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宴の来客


「ジール君、この石を王女様に届けてくれませんか」

「やれやれ、どういう風の吹き回しだ?」

城に向かう途中、私はスペンサーに声を掛けられ、小さく息をついた。

「デズモンドが死んだと聞いたが、――お前がやったのか」

「ええそうです」

言いながら彼が手を差し出してくる。そこには血のようにどろりとした色の赤い石があった。私は眉をひそめる。

「これは賢者の石だろう? デズモンドが持ち出して、お前がそれを取り返したということか? だがお前はこれを欲しがっていただろう。手に入れたなら、てっきりそのまま持ち逃げするかと思っていたが」

「質問が多いのは悪いことではありませんが、礼儀正しいとも言えませんね」

にっこりと彼は笑うが、その目はどこか窘めるような色をしている。じと、と私はそれを睨んだ。兄上に見下ろされるのは構わなかったが、この男にそうされるのは、なんだか腹が立つのだった。

「実は兄上からも頼まれごとをしているんだ。お前のよりずっとまともだがな」

「賢者の石を返すのはまともなことではないのですか」

「言葉の揚げ足を取るな」

私は彼の手から石を奪い取った。

「私に何か言うことはないのか」

「なんです」

「どういった流れでこれを手放すに至ったのか。泥棒は捕まえればいいものを、なぜ殺したのか。――お前が賢者の石を狙っていた時、私は巻き込まれそうになったんだ。少しぐらい実状を話してくれてもいいんじゃないか」

「残念ながら、すべてはもう私の中で終わったことなのです。掘り返す気にはなれませんよ」

「……分かったよ」

彼がそう言うのならば仕方ない。私は他人の秘密を無暗に暴くほど無作法ではない。気はなるが、石を握りしめて懐にしまい込んだ。

彼は納得したような顔でこちらを見た。まるで自分の育て方が良かったとでもいうように。事実、彼が私に身につけさせた教養は、腹が立つほどに役に立っているのであった。

「スペンサー、お前は本当に食えない男だな」

「あなたほどではありませんよ」

そんな皮肉を言い合いながら、私達は別れたのだ。


城に着いた私は、姫君の部屋の前に立った。賢者の石の他に、兄からの手紙を預かっている。兄は毎回、デズモンドに手紙を渡す仕事を頼んでいたようだが、デズモンドが死んだ今、それを私が引き受けることになったのである。私としては悪い気はしなかった。ただ兄が自分の顔を気にして城に来られないことが、少し寂しくもあるのだった。私と違い、兄は姫君に自分の正体を明かす気はないらしかった。半分焼けただれた顔を、姫が怖がると思ってのことらしい。

「姫君、例の謎の男から、手紙が届いています」

「あら、ありがとう」

そう言って手紙を受け取る姫君はどこか嬉しそうだ。私は兄の傷を気にしない。だが姫君が同じように思うかは分からない。伝えられないのはもどかしいが、仕方のないことだった。

「彼はまだ名前を教えてくれないのね。あなたは知っているんじゃないの、ジール」

「私に尋ねられても答えられません」

私はつつましやかに告げた。

「知りたいのならば、彼に手紙で、直接お尋ねになればよろしいのです」

「まあ、できないから言ってるんじゃないの」

なんて言いながらも、彼女は手紙に目を通すと、それを大層大事に折りたたんで、小さな箱にしまった。私はちらりと目線をやる。箱にはたくさんの手紙が入っている。ぱたんと蓋が閉じられた。

「それから姫君、賢者の石を預かっております。スペンサーがあなたにお返ししろと」

「いやだわ、そんな言い方したら、彼が盗んだみたいじゃない。盗んだのはデズモンドよ。ヴィヴィがそう言ってたわ。彼女、石が盗まれたと気付いた時、血相を変えていたの。――スペンサーはあの石を取り戻してくれたのよ」

「…………」

「なんだか不満げね。ええそうよ、わたしもスペンサーはあまり信用していない。でも今回のことについて、彼に問いただす気はないわ。現に石はここにある。――それともあなたに、託した方がいいかしら?」

「本気で仰っているのですか? ――分かりました。ならば預かりましょう」

神妙に答えれば、彼女は呆気にとられたように私を見て、次いできゃらきゃらと笑った。

「馬鹿ね、本気な訳ないじゃない。――ああ、あなたって本当に生真面目だわ」

私は答えに窮して彼女を見る。彼女はふざけている訳ではなかった。どこか救いを見出したような目をしている。そうしてぱん、と手を叩いた。何かを思いついた時の彼女の癖だ。

「そうだわ、舞踏会を開きましょう」

「またですか」

「疲れた顔をしないの」

「失礼しました」

「わたしは好きなのよ、舞踏会。あなたも本当は、踊るのは好きでしょう」

「よくご存じで」

「ならば決まりね!」

姫君は朗らかに笑う。私はほっとした。石の話になったとき、一瞬だけ、彼女が悲しげな眼をしたのを、私はちゃんと見ていたのだ。だからこそいつもの表情に戻った彼女を見て、安堵したのだった。

「できれば三度開催したいわ。そうね、週に一度を三週間で計画しましょう。準備期間があれば、あなた達も苦労せずに済むでしょう?」

「構いませんが、なぜそんなに?」

「多く開催すれば、いずれ彼も来てくれるかもしれないわ」

手紙の箱にそっと触れながら彼女は微笑む。私は目を細めた。兄が来ないことは分かりきっている。

「姫君、件の男は今までの舞踏会に一度も出席しなかったのです。開催するだけ無駄かもしれませんよ」

「それならそれで、構わないの」

姫君は少しだけ悲しげに微笑んだ。

「わたしはただ、少しでも可能性があるなら、信じてみてもいいと、思っただけなのよ」





それからは目まぐるしい日々だった。舞踏会に向けて準備が行われ、宴に則した恩赦として、ペドロとキーラは牢から出された。ヴィヴィアンは喜び、ペドロにしきりに話しかけている。ペドロはまだ本調子ではないが、随分落ち着いたようで、今のところ例の発作は起こっていないようだった。

