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冒険者ギルドを出るともう夕暮れだった。
教えてもらったところは明日行くことにして、治療院へ戻り眠った。
朝になり朝食をいただき治療院を出た。昨日の態度が嘘のようになぜか好意的な目を向けられた。
それはそれで気持ち悪い…
まずは道具屋さんに向かった。
ケルトさんにポーションを渡すためだ。
道具屋さんは小洒落た雰囲気だった。
「いらっしゃいませ」
道具屋の店員さんは僕と同じくらいの可愛い人だった。看板娘なのだろうか。
店内にはいろんな物が置いてあり、文字がいろいろ書いてあったが分からないので聞こうと思った。
しかし、なかなか聞くことが出来ずにいた。
コミュ障の僕にはハードルが高い。
おじさんやおばさんは大丈夫だったのに…
ポーションらしきものがあるところを行ったり来たりしていた。
どのくらいウロウロしていただろうか…長い時間のようにも、短い時間のようにも感じる。
その間、店員さんが話しかけて来ないのはありがたかった。
話しかけられたら逃げたかもしれない。
しかし、このままではただの不審者だ。意を決して話しかけた。
「すみません。50万のポーションって売ってありますか?」
少し裏返ったが上手く言えた。
「はい。こちらになります」
店員さんは青いポーションを手にとって見せてくれた。
「そしたら、これを下さい。出来れば包んでほしいんですけど大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫ですよ。どのような紙で包みましょうか?」
「…?」
「どのような関係の方に渡されるんですか?」
「…?」
どういう意味か分からない感じを出していると説明してくれた。
渡す人と渡される人との関係で包む物の質や色が変わる。
例えば、恋人(彼女や妻)でも好きでもない人なのにピンクの紙で渡すのはいらぬ誤解がうまれるし、質が悪いとせっかく良いものなのに損をしてしまう可能性がある。
送る人との間で冗談が通じて、驚かせることも目的にあるのであればそれでも良いが、違うのであればやめた方がトラブルは少ないそうだ。
へぇ、そんなことまで考えないといけないのか。
「ありがとうございます。勉強になりました」
「それでどのような関係ですか?」
「そうですね。━━━━」
「やっぱりあなたが『小いさな英雄』だったんですね」
「えっ?その『小さな英雄』ってなんですか?」
僕が聞くと事情を話してくれた。
なんでも『ウルウルフ』は町の近くの街道に現れては道行く人を襲っていたらしい。
この状況に商人達もこの町を敬遠した。物が届かないのでそのため物価も上がり、庶民や貧民は苦しい状況だった。
他にも冒険者達の町の外の活動が出来にくかった。
低ランクの冒険者達に頼むような仕事も、中ランクの依頼になった。その分依頼料も上がるので更に物価が上がる。
他にもいろんな仕事に差し障った。
高ランクの冒険者も討伐を試みたが、『ウルウルフ』の勘が鋭いのか見つからず不振に終わるか、返り討ちにあい帰ってこなくなった。
そんな状況なのに税金が上がりそうだった。
理由は騎士団や高ランクの冒険者に遠征費用や補償費用、高額な依頼料を払って討伐してもらうためだ。
そんな理由なので納得は出来る。
だが、ただでさえ苦しいなかこれ以上支出が増えるのはかなりキツイ。
子供を奴隷商に売ることも検討するところもあったそうだ。こんな状況なので安い値段で…
そんな詰んでいた状況で『ウルウルフ』を利き手と記憶を失い、戦闘力が5になっでもに倒した。
ちょっとした英雄だ。それと子供であることをかけて『小さな英雄』らしい。
起きるまで僕がどんな性格をしているか分からなかったが、ケルトさんとウナクさん、治療院や冒険者の人から話を聞いたところ、たまに奇行は見せるがおおよそは礼儀正しい優しい子供という評価だったので安心したそうだ。
それに僕は治療院の高額な費用と『ウルウルフ』の素材を売るため、町に大きな経済効果を生んだ。
更に仲間を供養した冒険者に追加報酬まで出した。
町の人は本当に感謝しているとのことだ。なかには銅像を建立する計画もあるらしい。
【ピコンッ。称号『小さな英雄』を手にいれました】
そうか。昨日の町の人の目線はそういう意味だったのか、右手が欠損してた訳じゃないんだ…
そうだよな。魔物がいる世界なんだから欠損している人は珍しくないよな…
と現実逃避していた。
ちょっと待って。吐きそうだ。町から出たい。
コミュ障には辛すぎる。
しかも戦闘力が5っていうのも知れ渡っているって守秘義務はないのか?
