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別れとはじまり


リゲルが目覚めてから、茨は静かに消えていった。まるで魔法が解けるように、薔薇の花たちは姿を消したのだ。後には私達と、痛ましいたくさんの死体だけが残る。


城が元通りになるには、時間を要した。

兵士たちの多くは死んだが、逃げ出して、生き延びた者もいた。彼らが城に戻ると、姫君は遺体を運ばせた。それを火葬して、丁寧に祈りを捧げた。今後、新たな兵士を町の若者から募集するという。そうは言っても、実力のある者を探すのは大変だ。

すべてをかつての状態に戻すには、時間がかかるだろう。けれども城自体は、一週間ほどで元通り綺麗になった。ヴィヴィアンの振るう斧で傷のついていた床は、さらにたくさんの傷がつき、一部の壁は汚れた血の跡がにじんでいたが、それでも人が住める状態にはなったのだ。


玉座は再びキャンディス王女のものとなった。三騎士の顔ぶれは変わらない。唯一立ち位置が変わったのはキーラだ。

姫君はたくさん悩んだ末、キーラを国から追放することに決めた。彼女の過ちはいくつかあった。昔、ペドロに暴力をふるったこと。三騎士となった彼に命令し、姫君を殺させようとしたこと。そして今回、賢者の石を盗んだこと。

姫君がキーラに抱いていた友情は、恐らく本物だった。だからこそ度重なる裏切りに、この判断を下したのだ。

追放を言い渡されたキーラは、静かにそれを受け入れていた。彼女が旅立つ日、私は彼女を見送りに行った。情けをかける必要はなかったが、バルバトスに捨てられ、みじめに泣いていた彼女の姿を、忘れられなかったからだった。見送りに参加したのは私だけではなかった。どういう風の吹き回しか、ヴィヴィアンも隣に立ったのだ。彼女は賢者の石が壊れてからというもの、右目が元に戻り、包帯を取っていた。


草木の揺れる丘の上。荷物をまとめたキーラは、茶色い馬に乗り、静かな風に吹かれていた。

「伯爵、――いいえ、伯爵令嬢と言った方が正しいかしら。あなたが見送りに来てくれるとは思わなかったわ」

「誤解なされませんように。私はバルバトスを殺した人間として、あなたを見送りに来たのです」

私は彼女を許していなかったが、彼女もまた、私を憎む理由があった。彼女の養父を殺したのは私だ。だというのに、キーラは少しも、私を憎む素振りを見せない。あるいは感情を押し隠しているのか。

ただ一つ、真実があった。私はそれを、彼女に伝えるべきだと思ったのだ。

「――あの時、茨はあなたを攻撃しなかった。サーペンティンの部下に対しても。賢者の石はあなたをサーペンティンの人間と認識していたのです」

それは私なりの牽制であり、一抹のやさしさだった。彼女の愛した養父は、どこかで彼女をサーペンティンだと認めていたのだ。

「あら、そんなことを言いに来たの?」

キーラはどこか嬉しそうに、美しく微笑んだ。

「あなたはやっぱり、自分が思っている以上にお人好しよ。そのやさしさはいずれ、あなたの命取りになるわ。用心することよ」

「ご忠告、どうも」

私はわざとらしく一礼してみせる。隣に立っていたヴィヴィアンが鋭く声を上げた。

「伯爵がどう思っているかは知らないけど――あたしはあなたを許さないわ」

彼女の瞳は、どこか怒りに染まっていた。

「ペドロの記憶障害はあなたが原因よ。あいつが苦しむたび、あたしはあなたを思い出す。あなたは姫様をも裏切った。――出てってくれてせいせいするわ」

その目をどこかぎらつかせ、ヴィヴィアンは告げる。

「二度とこの国に戻ってこないで」

「心得ているわ」

手綱を握ったキーラは、こんな時でも笑みを湛えていた。彼女は私達には理解できない、彼女なりの誇りを持っているのだ。赤茶の髪が美しく煌めく。

やがて馬は走り出した。そうして裏切り者は国を捨て、遠ざかって行った。



それから二週間ほど経った頃、姫君が小さな夜会を開いた。

城の再興のため、働きまわっている三騎士達を労わって、とのことだった。城は既に落ち着いていたが、まだ舞踏会を開けるような余裕はなかった。そこで姫君は、夕食に私達三騎士を招待したのだ。いつもは騎士の誰かが背後に立ち、夕食中の姫君を警護するのだが、今回は共に食べるようにと席が用意された。食事の席に呼ばれた者は他にいた。兄フレドリックとスペンサーだ。

