Dra. Call
8年ほど前に書いてみたものの、その後放置していた作品です。
辰年ということもあり、ふと思い出したため初投稿してみました。
「どうしてこうなった?」
もう何度目とも知れない言葉が夜風に流されていく。人類が隆盛を誇ったのも今は昔となっており、眼前には朽ち果てつつある高層ビル群が広がっていた。嘗ての喧騒が嘘のように静まり返り、焚き火の弾ける音と虫の音のみが耳に届いてくる。誰も答える者のいない疑問は鬱々とした気分を反映して自然とその単語が口から零れてくるのだ。そんな気持ちを切り替えるために、ひとつ深いため息をついて、隣で寝息を立てている少女へと視線を向ける。
少女の名前は雨宮楓。自分がまだ“人間”だったころに出会い、現在の世捨て人のような暮らしを共にしている。
人間だった頃と表現したのには当然理由があり、現在の自分は誰もが一目散に退散するであろう姿形をしているからだ。全身を乳白色の鱗が覆い、頭部へ目を向けると口元は大きく前方へ突出している。それは巨大トカゲが2足歩行しているかのような姿形だが、ただのトカゲではなく、背中からは2枚の翼膜が姿を覗かせており、まるで空想上のドラゴンがヒト型をした竜人と評すべき姿形をしている。
龍河大地、それが人類が隆盛を誇ったころの自分の名だ。当時私は臨床研修医として総合病院へ勤務していた。楓と出会ったのもその頃であった。当時研修医だった私は小児科研修中の担当患者として楓を受け持っていた。楓は先天性免疫不全症候群を患っており、その遺伝子治療のために入院していた。
その治療にはある特殊なウイルスが用いられた。それはウイルスベクターと呼ばれ、ウイルスの遺伝子の中に免疫を正常に働かせるための遺伝子が組み込まれていた。そのウイルスが一度楓に投与されたなら、今度はその免疫の遺伝子を楓に分け与えてくれる優れもののウイルスだった。
数日してみるみる免疫の力が回復していくことが確認でき、とうとう楓はその働きにより日常生活を制限なく送れるようになっていた。
それから数年してあの事件が発生した・・・。
件のウイルスベクターもその性質に目がつけられ、軍事に転用されようとしていた。ヒトよりも優れた性質を持つ生物が世の中には溢れている。それらの生物の性質を取り込もうと様々な遺伝子を組み込んでいったのだ。初めは傷の直りが早くなったり、瞬発力が上昇したりと僅かな変化でしかなかった。もちろん見た目には変化が現れることはなかった。しかしウイルスは代が進む毎に徐々に牙をむき始めたのだ。
その年は空梅雨で、いつもより気温の高い夏であった。その影響か体力の低下による夏風邪の患者が、そしてそれ以上に熱中症患者の救急搬送が異常に多かったのを覚えている。40℃を超える高体温と、全身の関節痛を主訴に搬送されており、その時期にインフルエンザのような感染症の流行情報がなかったために、状況から熱中症ないしは夏風邪として治療されていた。死亡例も数例出ていたが、重症熱中症なら救命困難であり、大きな問題になることはなかった。様相が変化してきたのは残暑厳しい9月の半ば頃だった。患者数が急増し、これまでは最高40℃前後だった夏風邪患者の発熱が42℃を超える患者がみられるようになってきたのだ。それに伴い死亡率が急上昇。そしてそれだけではなく容姿の変化する患者たちが現れたのだ。あるものは身体の部分部分に獣毛の生え、またある者は皮膚の角化が進行し鱗状となり、またある者は表皮が肥厚し全身の毛が抜け落ちるものと様々な異常が見られ始めた。そして手指や足趾、頭頚部のパーツといったものも変形する例も見られた。
これらの患者が現れる頃になると世間でも問題化し始め、原因不明の疾患が流行しているとして一種恐慌状態に陥っていた。患者たちは隔離されたが、徐々に患者の発生エリアは拡大し、日本全国へと広がっていった。この頃には一種の感染症であることが疑われたが、原因微生物の特定には至らず感染経路も不明なままであった。憶測が憶測を呼び、患者とそれに近しい者たちへの迫害へと発展していった。
一方患者達の隔離施設内では奇妙な現象が観測されるようになっていた。回復へと向かっている患者達は皆第6感とでもいうべき感覚を備え、発火現象や放電現象、物理干渉能力であったりと何らかの超常現象を引き起こす力を獲得していた。そしてその力は体表に他の動物の特徴が強く発現しているものほど強い傾向が見られたのだ。力を得れば当然行使しようとする者たちが現れ、結果隔離施設は崩壊。収容されていた患者達は世に解き放たれる形となった。
一部は世間から身を隠し、人目を忍んでひっそりと生活することを選んだ。しかし力を得ると同時に箍が外れたのか力を誇示するため、あるいは隔離された不満をぶつけるために徒党を組んで暴れまわるものが多かったのだ。このため感染患者を「獣人」と蔑称し、排除しようと半ば内紛状態へと突入していった。獣人は絶対的に人数が少ないことから当初戦闘は早期に終結すると思われていた。しかし獣人たちはその優れた身体能力と能力を駆使してゲリラ戦を展開。戦闘は長期化し、泥沼の様相を呈していた。
