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似た者同士と彼は言う


スペンサーはあの少女が誰なのかを知っている。彼はいつだって嫌味な奴だ。昨日だって分かっていて近づいてきたのだろう。

むかむかとしながら屋敷に行くと、私はさっさと廊下を進み、ばんばんと遠慮なく部屋の扉を叩いた。


「スペンサー!」

扉の先から、何かがたがたとうるさい音がする。一体何をしているのだろう。

「彼だ! どうしよう!」

そんな少年の声が聞こえる。リゲルの声だ。私はてっきり、彼が家で待っているものかと思っていた。彼は時たまスペンサーの家へ出かけるが、その事実も私を不愉快にさせるのだった。

「リゲルもいるのか。一体どうなってる。あけてくれ」

「扉を必要以上に叩くのは、あなたの良くない癖ですよ! それも私にだけ! いいですか、今は取り込み中です!」

「じゃあここで待つ!」

「仕方ありませんね」

しばらくごそごそと音がして、どうぞと声が聞える。私が扉を開けると、スペンサーはゆったりと椅子に座っていた。辺りにはトルソーがいくつか並んでいるが、何もかかっていない。不自然だ。傍にはどこか青い顔をしたリゲルが立っていた。彼は下着だ。

「――は?」

私は声を上げる。

「なぜこの子は服を着ていないんだ!」

一つ間を置いて、スペンサーがからからと笑った。何がおかしい。

「なぜと言われても、言ったでしょう、取り込み中と」

リゲルの顔に冷や汗が浮かんでいる。

「スペンサー、ややこしいこと言わないで!」

「こんな面白い場面で、まともにしていろと? 私には無理ですね! ――第一ジール君、どうしてあなたはいつも、私に対して怒っているのですか」

「お前がいつも予測のつかないことばかりするからだ!」

「そうですか。お褒めに預かり光栄です」

「褒めてない!」

私はつかつかとリゲルの傍へ寄る。リゲルは自分の身を見下ろして、どこか困ったようにスペンサーの後ろに隠れた。私の顔に青筋が浮かぶ。

「リゲル。なぜそんな奴の後ろに隠れる」

「僕、今服を着ていなくて」

彼は良くて私は駄目なのか? 私はいらいらしながらリゲルを見た。怒りに染まった私の口は、余計なことまで喋り出す。

「だからどうしたと言うんだ。以前私の寝室に来たことがあっただろう。それもお前は、自分で服を脱ぎだして、」

「あれは……、あれは……!!」

リゲルが赤くなる。

「ほうほうほうほう。ずいぶんと積極的ですねえリゲル君」

「あれは、まだ、…………じゃなかったから、」

「なに?」

「そうですね。意識すれば急に恥ずかしくなるものです」

スペンサーがリゲルの顎を持ち上げ、じっと視線を合わせる。

「あなた達はそういうところが大層かわいらしい」

よく分からないなりに私は頭にきて、さっさと少年の傍によると、その手首を掴んだ。

「帰るぞリゲル」

「でも僕まだ、スペンサーとやることが、」

「何をやるって?」

「まあまあ落ち着きなさい」

「落ち着けるか!」

私は怒鳴った。

「何をしていたのか言え。そうしたら出てってやる」

「残念ですが言えませんねえ」

その言葉に言い返そうとして、私はふと目を細めた。持ち上げた少年の指先、左手の薬指に、傷があった。そこから少し血が出ている。

「……これは?」

「ちょっと切っただけだよ。ジール、あんたはよく人を切ってるから、見慣れてるでしょ。第一僕は不死身なんだ。こんな傷、すぐに治る」

私はじっとスペンサーを見た。

彼がどこか面白そうな顔をしている。リゲルに服まで脱がせて一体何をしているのか、冷静に考えれば分かったかもしれない。だがその時の私は冷静じゃなかった。リゲルと距離の近いスペンサーに、私は嫉妬を覚えたのだ。そして見せつけるように少年の指先を口に持っていき、ぱくりと咥えた。

「あっ」

小さな声に聞こえないふりをして、血の出た場所をちゅうと吸えば、リゲルの肩がびくりと跳ねる。ふんと私は笑い、指先を離してやる。

「感覚はあるんだろう。なら自分の身体は大事にすべきだ」

「よく言いますねえ」

少年は指を抑えたまま俯いている。その耳は赤く染まっていた。既視感を覚えたけれどそれが何か思い出せない。ただ私はなぜか満足していた。

リゲルの指の先の傷は、彼の言う通り、いつのまにか治り始めていた。それをどこか、名残惜しそうに彼は触っている。


「スペンサー、私が何を言いたいか分かっているだろうな」

今のはスペンサーへの牽制だ。帽子をかぶり直して見据えれば、男はわざとらしく両手を上げて見せた。

「はいはい分かりましたよ。降参です」

「ならいい。私は先に帰る。リゲルに手を出すなよ」

そう言うと、私は振り返りもせず部屋を出た。彼らが何をしているのかはよく分からない。だが私はとりあえず、二人を信じることにした。



ジールは何も分かっていない。僕の気持なんか、これっぽっちも。

最初に女装を提案したのはスペンサーだ。僕は以前、彼と取引しようとした。それがいい意味で失敗に終わった時、僕は彼が存外良い人間であると感じたのだ。ただ本当のところは分からない。スペンサーはいつものらりくらりとしていて、何かを企むような表情をしていたから。

あれから僕は、時たま彼の家へ行くようになった。ジールのことをぼやいているうちに、いつの間にか彼は僕の相談相手のような存在になってしまった。事の発端もそうだ。舞踏会に行けないことを嘆いていると、彼は言ったのだ。