フレドリックはあれから、城に顔を出すことはなかった。ただ姫君との手紙のやり取りは続いていて、それを届けるのは私の役目であった。

新参の兵士は噂を聞きつけ、仮面の下はきっと美しいものに違いないだろうと口をそろえて言うのだが、実状を知る者は、皆フレドリックを思い、言葉を濁していた。フレドリックは、顔を人にさらすことを好まない。欠席するのだろうと皆が考えていたが、食事の席に、彼は現れた。相変わらず仮面をつけたままの姿で。


姫君がテーブルの一番奥に座っている。いわゆる誕生日席というやつだ。その両隣を囲むように、ヴィヴィアンとペドロが座り、さらに手前に、向かい合うようにしてスペンサーとフレドリックが座った。私の隣はスペンサーとペドロだ。


「みんな、今日は来てくれてありがとう」

料理が出そろったところで、姫君が明るく言った。

「例の事件から、一か月ほど経ったわね。あなた達がいなければ、今のわたしはありません。身を挺して守ってくれたペドロ、わたしが逃げるのを手助けしてくれたヴィヴィとフレドリック、賢者の石を破壊したジェシカ、そして彼らを支えたスペンサー。あなた達に感謝の意を述べます」

スペンサーが口を挟む。

「私の説明だけ雑ではありませんか」

「そんなことはないわスペンサー。あなたが支えたおかげで、ジェシカは城に入れたし、ペドロは戻ってこれた。――ちなみに、ジェシカがどんな環境で育ったのか、ある程度予想はついているわ。侯爵の名は伊達じゃないわね」

「分かりました、降参です、姫君」

両手を上げてみせるスペンサーを見て、私は少しだけ笑う。姫君に意見すると、誰でもこうなるのだ。

姫君がぱんと両手を合わせる。

「さて、夕食をいただくことにしましょう。今日のメニューはわたしが作らせました。あなた達の好きなものを一つずつ入れてあります」

これは驚いた、と私は思う。ちなみに、料理番は例の事件で、裏口から逃げて無事だった。今は新しい厨房仲間も加わり、忙しくしているという。そういう訳で、私達は以前から姫君が口にしていたものを、変わらぬ味で楽しめるのだ。

今日の料理は鹿肉のソテー、コーンポタージュのようなクリーム色のスープに、にぎやかな彩のサラダ。それからジャガイモを潰して煮たものに、ほうれん草が添えてある。

ヴィヴィアンが瞳を輝かせた。

「姫様、わたし達の好きなものということは、デザートがあるのでしょうか」

「もちろんよヴィヴィ。食後のケーキも用意してあるわ。あなたとジェシカが甘い物好きだと、わたしは知っています。――フレドリック、この野菜のスープは、あなたのために用意させたわ。ペドロには少し辛口に味付けしたジャガイモを。スペンサー、ワインはお好きなだけどうぞ」

私達は顔を見合わせる。隣のペドロが肩を竦めて見せた。姫君はいつの間に私達の好みを把握していたのだろう。

「姫君には叶いませんね」とスペンサー。王女キャンディスはどこか嬉しそうに微笑んだ。

「国の主たるもの、これぐらいは知っていて当然です」


オレンジの燭台の灯る中、夕食はにぎやかに進んでいった。リゲルもいたらいいのに、と私は思う。彼はほとんど城に出入りすることがないから、呼ばれなかったのは仕方ない。

切り分けた肉を堪能していると、隣のペドロが声をかけてきた。

「でもさ、君が女だったなんて驚いたぜ。未だにジェシカと呼ぶのに、なかなか慣れないんだ」

「少しずつ慣れて行けばいいさ」

「君はそのままなのか?」

「ん?」

「ヴィヴィは変化した。賢者の石が壊れてから、以前みたいに全部を持ち上げられるわけじゃなくなって――それでも彼女持ち前の腕力があるからなんとかなっているけれど――それだって、彼女の努力の賜物だ」