自分も夏風邪と思われていた頃に無防備に患者に接触してしまったため感染してしまっていた。高熱は出たものの幸い快方に向かうことができた。しかし解熱したころより異変が現れたのだ。体幹部を中心に皮膚が鱗状に変化し始めたのだ。病気療養を名目に長期休暇を取得。自宅に引きこもる生活を送っていた。身体の変化は徐々に全身へと広がり、今や鱗に覆われていない場所を探すほうが難しくなっていた。変化はそれに留まらず、口鼻が徐々に前方へと伸びてゆきマズルを形成。肩甲骨付近からは徐々に肉が隆起していき翼を形成。手指は5本のままであったが、爪は鋭く伸びながら湾曲していき鉤爪に、足趾は気が付くと前4本、かかと付近に1本と変形。爪は手と同様に鉤爪となった。
全身の変化が終わるころには能力が開花したのだが、ここで不思議なことが起こった。一人一系統といわれる能力だが、複数の系統を使えることに気が付いた。炎、氷、雷、風を操ることができ、加えて重力場にも干渉できるようだった。力を最大限発揮した場合の効果は不明だが、多系統の能力が使えるのは明らかに異常であった。
そんなある日獣人ゲリラ組織の者が突然訪ねてきた。どうやら彼らの中には予知能力だったり千里眼といった能力者も居るような話であった。それらの能力に引っかかって勧誘にきたらしい。私自身は今回の件は武力での解決は望めないと考えており、勧誘を丁重にお断りした。しかしこれがいけなかった。ゲリラ組織の幹部たちは力を授かったにも関わらず味方しないものも後の脅威として須らく抹殺する方針だったようだ。勧誘に来ていた獣人がいきなり態度を翻し、攻撃を仕掛けてきたのだ。咄嗟に重力操作で大気のバリアを形成するとともに、相手の周囲の重力場を強め、放電もおまけして動きを封じることに成功した。無力化した相手から手短に現状を聴取したのち、已む無く自宅を離れる決意をし、当てのない旅へと出ることになった。
地上を移動していては目立つので空を飛んで移動していた。その最中にふと地上へと視線を落としたところ奇妙な集団を見つけた。ぱっと見は獣人が数人の集団で移動していただけなのだが、その中の一人が人間の少女を担いでいるようだった。その少女は気絶でもしているのかピクリとも動かない。少し気になったため風を操作して、その集団の会話を拾ってみることにした。その会話の大半はどうでもいい雑談であったのだが、しばらく会話を聞いていたところで気になるワードが出てきた。どうやらこの少女は獣化してはいないにもかかわらず、何らかの能力を有しているようだと。ただ能力の詳細まではこの集団は知らないらしく、取り敢えず攫ってくるよう指示を受けただけのようだった。先ほどゲリラとひと悶着した後だから少し気が引けていたが、少女の名前が「雨宮楓」と聞いた瞬間に一気に救出へ向かう方向に気持ちが傾いた。
救出することを決めたは良いが、その方法は全くのノープラン。先程のように重力操作と電撃では楓にも被害が及ぶし、炎も当然NG。氷や風もどう使う?あれこれ考えた結果、シンプルに上空という死角から仕掛けてスピード勝負で救出に挑むことにした。まぁ要は何も思いつかなかったとも言うのだが・・・。突風を吹かせて獣人たちの気を逸らしたところで急降下開始。楓を捕まえて再び急上昇とイメトレは十分。タイミングを見計らっていたところで会話を拾っていると千載一遇のチャンスが。どうやら休憩を取るようす。やや木々が視界を悪くしているが、それは向こうにとっても同じこと。意を決して突撃をかますことにした。目くらましのつもりで突風を吹かせていたが、うまいこと滑空中の風切り音も紛れさせてくれているようだった。気付かれずに楓の傍まで移動すると抱きかかえる形で一気に上昇へと転じた。下を見ると先の獣人たちが追撃しようとしていたようだがリーダーらしきものに止められているのが見えた。俺はそのままスピードを上げ、その場を離れた。
助け出すことが出来たのは良いが、其の後のことまでは全く考えていなかった。彼女の自宅に送ったところでまた攫われる危険があるし、自分もこんな|形≪なり≫だから人目に付くことは避けたいし・・・。とあれこれ考えていたところで楓が目を醒ましたのかもぞもぞと動き出す。まずいと思った時には楓は暴れだし、超音波攻撃まで炸裂した。
「落ち着いて楓ちゃん。」
両耳を抑えたい衝動に駆られながら、何とかその一言を絞り出した。
「・・・っえ?」
超音波攻撃が止んだところで、
「私のこと知っているの?あなたは?ここはどこ?」
と矢継ぎ早に質問が飛んできた。
「自分は龍河大地。昔大きな病院に居たんだけど覚えているかな?ここはどこかの質問だけども・・・何処だろうね?自分でもどのあたりを飛んでいるか分からないんだ。落ち着いたところで一度調べてみようか。」
「大地先生・・・?」
首を傾げているところを見ると覚えては居ない様だ。
「高いところを飛んでいるけど怖くないかい?寒くないかい?」
「私飛んでいるの??」
すると周りを見渡し始め、
「すっごーい。本当にお空の上だ。」
空気の層を作っているおかげで目論見通り寒さや息苦しさは感じていなさそうだ。どうやら完全に落ち着きを取り戻した様なので、どうして攫われたのか聞いてみることにした。
今後ストーリ展開で面白いものが考え付けば続きを書こうと思います。