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騎士達の想い


「ペドロ! 賢者の石が無いの!」

王女様が血相を抱えて出てきたのは、キーラが去ったずいぶん後だった。

俺は愚かなことに、その時初めて異変に気付いたのだ。「姫君は休憩なさっている」というキーラの言葉を真に受けて、中に入らないようにしていたのである。今考えれば、ひどく馬鹿げたことだった。

「わたし、今まで眠っていたみたいなの。何か薬を飲まされたんだわ」

「キーラです」

俺は告げる。

「なんてことだ。俺が気づくべきだった」

絶望に染まる俺の世界に、王女様はただ一人、正しく落ち着いて立っていた。

「ペドロ、自分を責めないで。賢者の石が盗まれたのは今回がはじめてじゃないわ」

「確かに石が盗まれるのは三度目です。最初に盗んだのは俺だった。――疑っているのですか?」

「まさか。あの時あなたは返してくれたわ。賢者の石は、いつだって盗まれる運命にある。でも必ず、王家に戻ってくるものなのよ。ねえ教えて、キーラがここを去ってからどれぐらい経った?」

「三十分ほどです」

「彼女の行きそうなところを探しましょう。それから――」

ごおんとどこかで轟音が(とどろ)いた。音はやまない。廊下の先から、大きな茨がいくつも現れた。

まるで白昼夢みたいに茨は伸びてきて、廊下の先に立っていた兵士を刺し殺した。

王女様が悲鳴に近い声を上げる。俺は混乱しながらも、どうにかこの人を守らなければと自分を奮い立たせた。

「王女様! ここから逃げるんです!」

「だけど、あんな茨からどうやって――!」

その時、茨から逃げるようにして、少女がこちらへ走ってくるのが見えた。

「姫様、ご無事ですか!」

言いながらも、斧を振り回し、迫る茨を切っていく。

「ヴィヴィ!」

王女様がぱっと顔を輝かせる。それと同時に、茨の一本が彼女の方へと伸びていく。

「危ない!」

俺は彼女を突き飛ばした。次の瞬間、茨に胸を貫かれる。

「がはっ」

「ペドロ!」

俺はそのまま壁に激突した。茨はずるりとその身を引き抜くと、またどこかへと這っていく。床に落ちた俺は、自分の胸を抑える。血が流れていた。王女様が真っ青な顔でこちらを見下ろした。

「ああ、大変だわ! どうしたら、」

横からヴィヴィが口を挟んだ。

「姫様、落ち着いて。まだ息はあります。ペドロはこれしきのことで死にはしないわ」

「俺は一体、君にどんな奴だと思われているんだ」

「悪運の強い男よ。――何か傷口をふさぐものがあればいいんだけど、」

びりびりびりと、素っ頓狂な音が聞こえてきて、俺は顔を上げる。見れば王女様がドレスの裾を破いているのだった。

「ヴィヴィ、包帯の巻き方は分かるでしょう。これを使って」

「姫様、ありがとうございます」

ヴィヴィがそれを受け取り、俺の胸元に巻いてくれる。痛みに「うっ」と声を上げれば、「大人しくして」と返される。やさしいというよりは、容赦がない。

「これでいいわ」


その間も、背後では伸びた茨が廊下の先へ進み続けていた。

ジャキン、ジャキン、と音がしてその一部が切られていく。見れば、例の仮面の男――フレドリックが剣を持って立っていた。彼は汗だくだ。

「姫君、ご無事で」

「ああフレドリック――来てくれたのね」

王女様の表情が少しだけ和らぐ。しかし状況は至って最悪だ。フレドリックが神妙に口を開いた。

「たまたま城の近くを通りかかったんです。異変に気づいて中へ……。ここへ辿りつくのが限界でした。外に逃げるには、また戦力を要します。――姫君が逃げるには、二人護衛が必要です。道を切り開く者と、姫君の周囲を守る者が」

