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花冠の約束


それから、私達はよく秘密裏に森で会うようになった。兄は何かに気づいたようだったけれど、パンを持たせて黙って送り出してくれた。出来た兄である。


私とリゲルは小鳥の巣を眺めたり、昼間に出る白い月を指さして、微笑みあった。

星空を一緒に眺めることは叶わなかった。彼も私も、日暮れまでには帰らねばならなかったし、特に彼はゴードン男爵に黙って抜け出してきているので、それ自体ばれてはいけなかったから。


日の明るいうち、私は彼と一緒に森を探検した。彼が小鳥達にあげる木の実をもいでいる時、私は花を摘んでいた。それを一生懸命編み込んでいると、彼が不思議そうに首を傾げた。

「お兄さんにあげるの?」

「いいえ。――目を瞑って」

彼が瞼を閉じたのを確認して、ふわりと冠を被せてあげる。

五人で遊んだ日、あんなことがあったから、これが良くないことなのは分かる。分かるけれど、あの日のリゲルの瞳を私は覚えていた。花冠を被り、お姫様になったキーラを見て、彼は不満そうな顔をしていた。恐らくは、こういうことなのだろう。


目を開けた彼は、すぐそばの湖をのぞき込み、花冠を見て小さく息を呑んだ。

「ジェシカ――ジェシカ、これはいけないよ」

彼は慌てたように私を見た。

「サーペンティン公は、花冠のこと、怒ってたじゃないか」

「でもあなた、本当はこういうのが好きなんでしょう?」

はっとしたように彼がこちらを見る。

「あのおままごとの時、あなたは召使いじゃなくて、本当はお姫様になりたかったの。違う?」

「…………」

彼は少し赤くなって俯いた。肯定ととっていいだろうか。私はなんだかほっとしてしまう。

「あげるわ、それ。ここにはサーペンティン公もいないし、……本当は、いけないことだけれど――王女様もいないわ。あなたと私だけよ」

「でも……僕」

「私達だけの秘密よ」

そういうと、彼の瞳が少し揺れた。

「秘密……」

そう言って、彼は胸の前で、小さく片手を握る。それから何やら考え込んでいたが、ふと思いついたようにこちらを見た。

「でも君は――君だってお姫様になりたいんじゃないの」

彼が言うと、なんだかかわいらしく感じてしまう。私はやさしく笑った。

「私はなんでもいいの。あなたが望むなら、王子様にだってなるわ」

「本当?」

リゲルの目が煌めく。

「本当よ。私はこの国が平和であってほしいの。だからもし王子様になれたら、みんなのことを守るわ」

そう言うと、彼はなぜかがっかりした風にこちらを見た。なぜそんな目をするのか分からない。

「なにか、駄目だった?」

「ううん。――ねえ、もし王子様になったら、僕のこと迎えに来てよ」

また難しいことを言い出した、と私は少し混乱する。迎えに行くって、どういう意味だろう。でも彼が何かを訴えるような目で見つめてくるので、私はただ頷いた。

「分かった、迎えに行く」

「本当に? 約束だよ」

「うん、約束」

私はそこで、彼が心から嬉しそうに笑うのを見た。その健康そうな表情に、私は今まで、自分が彼を「唄い手」として見ていたことを悟った。

芸術家ではあるが、その前に彼は、一人の小さな男の子なのだ。そのちっぽけな姿に、大切な事実を目の当たりにした気がして、私はわずかに目を細めた。



やさしい日々は過ぎて、あっという間に一年が経った。私はその間に一度、物語を書き換えることに成功した。私の家族は夜盗に屋敷を襲われ、皆殺しされる運命だった。それを事前に伝えることで、両親は前もって迎え撃つ準備をすることができた。と言っても主に頑張ったのは父と兄で、私は母と一緒に奥の部屋に押し込められていたのだけれど。


――――この子は予言者だ。


夜盗の死体を片付けながら、父はそう言った。


――――こんな大層なことを知っているなんて、只者ではない。神様から、何か授かったのかもしれない。


違う、違う、違う。

私はただ本の内容を知っていただけだ。そして私が知っている未来は、物語の途中までだ。役者が出そろったあと、殺し合いが始まるのだろうと、ただそれだけしか分からない。

「次は何が起こるんだい、ジェシカ」

難を逃れた父が、私に尋ねる。

「分からないわ」

私は首を横に振る。私達が殺される未来は、なくなったはずだ。けれども父が調べると、六人の夜盗はただのゴロツキにしては、たくさんの金を持っていることが分かった。――彼らは雇われたのだ。一体、誰に?

