から来た男に話した。この男もかなり若い。
後から歩いてきた男がそれに応えるように頷くと、口を開いた。
「西側も異状なしだ。このままだといいのだが」
ここは非常に高い南の山と、同じく非常に高い北の山に挟まれた谷だった。その谷には、イン川が蛇行しつつ流れ、お世辞には平野とは言えないような狭い土地が広がっていた。
川の両側には狭いが平たい土地があるが、すぐに斜面になり、それは暫く続き、砦はその斜面に立っていた。そして砦のすぐ後ろで緩い斜面は突然途切れ、いきなり岩の塊が垂直に近い形で切り立つ様に立ち上がる。
その様は、人を寄せ付けるようなものではなかった。南北の山に登るには、くさびを岩肌に打ち込み、鎖なり、ロープを通して命綱とするしか方法はなかった。
両軍とも、軍隊は、山を越えることはできなかった。つまり、天然の要塞としての機能を持っていたのだ。もちろん、山にも切れ目があり、そこには千年以上も前から、通商の道が存在していた。この谷の街、インスブルックも古くから通商ルートの中継地として栄えたローマ人の街だった。
非常に高い山を、背にすることで、後ろからの攻撃を受けなくて済む。前だけを見ていればいいからだ。この砦はインスブルックの街の名前に因んで「インスブルック砦」と呼ばれている。
砦の周囲の土地は、短い緑色の草に覆われている。ところどころに小さな森が点在し、もとは家だったものが、森と同じようにポツリポツリと残っていた。
あるものは屋根が落ち、あるものは土台だけになってしまっている。インスブルックの谷では、積雪に備えて、高い基礎を石で組み、その上に木造の屋根を載せる建築方法が主流だったため、人が住まなくなると、木造部分がダメになってしまうのだ。家というものは不思議なもので、人が住んでいるのと居ないのでは格段の差があるものだ。草で葺かれた屋根は、下で調理して煙を出さないと傷む。そして雨が漏り出すと今度は木造部分が痛む。また冬には雪が積もるが、人がいなければ、屋根の雪が解けず、またこれも痛む原因になる。
人の地が戦場となり、荒廃してからほぼ200年近く経つ。突如として現れた悪魔の軍勢は、イタリア全土を覆い、人々は北へ逃れた。悪魔の手先たちは、逃れた教皇を追い、アルプスを越え、ドイツ南部を蹂躙したが、人間の努力により、押し返された。
しかし、この谷で踏みとどまった悪魔軍と人の軍とが対峙し、戦線として膠着し、100年以上が経った。イン川の東西に戦線は伸び、両軍の小競り合いが頻発し、このインスブルックも戦場となり、残った家も、燃えてしまったものも多い。
「寒くなってきたな。バイエルン人」
ラテン人が寒そうに背中を丸めて、男と同じインスブルック砦の城壁の上を歩いてきた。季節はまだ秋だが、ここは高地ゆえに寒い。バイエルン人と呼ばれた男は、寒さには強いようで、平気な顔をして応えた。
「そうだな・・・でも、トカゲ野郎どもは寒くて動けなくなるから、これからは気が楽になるぜ」
するとすかさず、ラテン人は決まった文句を繰り返すのだった。
「こういう時に突撃して、トカゲ野郎どもを蹴散らすといいんだが・・・」
「またその話か・・・」
バイエルン人と呼ばれた男は、あきれたように笑い、すこし黙り、また、口を開いた。
「その前に寒さ対策を、したほうがいいぞ。お前はな」
そういわれた男は大げさに肩を竦めたが、同意してはいるようだ。
「まあ、おれは暖炉の警備が向いているからな。突撃は寒さに強い部族でやってくれ」
「おいおい・・・攻め込もうといったのは、お前だろうが」
彼らは、二人とも兵士で、インスブルック砦の城壁で警備についている。東西に連なる山の中腹に沿って建てられた、砦というよりは、ほぼ城だ。石とモルタルで造られている。かつては丸太で建てられていたのだが、100年以上の月日をかけて、強固なものへと改造されていったのだ。
