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捨て駒令嬢と血濡れの娘


私はペドロやスペンサーと別れ、奥に進んでいった。茨は城中を覆いつくし、残酷なほどに美しい薔薇を咲かせている。

時々ひゅっと、茨がこちらめがけて攻撃してくる。それを切り落としながら、少しずつ着実に歩いていく。茨は奥に行くほど多く張り巡らされ、物騒なことこの上ない。

その上、途中でバルバトスの部下達とも戦うことになった。彼らは当然のごとく行く手を阻んできた。理由は一つ。私がバルバトスの邪魔者だと知っているからだ。襲い掛かってくる彼らに向かい、ただひたすら剣を振るった。激しい戦いの末、敵は一人ずつ倒れ、赤に染まりながら死んだ。そうして終わりのない敵と戦っているうちに、いつしか私の身体は傷だらけになっていた。


城の静寂はさらに冷たく澄み渡り、辺りは水を打ったように静かだ。この異様な空間を進み続けていると、廊下の先に、見知った女性の姿を見つけた。キーラだ。こんなところで何をしているのだろう。

思わず近寄れば、彼女はハッとしたように呟いた。

「伯爵……」

彼女は傷一つなく、ただ茫然とそこに立っていた。

「キーラ嬢、こんなところで何を?」

「何を、ですって? ただここに居て、息をしているだけよ。行く場所もなければ、帰る場所もないんだもの」

彼女は、どこか疲れたように言葉を紡いだ。

「私、おじさまに捨てられたの」

「…………」

「おじさまは私を利用しただけだったの。すべては無駄だった。私はただの駒だったのよ。でもあなたは違うでしょう?」

「キーラ嬢」

「あなたは私に笑いかけてくれた。一緒に踊ってくれた。あなたは誰よりも親切だったわ」

「それを言うなら、私もバルバトスと同じです。――あなたを利用していたのですから」

キーラが、信じられないという目でこちらを見た。穴があきそう視線だ。私は少しも目をそらさず、彼女を見つめ返した。私にできることはそれしかなかったし、それ以上何かをする理由もなかった。

「私はバルバトスの情報を集めていた。あなたは彼の娘として城にいた。丁度良かったんだ。情報が必要だった。――あなたは誠実で口が堅く、何かが得られることはなかったが」

「嘘でしょう!」

キーラの瞳が揺らぐ。

「あなたはそんな人じゃないわ! 嘘だと言って!」

彼女は私の両腕を抑え、すがりつくように言葉を放つ。

「あなたが誰を迎えに来たかなんて、容易に想像できるわ。でもリゲルじゃなく、私を見て。私だけを。あなたは私の王子様だわ。そのはずよ」

私はただひたりと彼女を眺めていた。

「あなたの養父は、私の家族を殺した」

キーラの表情が、固まる。

「……なんですって?」

「十二年前、メリーウェザー一家が惨殺された事件があったでしょう」

絶句しているキーラの腕を、私はそっと外した。

「子ども達は生き残った。でも両親は殺された。バルバトスが仕組んだことだ。――私は生き残った娘です。女なのです。あなたの気持ちには応えられない」

キーラの頬を、冷たい涙が伝った。

「止めても無駄です。私はバルバトスに復讐を果たしに行く」

「そんなの――そんなのって、ないわ」

彼女が声を震わせる。

「それじゃ――私のこの気持ちはどうなるの? なぜおじさまだったの? ……なぜ、なぜあなただったの? こんな、こんな――」

「さようなら、キーラ」

彼女を一瞥し、私は城の奥へと歩き出す。

「待って、伯爵!」

「私はあなたの理想とする伯爵ではない」

歩きながら返す私に、キーラの悲痛な叫びが続いた。

「行かないで、――伯爵!!」

その声は、静まり返った城に響き渡る。

私は一度も振り返ることなく、その場を後にした。



茨の根本を探りながら、ひたすら奥へと進む。辺りには一層薔薇が咲き乱れ、それはところどころ、血に染まっていた。

どうやら茨は玉座の間から続いているらしい。ならばそこへ行けばリゲルに会えるかもしれない。そう見通しを立てているところに、三本の茨が次々と襲い掛かって来た。

一本を切り落とすと、その間に二本目が私の身体に巻き付いた。棘が身体に突き刺さり、そこから血が流れだす。ぎちぎちと締めあげられ、全身に刺さる棘で、気がおかしくなりそうだ。そのまま宙に浮かんだかと思えば、三本目が目の前に迫り、私の胸を突き刺した。

「あ、ぁ……ぐあ……!

思い切り腕を振り、正面の茨を切り落とす。その拍子に、刺さっていた茨はずるりと抜けて、地に落ちた。喉から血が逆流してくるのが分かる。もう一本は未だに身体を締めあげている。息ができなくなりそうだ。

「は、あ……く、そ……!!」

剣を取り落としそうになるが、それを必死で握り直し、もう一本を切り落とした。

途端にどさりと地面に落とされる。

「がは………っ」

息を吐けば、口から血が滴った。それを拭い、マントの裾をびりびりと破いて包帯を作る。ペドロの包帯も姫君のドレスの裾でできていたようだった。似たようなものだ。本当は服を脱ぐべきだが、その勇気も気力も残っていなかった。胸からだくだくと血が流れている。ここで死んではならない。ただその一心で、服の上から即席の包帯をぐるぐると巻き付けた。そうして強めの結び目を作る。あまり固く結んでも、血が回らなくなってしまう。とはいっても、ゆるく結べば意味を為さない。これはその中間ほどだ、なんて思いながら、急に視界がぐらついていく。なんだか辺りがチカチカして、これはまずいと思った時には、私はその場に崩れ落ちていた。




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