父は眉根を寄せてごちた。

「実は全員退治した訳じゃないんだ。一人逃がしてしまった。困ったことになったぞ――ジェシカ、何か心当たりはないか?」

分からない。私にはこれ以上分からないのだ。家族は死ぬ予定だった。それがなくなった今、確実に物語の内容は変わっているはずだ。そして夜盗が雇われたということは、私達はまだ狙われているということだ。

皆殺しにされる可能性が、残っているかもしれない。迷ったが、父にそのことを伝えると、用心しておくよ、とどこか苦悩に満ちた顔で言われてしまった。


その日の夜遅く、父は私と兄を部屋へ呼び出した。開口一番、彼はこう告げた。

「お前達に言っておかねばならないことがある」

父はなんだか険しい表情をしている。

「この話は本当はするつもりはなかった。――だが先日の夜盗のことを踏まえて、話しておこうと思う。――私達メリーウェザー家には、祖先から伝わる財宝がある。今に至るまで、当主である私達は手をつけてこなかった。なぜか? ――呪われた宝だからだ」

私はちらりと兄に目を向ける。兄は知らなかったという風に目で合図してきた。

「いいかね、お前達、よくお聞き。これから財宝の隠し場所を教える。祖先から伝わったもの。一人の人間が一生で使うには、有り余る代物だ。そしてこの宝は――はるか昔、祖先が海賊討伐をした時に手に入れたものだ。海賊達が人を殺して手に入れた、呪われた宝。血に濡れたそれを、祖先は封じた。だがもしも――私達が殺されるようなことがあれば」

「縁起でもありません」

兄が言う。私も続けた。

「兄上の言う通りです。そんな宝いりません。知りたくもありません」

そうだ、私はただ、この平穏な日常が続けば良かった。物騒な事実を知れば知るほど、嫌な予感が脳裏をよぎる。

父は難しい顔をしていたが、やがて地図を取り出した。

「知っておきなさい。もしも家族の誰かが手に掛けられたなら――お前達はその血塗られた宝を得る権利がある。お前達が生き延びるために、その在処を知っておくのだ」

父は地図を広げ、指で領地を指し示した。

「ここが私達の領土。ここがサーペンティン家。そしてこの、ユークレース――仕立て屋の侯爵の屋敷がここだ。ユークレースの屋敷の近く、この山に宝は眠っている」

父の指が動き、一つの山を指し示す。

「彼の屋敷から北西にまっすぐ行き、針葉樹の生えた場所を抜ければ、洞窟が見つかるはずだ。入り口から五個目の岩の下に、宝は眠っている」

きっとそれは、先祖代々受け継がれてきた言葉だった。メリーウェザー家の善良な人々は、今までその宝に手をつけなかったのだ。

「忘れてはいけない。よく覚えておきなさい」

父の目がじっと、私達二人を見る。ろうそくの明かりがゆらゆらと揺れている。そうして夜は更けていった。



なんだかただならぬ空気が屋敷には流れていた。ベッドに潜った私は、なかなか寝付けなかった。誰かに夜盗のことを相談するべきだと思った。父や私だけが抱えて入れば、いつか対処しきれない時が来たとき、綻びが出る。かといって、口の軽い人間に言いふらす訳にもいかない。

天井を眺めているうち、私は一人の少年の顔を思い出した。リゲルだ。彼に伝えておけば、何かあったときに助けてくれるかもしれない。


そうして次の日、私はいつものように森へ出かけて行った。迷った挙句、夜盗のことを伝えることにしたのだ。彼は真摯に私の話を聞いてくれた。笑われるかと思ったが、そんなこともなく、ただ思いのほか、深刻そうな顔で告げられた。

「実は昨日、ゴードン男爵のところに、血に濡れたマントの男が来たんだ。『残りの代金を』とかなんとか言ってたよ。君のところに夜盗が行ったんだとしたら、それはあの男だと思う」

私は思わず瞬きをする。よく考えてみれば、簡単なことだ。ゴードンは王の周囲を取り巻く貴族の一人だった。一番気に入られていた父を、邪魔に思っていたはずだ。ゴードンが夜盗に依頼したというなら、辻褄が合う。

私が考え込んでいると、リゲルがまっすぐにこちらを見て来た。

「僕は君が心配だ。君のお兄さんも。――彼、いい人だから。……ねえ、ゴードン男爵のが怪しい動きを見せたら、僕が教えるよ」



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