彼らの眼下には、小さな平野が広がっている。平野には川が蛇行して流れており、南北に境界線をつくるかのように二つの陣営を分けている。
それは小さな平野というより、広い川岸といった方が正確だろう。その南北には、インスブルックという古代ローマ人が開いた小さな街があったが、度重なる戦によって、人の住めない街になってしまった。人間は山城のような砦に守備隊として住んでいるだけだ。狭い平野の南北は、緑色の斜面が続く。
城壁の上に立つ、もう一人の男は、南のムラーノ島(ヴェネチアの近くにある)から200年ほど前に逃げてきたラテン人の一人だ。イタリア半島から数多の人間が逃れ、商売がうまいものや、手先の器用なものは、商人や職人として各地に定着したが、元々の武人や、特技のないものはゲルマン諸公の傘下に兵士として加わった。やがて時が流れ、ゲルマン人と混血し、職業軍人や傭兵として力をつけていった。
「おい、アントニオ。お前の一族はみんな寒さに弱いのか?」
「バカを言うな。もう何世代もこの寒くて高い山だらけの土地に住んでいるんだからな。もう慣れたさ。残念ながら、寒いのは平気さ」
「お前、面白いやつだな・・・平気とかいいながら、鼻水が出ているし、それに鼻が真っ赤だ」
アントニオは慌てて鼻に手をやった。鎖帷子で出来ている手袋の内側は動物の皮が貼られているのだが、そこで鼻水を拭いたようだ。そして、何事もなかったように話を続けた。
「そりゃ、トカゲ野郎どもを駆逐して、暖かい故郷に帰りたいさ。でも、もう、南の言葉は殆んど話せなくなっちまったし。奥さんはバイエルン人だし。それに、島周囲の海には、海ドラゴンみたいな魔物が出るって噂だ」
「そうか・・・島に上陸する前に、舟ごとパクッってか?」
「あははは、嫌だいやだ・・・まぁ、一思いに首から上でも食われたら楽だろうが・・・足とかだったら・・・」
聴いているバイエルン人は、変な顔をして、首を小刻みに左右に振った。
「うわ、想像しちまったよ。腰から下をパクッていうのは止めてもらいたいな・・・」
「確かにな、即死じゃないだろうな」
「おや、オットー。トカゲ野郎の城から煙が上がってきているぞ。なんか・・・いつもより黒くないか?」
「大方、寒さに耐えられなくて、なんか拾ってきた変なのでも燃やしたんだろうぜ。油でも混ぜたんじゃないか?一応、上に報告しておいたほうがいいだろう」
「そうだな。ちょっと詰め所にいって、報告してくる。ついでに暖炉であったまってくるぜ」
「おう、いいけど早く帰ってきてくれよ。赤鼻のラテン人」
「おいおい、いい加減、赤鼻ラテン人というのは止めろよ。おれは、由緒正しいムラーノ島のガラス職人の息子、アントニオだ」
「へいへい」
オットーは、手をひらひらさせて、早く行けという合図をした。城壁を移動していくアントニオの後ろ姿を見送った。
(ガラス職人が嫌で兵士になった癖に・・・)
オットーは、ふと振り返り、北に目をやると、城の北に聳える山の冠雪が白く光っていた。
【ムラーノ島のガラスは有名ですが、空気を吹き込む工法はこのあたりでの発祥とされています】
その反対側、南に目をやると、同じく南側にも高い山がつらなり、その山頂には、ずっと東西に雪が白く積もっている。オットーは、目をまたアントニオの背中に戻した。アントニオは、砦の南城壁の中央にある、塔に向かって歩いている。
南側の城壁には、東西にそれぞれ一つ、そして中央に一つと、合計で3つの塔が建っていた。
塔は彼らの事務所であり、詰所であり、そして住まいでもあった。塔にあるゴツイ木製のドアを押し開けて、アントニオは中に入っていった。見るべき後ろ姿を失ったオットーは、正面を流れる川面に視線を移し、それから、ぐるっと砦の周囲を確認した。退屈なぐらいに異常はなかった。
そう、廃墟を見ないでおけば、自然豊かなアルプスの谷だった。