彼はちらりと、申し訳なさそうにこちらを見た。俺は両手を上げて笑ってみせる。

「彼の言う通りだ。行ってくれ。俺は力になれそうにない」

ヴィヴィアンの目が、少しだけ揺らいだ。

「あなたを置いていけっていうの? 姫様を守って犠牲になったのに?」

「犠牲だなんてとんでもない。この調子ならまだ動けるさ。――少し休んだら、後から追いつくよ」

それは嘘だった。包帯を巻いてもらったとはいえ、自分の怪我の程度なら分かる。俺はもう歩けそうになかった。

茨が轟音を立てて後から後から伸び続けている。

王女様が鋭くこちらを見た。

「ペドロ、本当に大丈夫なのね?」

「はい」

俺の答えを聞いて取ると、王女様は顔を上げた。その尊敬する横顔を、目に収めておこうと俺は眺める。

「分かったわ。二人とも、行きましょう」

ヴィヴィアンが心配そうにこちらを見た。彼女の底光りする目も、俺は好きだった。

にっと笑ってやると、彼女はふんと鼻をならして去って行った。王女様の先頭に立ったヴィヴィアンが、斧で道を切り開く。その後ろから、姫君に近づく茨を切り落としながら、フレドリックが後に続いた。

どこか遠くで、兵士の悲鳴が聞こえる。また一人死んだのだ。

だんだんと離れていく三人の後ろ姿を、再び茨が覆い隠していく。やがて彼らが完全に見えなくなると、俺はふうと詰めていた息を吐いた。本当は痛みを我慢していたのだ。気を緩めた拍子に、景色が遠ざかっていく。俺が死んだら彼らは泣いてくれるだろうか。そんなことを思いながら、俺は意識を手放した。




リゲルが家出した。二日間帰ってこない。ジール、と呼んでくれた瑠璃の瞳を思い出しながら、私は彼を探していた。

今日は非番だ。スペンサーに手伝ってもらい、一緒に丘の上を探していた。その時だ。

「ジール君、あれを」

スペンサーが声を掛けてきた。見れば、彼の示した方向を、二頭の白馬が駆けていくところだった。先頭の馬には、二人乗っている。よく見えないが、男女のようだ。後ろの馬に乗っているのは、少女らしい。あんなに速く馬を駆る少女は一人しか思い至らない。

「ヴィヴィ……?」

彼らの向かう方向は、フレドリックの屋敷だ。スペンサーは繋いでいた馬に駆け寄ると、勢いよくまたがった。

「何か変です、追いかけましょう」

「ああ」

私ももう一頭に乗り、二人で丘を駆け下りた。


フレドリックの屋敷へ行くと、見張りは青ざめた表情をしていた。顔見知りの私達を見張りは通してくれたが、屋敷の中はいつになく不穏な空気が流れていた。廊下には、城にいるはずの召使い達や、怪我をした兵士が立っている。どういうことだ。

広間に行くと、奥の椅子に姫君が座っていた。傍にフレドリックとヴィヴィアンが寄り添っている。ヴィヴィアンは斧を構えていたが、私とスペンサーを見ると、それを降ろし、静かに口を開いた。

「伯爵、一足遅かったわね」

「一体何が起こったんだ。なぜここに姫君が? それに召使い達まで――」

「バルバトスが賢者の石を使ったのよ。城は乗っ取られたわ。説明するとややこしいのだけど――茨が伸びてきて、城の人間を襲ったの。兵士たちは戦っているけれど――死んだ者も多いわ」

「だから僕達は城を抜けて、一旦ここに避難したんだ。この屋敷は避難所として開放することにした。城の者は皆ここに集まっている」

フレドリックの言葉に、姫君が頷いた。

「ジール、あなたを失望させたわね。わたしは城から逃げてきてしまった。あの恐ろしい光景を前に、何もできなかったの」

私は彼女の傍へ行った。

「姫君、あなたのすべきことはただ一つ。生きることです。何が起こったのか分かりませんが――今となっては、あなたの存在が皆の希望です」

「ああ、ジール。わたしは――わたしは、選択を間違えたのかもしれないわ。わたしが見つけた時、兵士たちは皆息絶えていたの。でもペドロは違った。わたしを庇って傷を負ったのよ。彼は後から追いかけると言っていた。でも姿を見せないわ」