「ジール君はあなたに行くなと言ったんでしょう。じゃあ別人になればいいじゃないですか」

「別人」

「女性になるんですよ」

「馬鹿言え」

僕は男だし、もう十八だ。そんな自分が女装する気になんてとてもなれなかった。けれど分かったように彼は言うのだ。

「着たい服は、いつ誰が身に着けたっていいのです。人によって意見は違いますが、少なくとも私はそう思います。――以前、ジール君が私に君の服を依頼した際、注文を受けましてね。君はフリルだとかレースだとかが好きだろうから、そういうのをつけてくれと」

「うっ」

「彼、よく見てますねえ。リゲル君、別に好きな服を着るのは恥ずかしいことではありませんよ」

「僕はただ……」

僕の服の趣味をジールがなぜ知っているのかは謎だ。でも実際その通りで、僕はひらひらした服が好きだ。

忘れもしない、ずっと昔のこと。僕と王女様とキーラ、そしてメリーウェザー家の兄妹とで城の庭で遊んだことがあった。僕を誘ってくれたのは、もう亡くなってしまった、メリーウェザー家の娘だ。名前はジェシカ。ゴードン男爵に追われて逃げる僕をかくまってくれた。そして一緒に遊ぼうと言ってくれたのだ。僕達は追いかけっこをして、それからお姫様ごっこをした。主役に選ばれたのはキーラだ。王子様になったジェシカは綺麗だった。ジェシカの隣に立つキーラは、花冠を被り、お姫様として立っていた。僕はキーラの服の裾を持つ侍女の役だった。本当は僕が王女になりたかったのに。僕が恨めしげに見ているのに、誰も気づかなかった。ただ一人ジェシカを除いては。

あの後公爵バルバトスがやって来て、僕らを酷く叱った。そして風で転がったキーラの花冠を、王女キャンディスに載せたのだ。彼は間違いを正したのだ。

けれどもその後、再会したジェシカは、僕とたくさん話してくれた。そしてこっそりと、花冠を作って頭に載せてくれたのだ。


――――あなたが望むなら、わたしは王子様にだってなるわ


あの時、ジェシカは微笑んで告げた。僕のためにそう言ってくれているのかと、胸が高鳴った。だが彼女は続けた。


――――私はこの国が平和であってほしいの。だからもし王子様になれたら、みんなのことを守るわ


そう、彼女は完璧なほどに善良な人だった。悲しいほどに、皆のことを考えていた。それでも僕は、勇気を出していったのだ。


――――ねえ、もし王子様になったら、僕のこと迎えに来てよ。

――――分かった、迎えに行く。


そう言って笑った少女の顔はあまりにも眩しかった。


――――本当に? 約束だよ

――――うん、約束。


あの子は僕の王子様だった。僕がこんな風になったのは、きっとあの子がいたからだ。僕は存在しない王子を待っていた。とっくに死んでしまったあの子を思いながら、ゴードンの玩具にされ、貴族たちにめちゃくちゃにされ、それでも長い夜を、ただ死ねずに生きていたのだ。そこへジールが現れたものだから、僕はまた勘違いしそうになっているのかもしれない。彼は僕を犯したゴードンを殺した。奴の部下も皆殺した。最初は嫌なやつだと思っていたけれど、そうではないことが、今なら分かる。


隣にいたスペンサーが小さく唸る。

「ううん、あなたには、なんとなくジール君と似たものを感じますねえ」

「似たもの」

「どこか歪んでいるんですよ。それにあなた達、そろいもそろって、存在が倒錯的です」

「それって悪口?」

「なんとも言い難いですね。まあとにかく、この世では生きづらいでしょう。規則(ルール)と常識に囚われた世界じゃね」

彼は言いながら、一枚の紙とペンを取り出した。インク瓶に浸したペンを、すらすらと紙の上に走らせる。

「リゲル君、こんなのはどうです」

言いながら、綺麗なドレスを描いていく。

「それ、僕に着せる気?」

「あなた以外に誰がいるっていうんですか。――噂では、舞踏会を三度やるそうです。ですから、三着用意しましょう」

「待って、僕は出られないって」

「顔を隠していくんです。そして髪を結い上げる。つまり別人になるんですよ。うん、イメージが掴めてきました。最初は漆黒のドレスにしましょう。誰よりも目立つはずです」

「でもジールも黒の服――あっ」

彼と踊りたいという本音がばれてしまっただろうか。ちらりと見やるが、そんなのとっくにお見通しだったようで、スペンサーはにっこり笑う。

「いいんです。最初は暗い色で印象付けて、だんだん鮮やかに薄くしていけばいい」

「本当にやる気なの。これっておかしなことじゃない?」

「構いませんよ。あなたのように、性別と逆の恰好をしている人、他にも知っていますよ」

「誰のこと?」

「ふふふ」

スペンサーは笑って教えてくれなかった。まあお得意様の情報は、基本喋らないものだろう。

「さあ、そうと決まれば取り掛かりましょう。毎週二回、この屋敷に来てください。ああ、大人用のドレスが着られれば良かったのに。貴婦人の注文は常時承っていますからね。――ふむ、この顔で大人になったら、ジール君に負けず劣らず、さぞや美形に――」

つらつら言っている彼の手元の紙を、僕は眺める。そこにはまだ装飾もついていないドレスが描かれていたが、それを着られると思うだけで、なぜか胸が躍った。彼の言う通り、僕は倒錯的な人間なのかもしれない。


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