インスブルックは、南北を壁のような高い山に挟まれた低い平野にある。イン川は、アルプスの山を源流として、ドナウ川に流れる川だ。このあたりの川幅は広くはないが、川を挟んで悪魔の軍勢と、人間の軍勢が対峙するのには、ちょうどいい広さだった。雪解け水を水源としているため、寒くなると水量が減る。水面は日差しを浴びて相変わらずキラキラと光っている。
オットーは、川の向こうの悪魔軍の砦をみて、まだ黒い煙が出ているのを確認した。そして、その向こう側にある、高い壁のような山々を見た。
「確かに、あの山の向こうにどんどんいけば、すぐにイタリアなんだな・・・」
オットーは、しみじみと呟いた。よく、アントニオが呟いている言葉だった。
アントニオ自身は、もう自分はラテン人ではないと思っているようだが、やはり、ムラーノという島には一度行ってみたいと感じているようだった。インスブルックの目の前の、南の山々を越えていけば、もちろん、峠を通るのであって、山は越えないが、そのまま、かつてのイタリア王国にいけるのだった。
インスブルックには、1000年程度前からラテン人が居た。だから、アントニオは、よそ者というわけでもない。この辺りにはラテン人の子孫も多かった。しかし、悪魔軍は谷の住人を駆逐し、戻ってくるものは殆どいなかった。
この古い街インスブルックは、イタリアとドイツを結ぶ街道の途中にあった。交通の要所は軍事的にも重要な拠点になる。実際に、現在は、人間と悪魔のそれぞれの軍隊が睨みあっている最前線の一つなのだ。
オットーは、忌々しげな表情をしながら、悪魔軍の砦を睨んだ。
「忌々しいトカゲ野郎め。地獄に堕ちやがれ!」
ちょうどそこにアントニオが戻ってきて、驚いた顔をした。
「なんだよ、大きな声を出すから敵襲かと思ったぞ」
アントニオは、城壁の狭間から身を乗り出して、下を覗いた。念のため敵襲かどうかを確認しているようだ。確かに、こんなに寒いと、彼らがトカゲ野郎と呼んでいるリザードマンたちは砦からは出てこない。いや出てこれないといったほうがいいだろう。もうそろそろ平野にも雪が降る頃だ。さほど積もらないが、トカゲ野郎にとって寒いのはつらいそうだ。もしかすると交代で冬眠でもしているかもしれない。
「あのさ、「トカゲ野郎、地獄に堕ちろ」って叫んでたけど、あいつら、地獄から来たんじゃねえの?」
「そうか、じゃ、尻尾を巻いてとっとと帰りやがれ!この野郎ってか?」
二人は顔を見合わせて軽く笑った。
イン川あたりの戦線は、オーストリア大公やバイエルン大公の軍が担当している。100年以上かけて、防衛の拠点である砦をいくつも築いてきたのだ。戦線自体は膠着していて、ここ百年は、斥候同士の小競り合い程度しか起きていない。しかし、均衡が壊れることがなかったのは奇跡かもしれないと皆思っていた。ちょっとしたことで、両軍のバランスが崩れると、大変な戦に繋がるかもしれないと、どこか不安を抱えたままだった。
イン川のある谷の北側、つまり砦の背後の山を越えると、同様に多数の谷があり、天然の要衝となっている。人間側からすれば、防衛しやすいところだ。
ただ、この山岳地帯を西にいけば、ボーデン湖という大きな湖があり、そこから北へ、悪魔の軍勢は舌を伸ばすように浸食してきていた。更にライン川に沿って西にいけば、その先は、地獄と人間の土地がそっくり入れ替わっている地帯になる。ライン川の北側と東側は、ザクセン大公の軍隊が城塞都市や砦にこもり、死守し続けていた。
城壁の守備は二人一組で勤務している。弓兵と槍兵の組み合わせだ。そして城壁の守備の要として、塔があり、詰め所と呼ばれている。塔の最上部には、ホルンと呼ばれる大きな角笛を構えた兵士が常に目を光らせており、敵襲や、異常があれば、吹き鳴らすことになっている。
この時、吹き鳴らされるメロディは、砦によって異なっており、敵襲の音を聴けば、どこの砦が交戦中なのかわかるようになっている。そして、それを聴いた東や西の砦は、同じメロディを吹き鳴らす。それによって山脈沿いのすべての砦が敵襲の情報を共有できるというわけだ。ラッパ手でなくても、砦の兵士たちは、新人の時に叩きこまれ、メロディを聴き分けられるのだ。