ヴィヴィアンが静かに告げた。

「もし死ぬのだとしても、姫君のためなら、彼も本望のはずです」

「ヴィヴィ!」

私が声を荒げると、ヴィヴィアンはどこか泣きそうな顔で言った。

「だってしょうがないじゃない! あそこでは姫君を守るしか選択肢はなかったわ。……いいえ――いいえ、わたし、ここへ来てから気が付いたの。無理やり彼を背負ってここへ来ることもできたはずだわ。傷口が開いてしまうかもしれないけど――あそこに置いてくるよりは、幾分かましだったかもしれない」

その潤んだ瞳を見て、フレドリックが声を掛ける。

「君が後悔する必要はない。僕らは姫君を守れたんだ。君はまず、そのことに誇りを持つべきだ」

「ああ、湿っぽくて困りますね」

口を挟んだのはスペンサーだ。

「フレドリック伯の言う通りです。レディ・ヴィヴィアン、あなたは姫君を助けるために、最善の選択をした。まずは落ち着いて、その功績を認めるべきです。これから私達がすることを考えましょう。城はどういう状況なんです?」

ヴィヴィアンの瞳に涙の膜が張る。そんな彼女の背に手を添え、姫君が私達を見た。

「なんていったらいいか――茨に覆われているの。兵士達は皆あれに貫かれて命を落としたわ。酷いありさまだった。廊下は血の海よ。もう中に入ることもできないでしょう。まるで人喰いの城よ」

私はハッと顔を上げた。

「――リゲルは?」

皆が顔を上げる。私は続けた。

「彼は城が好きじゃなかった。だからあそこだけ探していなかったんだ。――今、彼はどこに?」

わっとヴィヴィアンが泣き出した。

「玉座の間よ。わたし――わたし、彼を助けられなかった! いいえ、見捨てたわ! 姫様のことしか考えてなかったの!」

私は静かに身をかがめ、涙を流すヴィヴィアンをゆっくり覗き込んだ。

「君は彼を、見たのか?」

「ええ。バルバトスが賢者の石を使った瞬間、光が溢れて――リゲルは気絶したの」

それを聞いて、私は立ち上がった。

「城に行く」

ハッと少女が顔を上げる。


「馬鹿な!」

刺すような視線で叫んだのはスペンサーだ。

「今の話を聞いていましたか? 姫君が仰ったでしょう。中には入れないと」

「だからなんだ。リゲルが中にいるんだぞ。ペドロもだ!」

信じられない、とスペンサーは呟いた。姫君が私を見上げる。

「ジール、わたしが言うのもなんだけど――やめておいた方がいいわ。あの城はもう、以前わたし達が過ごした場所ではないの。恐ろしいところよ」

「そうだ。僕も姫君のところまでたどり着くので、やっとだった。あの時はまだ茨が生えている途中だった。もう今は城全体が覆われている。あの場所を侮ってはいけない」

「行かないで」

そう告げたのはヴィヴィアンだ。

「ペドロを失って、――あなたまで失ったら、わたしは三騎士のたった一人になってしまうわ。それがどれだけ悲しいことか分かる?」

「大丈夫、私は戻って来るよ」

そう告げて、私はヴィヴィアンの瞳をじっと見つめた。その奥底に届くように、言葉を続ける。

「君はフレドリック伯と共に、姫君をお守りするんだ。できるだろう?」

ぱちりと彼女はまたたきした。何かを取り戻したように、私を見上げる。

「…………。ええ、できるわ伯爵」

いつしか辺りは、何か責任感に満ちた静寂に包まれていた。本当は何を守るべきなのか、ヴィヴィアンは思い起こしたのだ。そしてそれは私も同じ。リゲルとペドロを探さねばならない。


「参りましたね」とスペンサー。「あなたはやはり、酷く頑固な人だ」

「それは皮肉か?」

ちろりと視線をやれば、彼はうっすらと笑みを浮かべた。それはどこか怪しげだったが、これが彼の通常の微笑み方だと、私は知っている。スペンサーはうやうやしく告げた。

「皮肉かどうかは重要じゃない。――あなたを一人で行かせるわけにはいかないと言ってるんです。私もお供しますよ」

「なんだって? お前に一緒に来るメリットがどこにある?」

「失礼ですね。有益かそうでないかは一旦置いておいて――私とあなたは友人でしょう?」

思わず見返したスペンサーの目は、以前と比べて、どこか澄んだ色をしていた。

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