アナウンスも今さら教えても意味がない。こんな事実知りたくなかった。
しかし町を出るのは現実的じゃないしな。
よし早くこの町を出れるように頑張ろう。
とりあえずやることはが決まった…
武器を作る?違う。
防具を作る?違う。
文字を覚える?違う。
銅像建立を阻止することだ。これは必ずだ。
「うぷっ…」
胸やけが…負けるなっ!今頑張らないでいつ頑張る。
「すみません。それで銅像の建立はどこのどい…ふーっ、どなたが計画されているんですか?」
少し言葉が乱れたが誤差だろう。
「えっと…ケルトさんとウナクさんです。なんでも今日、子爵様に提案するらし…」
「すみません。買うのは後日にします」
お礼を言いながら急いで道具屋さんを出て冒険者ギルドへ向かった。
手がないことに慣れたのか、『最俊足』が発動したのか、又は火事場の馬鹿力が出たのかは分からないが、かなり早く冒険者ギルドへたどり着いた。
冒険者ギルドへたどり着き、ウナクさんを探したが見あたらない。
エルフの受付嬢に聞くと、さっきケルトさんと子爵のところへ馬車で向かったらしい。
「子爵と会うためにどこに向かったんですか?」
「申し訳ありませんが答えられません」
そりゃそうだ。
しかーし、諦めたら終了するのだ。
いろいろと終了する。
「お願いします。本当に…僕の人生がかかっているんです。大至急なんです」
僕は諦めずにごねた。
「ギルドマスターを呼んで来ますので、しばらくお待ち下さい」
しばらくするとギルドマスターが出てきた。
ギルドマスターはダークエルフのお姉さんだった。
「初めまして『小さな英雄』。私はギルドマスターのサーラです」
「初めましてテリーです。仮ですけど」
「事情は聞いています。それで子爵の居場所は教えられません。子供には分からないかもしれないけど、子爵みたいな立場のある人の居場所を教える訳にはいけないの」
「そのことは理解しています」
「それなら…」
「でも必要なんです。僕の人生がかかっているんです」
「人生がかかっているってどういうこと?」
「銅像が建立する計画があるって本当ですか?それが事実なら僕の人生は終わりです。許可がないって問題では?」
「えぇ、そんな計画をウナクが出していたわね。でも誇らしいことでしょう?」
「どこが誇らしいんですか?誇らしいことなら、僕がギルドマスターの銅像を建てましょうか?資金なら僕の預金で足りますよね」
「えぇ建ててもらえるの。光栄だわ」
ふーんそうくるんだ。
「分かりました。でもギルドマスターの銅像を建てるのに僕の資金じゃ足りないかもしれませんね」
「残念だわ…」
ギルドマスターはちっとも残念そうじゃない。
「なのでもっと資金が貯めて、僕の銅像以上に大きくて立派な銅像を建立しますね。それに生涯かけてでも必ずです」
正気を疑われた。まさに「こいつ正気か?」だ。
「…えぇ、でも『小さな英雄』より大きな銅像はおこがましくないかしら?それにもっと有意義に使った方がよろしくなくて」
「大丈夫です。おこがましくないですよ。それに有意義をおっしゃるなら僕の銅像も同じでは?」
「…降参よ」とマスターは胸の前に両手を広げながら非を認めた。
「私の銅像は勘弁してちょうだい。普人と違ってエルフは寿命が長いのよ。そんなの生き地獄だわ」
「大丈夫ですよ。僕の銅像が建てられなければ建つことはありませんから」
僕とギルドマスターは笑いあった。死ねばもろともだ。
「…それでも子爵の場所は教えられないわ。それとこれとは…」
「話が別ですか?」
「えぇ、防犯上教えられないわ」
「大丈夫ですよ。マスターも知っているはずです。子爵に危害は加える気なんて微塵もありません」
「なにをかしら?あなたとは今日初めて会ったのよ。そんなあなたを信用しろと?」
「はい。信用してほしいです。それに仮にあったとしても加えられませんよ。僕の戦闘力が5ってことは知れ渡っているのでしょう?」
副 ギルドの情報管理どうなってるんですか?