彼の言う通りだった。賢者の石は、様々な者の願いを叶えて来た。その力が、破壊されたことで消えたのだ。リゲルは転んでけがをしても、傷がすぐには治らなくなった。不死身ではなくなったのだ。ヴィヴィアンの失われた目も治ると同時に、人並外れた力はなくなった。そもそも小さな彼女が斧を振り回せることが、賢者の石の恩恵によるものだと、私は長いこと知らなかった。知ったのは、あの幻影の中、石に願う小さな彼女を見たからだ。

ヴィヴィアンの力は、よく考えれば非常識なものだったかもしれない。大きな花瓶を四つほど持ち歩いていた時もあったし、二人の犯罪者をかついで引きずり回していたこともあった。その力がなくなったのだ。だが長いこと斧を振り回していたおかげで、彼女自身に腕力がついていた。彼女は最初、力を失ったことで自分が王女に見放されるのでないかと恐れていた。だからこそここ一か月、懸命に斧を振って、以前と同じように動けるよう、鍛錬しているのだ。そんな彼女を、姫君が見放すはずはなかった。以前の万能のような力技は出せないものの、大の男と同じ、いやそれ以上に武器を振り回すことができる彼女を、姫君は忖度(そんたく)なく、一人の騎士として認めていた。

ペドロの言っている彼女の変化は、良い物だ。

「ああ、彼女は確かに変化している――それで、私が……なんだって?」

「つまりその……」

少し気まずそうにペドロは口を開く。

「君も、姫君のように、女の服を着たいんじゃないかってことだ。俺は好きにしたらいいと思うぜ。仕事に支障が出ないくらいなら。――ほら、そこのオッサンも着せたいと思っているだろうし」

ペドロがスペンサーに視線を投げる。

「誰がオッサンですか」

「あんた三十四だろ。――それより着せたいと思わないわけ? ジル……じゃなかった、ジェシカの顔はずいぶん整ってる。まるで人形みたいだ。仕立て屋なら腕がうずくんじゃないの?」

私はちろりとペドロを見る。

「ペドロ、余計なことを」

「俺はあんたが女だと知った時から思っていたんだ。ドレスを着れば大層似合うんじゃないかとね。もちろん仕事の話じゃないんぜ。んん、でも舞踏会ならいけるんじゃないか?」

「それ、レディ・ヴィヴィアンに言ったらいかがです?」

「ん? なぜヴィヴィが出てくるんだ?」

ペドロの顔に疑問符が浮かぶ。スペンサーはにっこり笑って受け流した。

「なんでもありませんよ。――まあ彼の言う通り、仕立て屋としては非常に腕がうずきますね。着て頂きたいドレスの案ならいくつも浮かぶのですが――本人にその意思がなければ、意味はありません」

「私は着る気はないぞ」

残りの肉を切り分けながら、私は言う。

「二人とも余計なお節介はやめてくれ。私は今まで通りでいいんだ」

そう。私は今の立ち位置を気に入っていた。男装しながら過ごすこの日常が、非常に落ち着くのだ。女の服が着たくなったら、スペンサーに相談すればいい。でも今はその時でない。それに私は、リゲルの王子様でありたかった。

「残念ですねえ。まあいずれ、あなたの気も変わるでしょうから。その時を待つことにしましょう」

「俺は少しほっとしたぜ。ああは言ったけど、コートを着ているこいつが、一番落ち着く」

私は肉を噛みきり、呑み込んだ。ペドロはよく、失礼なのかそうでないのか分からないことを言うが、悪意がないことはもう承知の上だ。

その時、兄であるフレドリックが立ち上がった。

「みんな聞いてくれ。話がある」

そこで、食事の席は静まり返った。

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