1 学生時代の終わり
「優君、今までお疲れさまでした!」
花束を持ったお姉さまたちが坂元優を囲んだ。
「あ、ありがとうございます……」
思いがけず取り囲まれて、お姉さまたちを見上げる優の返事は小さかった。次々と花束が渡されて、体の小さな優は花束を抱えきれなくなった。
「お客さま。他のお客さまのご迷惑になります」
お姉さまたちの輪に割りこみ、優から花束を取りあげて、不機嫌な声でお姉さまたちに言ったのは優の妹、結衣だった。ここは優と結衣のバイト先、市街地の外側にある全国チェーンの書店。レジの前だった。
「今日は良いですよ。優君のバイト最終日ですから」
長身の男性、店長が結衣に声をかけた。店長は優と同じく小柄な結衣から花束をあずかった。
店内には花束を背中に隠し持った多くのお姉さまたちと、若干のお兄さまたちがいた。店長の「どうぞ続けてください」を合図に、みんなは花束を正面に持ちかえて優の前に列を作った。
優は店長から言われるままに背筋を伸ばし、花束を受け取って、握手にこたえた。花束は優から店長に渡されて、即席で準備した台、新刊書籍を取りのぞいた平台に並べられ、つみ重ねられた。
「みなさん、記念撮影をしましょうか」
「さすが店長♪」
喜ぶお姉さまたちとお兄さまたち。優を囲んだ記念撮影に店長も参加した。結衣は一般客のレジ打ちをしながらため息をついた。
「店長が一番さびしいですよね」
お姉さまの一人が店長にたずねた。
「はい。4年前がなつかしいです」
大学入学から卒業まで、優はこの書店で働いた。
「かわいかった優君が、かわいいまま卒業するなんてね」
一人のお姉さまの言葉に、お姉さまたちは笑った。いっせいに向けられたみんなの視線にうろたえた優を目にして、お姉さまたちとお兄さまたちは「やっぱりかわいい」と口をそろえて笑った。
お姉さまの一人が優にたずねた。
「優君の就職先は病院だったよね。どこの病院?」
優は答えた。
「野の上病院です」
別のお姉さまがおどろいた顔をして、優に聞いた。
「野の上病院って、精神科だよね?」
「はい」
他のお姉さまたちとお兄さまたちも、おどろいた顔をした。
「なんで精神科に行くの?」
「ええと。大学で精神保健福祉士という資格をとったので」
精神保健福祉士は精神障害者を支援する専門職で、資格を取得した学生の大半は精神科病院に就職していた。
「どんな仕事をするの? 精神科って危なくないの?」
「ええと……募集では相談業務となっていました」
お姉さまたち、お兄さまたちの心配は優にも伝わった。心配をやわらげる言葉を探そうと思いつつ、優自身、どのような仕事をするかわかっていなかった。コロナ禍で多くの実習が中止になり、野の上病院どころか精神科病院での仕事をよく知らなかった。
店長が優の肩に手を置いた。
「仕事が大変だったら、うちに戻ってきて良いからね」
店長の顔が真剣で、しかも目がうるんでいたので、優は「ありがとうございます」と返事をした。
優は店長のやさしさを、ありがたく感じた。心配してくれるみんなの気持ちも、ありがたく感じた。
ただ優の返事は本心ではなかった。優は今までとは違う自分、「みんなから頼られる人になりたい」と思っていた。