「10歳の戦闘力で子爵に危害をかけることなんて無理でしょう。強ければ問題でしょうけど弱いのですから問題ないですよね?」
副 戦闘力が高ければ問題は少ないけど、弱いことが知れ渡っているのは大問題ですよね?
「あぁ、幸いにもお金は低ランクには見合わないほど持っていますが…人を使って襲うこともありません。記憶も失ったのでそんなツテもありません。それもご存じですよね」
副 しかも弱い癖に小金持ち。しかも記憶がなく、知り合いがいないことも知れ渡っている。
「どうしよう…幸運過ぎていつ死んでもおかしくないですね。ギルドマスターもそう思いません」
副 僕を殺す気ですか?
「…その件に関しては深く謝罪を…」
ギルドマスターは立ち上がった。
「申し訳ありませんでした」
綺麗なお辞儀だった。
ギルドマスターの謝罪にギルド内が驚いていた。
「えっ?どうしたんですか?僕は感謝を述べただけですよ」
副 そんなものに意味はない。銅像建立を阻止しなければなんの慰めにもならない。
もうウンザリした顔で僕を見つめた。
「それなのに銅像を建てて顔が分かるなんて、知らない人まで声をかけられるかもしれないなんて恥ずかしいです」
副 強行して銅像建立するってことは顔バレを強制するのと同じ。強盗と共犯関係ですか?
「銅像建立を阻止したい気持ちはギルドマスターには伝わったかと思います。子爵の居場所を聞くのは諦めます。銅像建立はなんとかなりませんか?」
副 僕が言いたいことを分かってくれてありがとうございます。この際、居場所は教えなくてもいいので、ギルドマスターが建立を阻止して下さい。
「えぇ、なんとかしてみるわ」
疲れた顔で了承してくれた。
「ありがとうございます。でも無理しないで下さいね。あぁでも僕なんかの銅像じゃ、すぐに壊されてしまわれそうです」
副 作られたとしてもすぐに壊します。
「そんなに嫌なんですね」
「はい」
「分かりました。『小さな英雄』に免じてこの件はなんとかしましょう。残念ながらお痛をする子供がこの町にいますもの。銅像の首がすぐに無くなったら大変ですもの」
今回は助かったので負けてあげる。だが調子に乗るなよクソガキ。お前を殺すのなんて朝飯前だ。
こんな副音声が聞こえた。
「そうなんですか?ご忠告ありがとうございます。この町には根っから悪い子供なんていないと思いますよ。信じてみてください。いたのだとしたらのっぴきならない事情があったんですよ。きっと」
副 警告受けとりました。今回は悪いことをしましたが、普段は害はないので信じてください。それだけ銅像建立が嫌だったんです。
「そうだと嬉しいけど…」
「ギルドマスターも長い間ありがとうございます。銅像のことよろしくお願いします」
「任せてちょうだい。私の銅像まで建ちそうですもの。それはゴメンよ」
「大丈夫ですよ。綺麗で頭の良いギルドマスターなら阻止出来ますよ」
「今さら褒めてもなにもでないわよ」
「褒めてませんよ。事実を言っただけです」
「そうね。ただの事実だったわ」
…
「なにか言いなさいよ…」
吹き出してしまうとギルドマスターも笑った。
「ギルドマスターとのお話は楽しかったです」
「私も楽しかったわ。少しムカついたけどね」
「また機会があったらよろしくお願いします」
「私はゴメンよ。私を呼びつけるようなことしないでね。これでも忙しいんだから」
「そうですか。残念です。そのようなことは出来るだけしません」
「断言してほしいところだけど?」
「不可抗力には抗えませんよ」
「そうね。あなたはまたなにか起こしそうだわ」
「ギルドマスターが言うと本当に起こりそうです」
「よく分かったわね。私の勘は当たるのよ」
「いいんですか?また会うことになりますけど…」
「まぁたまになら良いんじゃない」
「頑張って外しますね」
「可愛くないわね。全く…私は忙しいのよ。帰った帰った」
「名残惜しいですが帰ります。銅像建立阻止が失敗したら笑えないですし…」
「そうね…」
「期待しています。本当にありがとうございました。…あぁウナクさんにもよろしく伝えておいてください」
ギルドマスターは悪い顔をして、「それも任せておいて」と笑顔で了承した。
くわばらくわばら。
それから冒険者ギルドを出た。