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策略の再来


城から少し離れた丘の上。そこには古い塔がある。

古びた塔の石の壁は、すすけていた。以前炎に焼かれたことがあるからだ。

そう、僕はここで一度、賢者の石と向かい合った。ここは僕が焼かれ、死ねなかった場所。

目前にはバルバトスが立っている。あの蛇みたいな緑色の目が僕を見下ろしていた。

僕の背後には彼の部下がいた。逃げることはできないだろう。おまけに、背後にはいくつもの剣が立てかけられている。嫌な予感がしたが、僕はただ平静を装って立っていた。


「リゲル、私の(めい)に背いたな」

僕はじっと彼を見上げた。バルバトスの表情は冷たいままだ。

「お前は私の手駒の一つになり得た。ジルウェスタ―を殺せと言ったはずだ。だがお前は拒んだ。それどころか私の送った部下から、奴を庇った」

当然だ、と僕は思ったが口には出さない。

「もう一度だけチャンスをやろう。――賢者の石を盗んで来い。これで最後だ。ペドロはもう使い物にならない。そもそもあの時お前が願いを奪わなければ、こんなことにはなっていない」

彼は顔色一つ変えずに続ける。

「私が直接押し入ることも考えた。だがもし失敗したら、私は反逆者として牢獄行きだ。だからこそ三騎士と距離の近い、お前に命じるのだ」

「あの石をまた僕に使う気でしょう。そんなことのために、わざわざ言うことを聞くと思う?」

バルバトスは部下を見やると、「剣を」と口にした。部下が彼に剣を渡す。逃げることもできない僕の前で、剣は鞘から引き抜かれた。その鏡みたいな表面に、何かを諦めた僕の瞳が映っている。

次の瞬間、剣が閃き、ぐさりと僕の胸を突き刺した。

「ぐ……っ、ぁあ……!」

ぼたぼたと血が流れだす。バルバトスは表情一つ変えず、また部下に目で合図した。目の前でもう一本の剣が手渡される。バルバトスは冷たい瞳で告げた。

「言うことを聞け。私の命に従えば、今ここでやめてやろう」

「いやだ……!」

冷たい金属が僕を貫く。引きつった叫び声が漏れた。僕の喉から漏れる声は、ただ苦しみあがく、死にぞこないのそれだった。

痛い。身体が自分のものじゃないみたいだ。いいや、これは僕の身体だ。この鉛のように重く、焼かれるような痛みを覚えるこれは、僕自身だ。

ああ、僕はまるで化け物だ。きっとこの痛みは幸せの代償なのだ。僕はジールと、あまりにやさしい時間を過ごした。きっとその報いが来たのだ。幸せになれるはずなんてなかったのに。

「お前は死ぬこともできない。言うことを聞くまで、永遠に繰り返してやろう。それともただの罰として続けるか? 痛みに苦しみ、お前の気が狂うまで」

彼の瞳に、ゴードンのような嗜虐に満ちた歓びは浮かんでいなかった。彼はこれを、ただの作業と思っているみたいだった。

「ぼ、くは、あんたの言うことなんか聞かない……っ!」

叫んだ瞬間に、僕はむせる。口から血が溢れだした。

バルバトスは容赦なかった。三本目の剣を手に、僕の身体を突き刺した。

「がは……っ」

僕はとうとう、立っていられずに膝をつく。自分の身体から流れる血を眺めながら、ジールのことを想った。僕は一度、彼女を殺そうとした。だがもう、今は違う。

彼女を裏切るものか。彼女が僕を愛していなかったとしても。僕はあの人が好きだから。


「駄目だ、使い物にならん」

バルバトスは声色一つ変えずにこぼした。僕は放っておかれた隙にと、刺さった剣を引き抜く。醜い叫び声を上げながら、一本、また一本と。むせた拍子にやっぱり血が零れ落ちて、それでも死なない自分の身体がひどく醜く思えて、けれども涙一つ出なかった。僕の涙は、きっととうの昔、ジェシカが死んだときに枯れてしまったのだ。


からん、と最後の一本が地に落ちる。すべての剣を引き抜いた僕は、床に手をつき、肩を揺らした。

「が……ぁあ、はあ、はあ、はぁ……っ」

床に流れた血が、少しずつ消えていく。同時に、僕の身体の傷も、少しずつもとに戻っていく。バルバトスが冷たく一瞥を寄越した。

「この、化け物め」

その時、とんとんと階段を登ってくる足音がして、扉がノックされる。「誰だ」とバルバトスが告げると、どこか明るい表情をしたキーラが顔を出した。

「おじさま、私よ! またこんなところで変な実験をしていらっしゃるのね。今度は一体……」

彼女は僕の惨状を見て、少しだけ固まった。しかしすぐに静かな笑みを取り戻すと、当然のように中へ入って来た。

「まだこんな下賤の者の相手をなさっているのですか。ああ、分かりました。またあの石のことで何かを企てているのですね。私は別に反対はしませんが――少しやりすぎではありませんか?」

「…………」

「おじさま、いい加減ナターシャのことはお忘れになったらどうです? 死者は蘇りはしません。――あなたの娘はここにいます。この私、キーラ・サーペンティンこそ、あなたの選んだ家族なのです」

バルバトスはただ蛇のような目でキーラを見るだけだった。だがキーラは、どこか健気にすら見える笑みで続けるのだった。

「おじさま、こんな実験は身体に毒です。私と一緒に、遠乗りでもしませんこと? 最近乗馬を覚えたのですよ。おじさまと出かけたくて、」

「キーラ、お前がやれ」

「え?」

キーラが瞬きをする。バルバトスは当然のごとく告げた。

「私は儀式の準備をしなければならない。それに王女に警戒されている。――明日、お前が賢者の石を盗むんだ」

「わ……たし、が……?」

彼女は静かに目を見開き、ただしばらくバルバトスを見つめた後、何かを決したように口を開いた。

「……おじさま、もし賢者の石を盗んで来たら、私を本当の娘と認めてくださる?」

「お前がそれを望むなら」

「……それでは、それでは仰る通りにしましょう」

ああ、とんでもないことになった、と僕は思う。キーラはこちらを一瞥した。

「リゲル、今の会話を誰かに漏らしたらただじゃおかないわよ」

僕が口を開く前に、バルバトスが言った。

「安心しろ、こいつは私が捕えておく」

ハッとして立ち上がろうとした瞬間、再び剣で胸を貫かれる。倒れ込んだ僕を見て、キーラは目を細めると、何も言わず立ち去って行った。

きい、と音を立てて扉が閉められる。彼女はバルバトスとどこか似ている。けれども彼女自身はその事実に気づいていない。なんとも皮肉なことだと、息も絶え絶えに僕は思ったのだった。


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