オットーは、弓を構えて、城壁の狭間を覗き、異常がなければ、少し先の狭間に移動し、同じ動作を繰り返す。アントニオは槍を持って、オットーのやや後ろについて、城壁の廊下を歩き、万が一侵入されたときに備えている。城壁を超えた敵を突き刺し、突き落とすのが役目だ。
アントニオは、ゆっくり歩いているが、狭間の前だけは、気持ち早めに通り過ぎる。狭間は、敵を攻撃するためのものであるが、同時に敵から攻撃される可能性もあるからだ。
最近は少なくなったが、100年以上前は、飛竜が音もなく滑空してきて、城壁の人間を急降下で襲うこともあったので、オットーは、下だけでなく、上空のチェックも怠らない。オットーもアントニオも、いや、砦の守備兵全員が、古残兵であっても、飛竜を見たことはなかったが、弓が大して効かないということは伝承で知っている。その時のための槍兵でもあるのだ。まぁ、槍も、腹に甲冑をつけた飛竜には、あまり効かないのであるが、投げるよりは差す方が当たりやすい。
彼らの習性は幾たびにも渡る厳しい戦いの中で語られ知られていた。
空から滑空してきた際の武器は足の爪だが、口を使ってかみつくときは、一度地面に降りないと噛めなかった。滑空してくると一旦降りるか、羽ばたいて上昇するしかない。下りてしまうと、飛び上がるには広い場所と長い助走が必要だった。だから、城内に落としてしまうと、比較的簡単に仕留めることができたそうだ。とはいえ、犠牲も多かったが。幸いにして、竜と言われる割には鱗はさほど固くなかったらしい。
オットー達は、城壁勤務のときは、ずっと、同じような動作の繰り返しをしているため、かなりマンネリになってきていた。単調で、単純な作業だ。これを緊張感なくずっと一日やって、別の兵士たちに交替して、寝る。夜勤も一定の間隔であるし、何もなくて休んでいい日も少しあった。慣れとは怖いもので、悪魔軍との戦闘状態であるという事実は、実感として薄れてきていた。
しかし、斥候部隊に配属される時もある。斥候になると、イン川の手前まで、隠れて近づき、上流もしくは下流を探索し、また砦に戻るコースを歩くのだ。
探索の目的は、渡河を可能とするような状況ができていないか、または、橋などの構築物が出来ていないかのチェックだ。
インスブルックとは、もともとイン川の橋という意味である。古代ローマ時代に、ここに橋があったのか不明だが、あまり川幅もないので、渡りやすかったのだろう。実際に砦の前に見える川は浅瀬で、水が少ないときは、なんとか歩いて渡ることができた。厳冬期には、川が凍り、氷の上を濡れずに歩いて渡ることもできた。
だから、敵にとっても、味方にとっても、攻めやすい最前線だったのだ。
この川を挟んで、斥候が向かい合うことがあっても、弓や投げ槍の応酬になるだけで、橋がないだけ、エスカレートしにくい。リザードマンは弓が得意でないようで、槍を投げてくるが、よほどのことがない限り、当たるようなことはない。そして、彼らの体の皮が厚い分だけ、人間側の弓も彼らを仕留めにくい。また、彼らも盾を使うし、鎧もつけているのだ。
リザードマンは、トカゲの割に、泳ぐのが得意ではない。それに厳冬な地域なので、寒さに弱い。なぜ、彼らがこの地の悪魔軍の主力なのか謎だ。
ただし、橋ができたら、つまり、地上を悪魔の軍隊が大挙して押し寄せるとなれば、人間は苦戦するだろう。リザードマンは、体はさほど大きくないが、硬い皮膚を持ち、頑丈にできているうえに、盾を使いこなすので、力で押し切ることができる騎馬部隊が多くないと戦線を突破されてしまうだろう。だから予防的に橋を造らせないための斥候の任務は何気に重要だった。
それに、兵士たちは、斥候の当番にあたることを楽しみにしていた。数少ない外出の機会だからだ。