それから、リゲルが「僕も舞踏会に出たい」と訴えて来た。私は出来るだけ彼の願いを叶えてやりたかったが、今回ばかりは許容できなかった。というのも、前回の舞踏会で、彼は賢者の石に関する唄を歌ったからだ。それは貴族たちを刺激するには十分な内容だった。そういう訳で「今回は家にいるように」と告げれば、彼はがっかりした様子でじっとりとこちらを見つめるのだった。

「そんな目で見ても無駄だ」

そう言って諭せば、リゲルは静かに部屋にこもった。その後私に黙って数回家を抜け出し、スペンサーに会いに行っていた。どうもお茶会とやらをしているようだが、詳しいことは分からない。やましいことがないなら別にいい。だが少し腹が立った。それがスペンサーに対する嫉妬だとは理解していたが、受け入れたくなくて、気づかぬふりをした。


そうして迎えた舞踏会当日。

私は例によって姫君の警備をしていた。挨拶に来る貴族を笑顔で迎え、適切な受け答えをする。貴族はいつもの顔ぶれが大半だ。今日もバルバトスは蛇のような冷たい目をして、姫君に挨拶をするのだった。賢者の石の盗難について探りを入れられたが、私は姫君の前に立ち、にこやかにそれを受け流した。バルバトスは私をひと睨みして去っていたが、どこか気迫をまとっていた。やっぱり危険な相手だと思う。

と、急に広間のファンファーレが鳴った。

皆がハッとしたようにそちらを向く。現れたのは褐色の肌をした、見知らぬ貴族だった。私は絵本で読んだ『アリババと四十人の盗賊』を思い出す。今の彼は『アラビアンナイト』に出てきそうな風情のある恰好をしていた。ターバンにはクジャクの羽根がついている。薄い色で統一された、美しくも華美過ぎない、品のある装いだ。ターバンからはみ出た黒髪が額にかかり、どこか色っぽく、美しい男だった。

彼はおもむろに姫君に近づいた。私は牽制するためにそっと前に出る。姫君がそれを目で制したので、静かに身を引いた。


相手は神秘的な雰囲気をまとっており、姫君にやさしく微笑んだ。

「はじめまして姫君。私はアズィム・カフターニ。遥か南の国の王子です。北上する旅の途中なのですが、この国で宴が行われると聞いて、こうして馳せ参じました」

姫君はにっこりと微笑む。相手が誰であれ、彼女の得意なことの一つだった。

「こんにちは、ミスター・カフターニ。わたしの国へようこそ。歓迎するわ」

「お会いできて光栄です。この国にこんな美しい方がいたとは存じませんでした。――知っていれば、もっと早く訪ねたものを」

「宴は始まったばかりよ、王子」

姫君がどこか受け流すように微笑んだ。

「どうぞゆっくりしていらして」

「ありがとうございます、姫君。どうぞアズィムと。良ければこの国のお話を伺いたいのですが――」

姫君がちらりと、何かを訴えるように視線を送ってくる。私はにっこり微笑みを浮かべて、二人の間に入り込んだ。

「それではご同伴に預かりましょう、アズィム王子」

そう言って彼の腕に自らの腕を掛け、姫君から遠ざける。

「あ、ああ、ええとあなたは」

「私は三騎士の一人、ジルウェスタ―・キーリングです。どうぞお見知りおきを」

「ああ、ありがとう。ところで私は姫君と話したいのですが、」

「この国については、私も彼女に負けない知識を持っていると自負しております。せっかくですから壁画についてお話しましょう」

王子がひるんでいる隙に、私はさっさと彼を壁際まで連れて行った。そのままぺらぺらと壁画について話し続ける。私の舌はよく回った。王子はどこか浮かない顔をしている。恐らく本当は国の話を聞きたかったのではなく、それを口実にキャンディス王女と話したかったのだろう。私が適当に言葉を連ねていると、声を掛ける者があった。ペドロだ。

「ジルウェスタ―、変わるよ」

珍しいこともあるものだと、私は片眉を上げる。ペドロはちろりと広間の向こうを視線で示し、肩を竦めた。彼の示した先にはキーラがいた。

「あの女が君を探している。俺はあいつと顔を合わせたくないんだ、分かるだろう。姫君のことは心配ない、ヴィヴィがついている」

「そういうことなら」

私はそっと王子の腕を離した。ほっとした様子の王子に、ペドロを紹介する。

「ミスター・アズィム。こちらはペドロ。三騎士の一人です。気になることがあれば彼に聞いて下さい」

「ああ、しかし私は、」

「やあお会いできて光栄だ! 俺はペドロ。この国について知りたいなら任せてくれ。特に庶民の生活には詳しくて――」

よく響く声だ。なんとなく安堵すると同時に、キーラと顔を向き合わせなければいけないことに、げんなりする。それでも彼女の方へ向かって歩いた。あの娘を相手に、逃げ回るのが得策ではないことは分かっていた。私が返事を送らなくとも、三日に一度は手紙が送られてきたのだから。その手紙を捨てればいいものを、私はいちいち目を通していた。というのも、一人の少女の恋心を破り捨てる勇気がなく、また隠されているかもしれない重要な情報を探すためであった。

残念なことに、手紙に私の求めるサーペンティン家の情報が書かれたことは一度もなかった。また、私が読み終えた手紙はすべて、どこか怪しい色の目をしたリゲルによって、炎に放り込まれていた。



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