日が暮れてきた。城壁の各所にかがり火が用意されて、火が灯されていった。オットーは、城壁の一番西まで歩き、小さく見える隣の砦を観察した。この砦の東西には、どちらにも人間の拠点が設置されている。西側が、バイエルン公の砦で、東がオーストリア公の砦だ。東の砦のさらに東にも砦がある。
この砦はバイエルン公の砦だ。
イン川に沿って一定間隔で設置された砦は、防衛ラインを構成している。このエリアは、アルプス山脈の急峻な山岳地帯だ。特に高い山々が連なっており、皇帝山脈と呼ばれている。高く聳える山に常に雪が被っており、皇帝の冠のようだからであった。この山から吹き下ろされる風は、氷の上を通ってくるため、異常に冷たかった。
これらの山は、歩いて超えることが難しい。魔物であっても厳しいだろう。実際に、魔物の多くは地獄からきているため、寒さには強くない。したがって、進軍や戦闘も人間が通る街道沿いに行われる。
あまり雪が深いところでは、寒さで動けなくなるからだろう。人間も新雪の中を歩くのは、非常に体力を消耗する。それ故、砦の監視機能は重要だった。
今日の当番業務を終えたオットーとアントニオの二人は、城壁に3か所あるうちの中央の塔に戻ってきた。
塔は、城壁の一部を利用して建てられている。ここの砦の塔は皆、角形だった。他の砦では、丸いところもある。塔自体は、地下を含めると、4層構造だ。屋上もあるので、実質5層といってもいいだろう。
まず、城壁の巡回警備路と同じ高さの階が2階だ。ここは警備兵の執務室でもある。塔は、城壁の一部であるので、向こう側の城壁にいくには、この階を貫通するように通らなければならない。敵が侵入したときに備え、この2階の城壁側には、頑丈なブロックドアが設置されている。
そして1階が備品庫だ。この城壁のフロントラインである南城壁には3つの塔がある。それぞれに同じ量の武具や食料などが保管されているのだが、これは、危険を分散するためだ。他が敵に蹂躙されたときに、塔の中に籠城するように配慮されている。
地下には、井戸が設置されている。塔の周辺に降った水も地下にためられるように作られている。これも籠城を意識したものだ。もちろん中庭にも井戸が掘られているのだ。
3階は、その塔に勤務する兵士たちの寝床だ。2段や3段ベッドなので、狭いが、疲れて寝るだけなので、文句をいうものはいなかった。
4階が、待機所であり、娯楽室であり、会議室でもあり、なんにでもこの階が使用された。非番の日も一日をここで過ごす者が多かった。それは、出かける人間の街など、どこにもなかったからだ。兵士たちは、すべてをこの狭い城壁と塔の間で費やさなければならなかったのだ。そして、ここの4階は作業部屋でもあった。
ここに滞在するものは、武具の手入れ、修理、矢羽根の製造などをこなさなければならない決まりだったのだ。この部屋の滞在条件はまさにそれで、どれもできないものは、2階にいなければならなかった。オットーもアントニオも、まだ4階には上がれなかった。
「クソ―、こんなことになるのなら、ミッテンヴァルトでコイフの造り方でも学んでおけばよかったぜ」オットーが悪態をついた。
「あ、それな。俺もそう。武具職人志望のやついたじゃん。あいつに誘われたんだけど、断っちまったんだよな。あの時の俺にだれか言ってくれればよかったんだけどな」
「まぁアントニオ、人生ってそんなもんなんだろうな」
「班長はさ、気にせず上がって来いっていってくれるんだけどさ、ルールはルールだもんな」
「お前も言われたんだ。俺も、班長に誰かに教えてもらわないと、ずっとそのままだぞって言われたよ」
二人はお互いを見つめて深いため息を吐くのであった。
いかがでしたでしょうか?
武具等は、当時の時代考証に沿っています。中世の鎧はプレートメールとイメージされる方が多いですが、鎖帷子の時代のほうが長かったようですよ。
次回は、オットーの視点を中心とした砦の生活と、砦の外に斥候に出て、魔物と戦うお話の予定です。
ご期待ください。